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【第一章完結】嫌われ者行進曲  作者: 田 電々
第二章『幼なじみと剣士の男』
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25-1.再来の悪夢

――昼、アメントリから更に西『ペツォッタ大河』


 穏やかな大河の河原。魚が一尾高く跳ねれば、水面を打つ音が響くほど静かだった。厚みを増した雲が陽を遮る。冷えた空気の中、馬の鼻息が白く染まり、風に流されていった。


 一雨きそうな空を見上げるクレア。その隣で上品にお座りをするグラもまた、冷たい風の香りに鼻を突き上げていた。


「お待たせしました」

「ただいマ」


 土手の枯れかけた草地から戻ってきたハルト。空からゆっくり飛んで降りたアンの鋭い足には、程々の野草の入った籠が握られていた。


「おかえり。収穫はあった?」


 クレアの穏やかな声に微笑み返すと、アンから籠を受け取る。中から一本の草を取り出し、彼女の顔の前に見せびらかした。


「これって……毒消し草?」

「そうです。一年中ある野草なんですけど、実はこの時期が旬なんです」

「へぇ……薬の材料としか知らなかったな。うまいのか?解毒剤飲むと腹くだすイメージがあるんだが……」


 いつの間にかやってきたダグラスが籠を覗き込み、怪訝な表情で顎を触った。屈んだ彼の頭に頷いて答える。


「うん。確かに生の毒消し草とか、薬に使う煮汁はそうなんだけど……しっかり煮た後の葉と茎は炒め物にしたりスープに入れると、副作用がないどころか血行を良くしてくれる優れた食材なんだ」

「今日は寒いから助かるわね」

「だな」


 顔を見合わせ、納得したように頷く二人。自分の知識が生きたことに満足し、胸の奥に僅かな達成感を覚える。


 しかし、その最中にも奥で一人、従者へ話しかける少女の声が気がかりで仕方がない。


「――ですので、残り半日は途中休憩が取れないそうです。キオ、無理はしなくていいので、限界を感じる前に伝えてください」


 無言で頷くキオの目を見ながら、胸を抑えて眉を下げるカーラ。彼女の目に映る彼は、きっと誠実な従者の一人なのだろう。


「……何も無いといいんだけど」


 カーラと離れ、馬を撫でるキオ。視線の先で彼の真っ黒な髪が風に揺れ、目元を隠した。その刹那――彼の口角は微かに釣り上がった気がした。


「…………」

「ハルト、ご飯作ル?」

「……うん、そうだね。待ってて」

「お肉がいイ」

「うん。鶏肉買ってあるよ」

「ん、楽しミ」


 この日は毒消し草をクリームスープに、鶏肉はアンとグラに素焼き、他の面々にはスパイスをまぶした辛めの味付けで食べて貰った。


 キオは一人で遠くの岩に座り、非常食のような硬いパンをちぎり食べていた。見かねてカーラが渡してくれたスープは飲んでくれているようだ。ため息に安堵を混ぜて吐き出した。


 やがて、片付けを終えた一行は馬車に乗り込み、河沿いを西南西へ進み始める。

 次の目的地はモアサナの村。旅の僅かな不安を胸に――そこで巻き起こることを、ハルトたちはまだ知らない。


――時を少し遡り、午前半ば『ダルセルニア帝国』


 冷えた灰色の空に、いくつもの白い煙が立ちのぼる。灰色の石畳に灰色の高い外壁。重々しい空気が漂う街並みで、歩く人々は皆細く、寒さに震える薄着。――そして笑顔を忘れてしまっている。


 方や、北側で城壁に沿うようにそびえる堅固な城塞。その周りには色鮮やかで大きな建物が並び立っている。

 窓の向こうに見えるのは、明るい室内で暖炉の火の揺れを見つめる、肥えた男に肌ツヤのいい女。


 ここはダルセルニア帝国の帝都『スピニル』。

 ――力と権力が全ての実力主義の街。


 この非情な都の一角、富豪たちの家の間を通る薄暗い道の突き当たり。そこに――この場所に似合わぬ古びた木戸がある。

 開いてすぐの階段を降った先に、彼らの住処はあった。


「貴様の部下が、今夜始末すると連絡してきたぞ」

「そうですかぁ……まぁ、彼ならうまくやるでしょう」

「ふんっ!信用ならんな。貴様らの失敗でこんなところまで逃げる羽目になったんだからな」


 荒々しく椅子に腰掛け、背もたれを軋ませる肥えた男――フリオ・ノーランド。

 王都にいた頃と変わらず、偉そうに腕を組み、眉間に皺を寄せている。目の前のグラスに酒を注がれると、一気に飲み干してから酒瓶を強奪し、自ら勢い任せに注ぎなおした。


「ネニネはともかく、オリバーがしくじるとは思いませんでしたよぉ……。あのモンスターテイマー――ハルトでしたかぁ?いやぁ、思わぬ台風でしたよぉ」

「今更言い訳なんぞ並べるな!貴様バカにしておるのか?!」

「そんな滅相もございませんよぉ……。ターゲットを始末した後は、この国での地位を用意しますから」


 柔らかな語尾で罵声をのらりくらりと躱す男。丸メガネに長い紺色の前髪をセンター分けにした細身の男。一見優しそうに見え、ヘラヘラと口角をあげる表情に威厳は感じない。


 だが、彼の纏う静かな空気にある違和感。まるで見えない壁で囲われているような隙の無さ、足を組み直す仕草一つにすら無駄がない気持ち悪さ。彼が只者ではない事は、それらが確かに示していた。


「その約束、忘れるなよ?もしまたしでかしてみろ……貴様ら全員、地獄に道連れにしてやる」

「おぉ、それは怖いですねぇ。まぁ……そう何度も失敗するようなら暗殺ギルドが終わりになるわけで。……皆で頭に引き金を引きますとも」

「……次は頼むぞ。マスター『ルードゥ』」

「はいー、かならずやぁ」


 再び酒を一気に飲み干し、瓶を手に席を立つノーランド。そのまま部屋を出る豚のような後ろ姿を、ルードゥはにこやかに見送った。


「しかしまぁ……彼が新たに追加してきたターゲット……まさか先代の汚点がここで見つかるとは」


 左手でメガネの縁を挟み、位置を整える。

 その視線を落とした先にある一枚の依頼書にある、一人の男の名前を指でなぞった。

 紙と指が擦れる音に耳を傾け、静かに言葉を落とす。


「『ダグラス・ガウェイン』……運命とは面白いですねぇ」


 ゆっくりと息を吐き、燭台の火を見つめる。


「――さて、頼みますよぉ……『能面人』くん」

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