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【第一章完結】嫌われ者行進曲  作者: 田 電々
第一章『嫌われ者の少年と翼の少女』
33/55

15-2.忘れていた弱さ

――深夜


 耳に僅かな寒さを感じる。辺りは静寂に包まれていた。ハルトは硬い寝床の感覚に違和感を覚えて目を覚まし、幕の隙間から入る柔らかいランタンの明かりで気づく。隣に一人の美しい女性が眠っていることに。


「……へ?!」

「んっ…………スー……スー……」


 思わず出てしまった声を抑えるように手で口を塞ぐ。すると、外の明かりが陰り、振り返るとそこにはダグラスの姿があった。


「……身体は大丈夫か?」

「う、うん。ごめん、心配かけた」

「いや……。外で話そう。動けるか?」

「……うん、わかった」


 クレアを起こさないようにそっと立ち上がり、ダグラスを追って外へ出た。そこは何の変哲もない草原地帯。夜気に草が揺れ、冷たく頬に刺さる。この時初めて、自分がクレアに顔を埋めて寝ていたのだと気づき、少し頬を赤らめた。


 ダグラスが木箱を一つ持ってきて、ランタンの近くに置いた。「座ってくれ」と促されてそこに腰を下ろすと、向いにある木箱にダグラスが座った。


「……びっくりしただろ。クレアが一人で寝かせたくないって聞かなくてな。気まずくさせてたらすまない。許してやってくれ」

「う、ううん、僕こそ心配かけてごめん」

「……落ち着いたみたいでよかった」


 穏やかな笑顔のダグラスは、夜空を見上げて呟いた。頭上には無数の星が冴え渡り、草を渡る夜風は冷たくも澄んでいた。遠くで馬の吐息が白く揺れ、湿った土と草の匂いが夜気に混じって漂っていた。


「ハルト……お前の立場をちゃんと理解してやれてなくて、悪かったな」

「……気にしないで、もう慣れっこだよ。旅に出てからすごく少ないくらい」

「……多分、俺なら耐えられない。お前はすごいやつだよ」

「ダグラス……。ううん、何度も折れてきたよ。今もそう。旅で忘れてたことを思い出したから。――僕は嫌われ者だって」


 そう言って俯くハルトに、ダグラスはかける言葉を見つけられなかった。ただ、一緒にザバールを脱出し、共に暗殺者と戦ったはずの背中が、やけに小さく頼りなく見えた。胸の奥がきしむ。


「……明日アメントリには、二時間くらいで到着する。買い出しは……オリバーに行ってもらって、荷物を受け取って持ってきてくれないか?」

「うん、わかった。……やっぱり、オリバーには教えられない?」

「……すまない。信用してないわけじゃないんだ。ただ、教えるのはハルトだけにしておきたい」

「そっか、わかった。ありがとう」


 また二人の間に長い沈黙が走った。風が草を押し分け、サラサラと擦れる音が耳に届く。ハルトの弱々しい声に、どうしても次を話しかける勇気が出ない。背中を預けられると思えた『勇敢なハルト』と、世界に嫌われた『内気なハルト』、彼が見せる二つの姿が、ダグラスには危うく思えた。


「ダグラス、大丈夫だよ」


 その時、ハルトは真上にある月を見つめて呟いた。


「確かに僕は嫌われ者で、ダグラスが思うよりずっとヘタレだけど、それは半年前からそうだから。僕は僕のできることをやるよ」

「……ありがとう」


 ランタンの炎が一度大きく揺れ、影が草の上を波のように走った。ハルトの儚げな瞳に月が映り、僅かに上がっている口角が涙腺を緩ませた。

 そして、荷台で膝を抱えるクレアの目は僅かに潤み、それを隠すように腕に顔を埋めた。


 しばらく静寂に身を委ねていると、近くに建てられていたテントから音がして、オリバーがゆっくりと顔を出した。


「ハルト、災難だったな」

「うん、迷惑かけてごめんね」

「気にしなくていい。……ダグラス、見張りを変わろう」

「あぁ、悪いな。ハルト、お前も休め」

「うん、ありがとう」


 ハルトは「おやすみ」と一言残し、ダグラスが建ててくれていたテントの中に吸い込まれていった。

 それを見送ったダグラスは馬車の荷台にそっと近づく。


「お前もテントで寝ろよ」

「ぐずっ……うん」


 クレアは声を絞り出すように返事をした。


――翌朝、フォルト王国中央付近『名もない草原』


 朝日がテントを照らし、透けた光が優しく瞼を叩く。重い体を持ち上げて、ゆっくり身体を起こしたハルトは、怠さを感じる足を踏ん張り、ようやくテントの外へでた。


「あっ、ハルトくん、おはよう」


 外に出ると一番に、全身に朝日を浴びるクレアが気づいて話しかけた。ひんやりとした風に揺れる髪と眠気に細める目、穏やかにはにかむ口元が一枚の絵のように美しい。

 昨晩のこともあり恥ずかしさが滲んでしまったハルトは、少し頬を赤らめて視線を外した。


「えっと、おはようございます」

「朝ごはん、ダグラスが昨日村長さんにもらったパンで何か作るって。ステラたち呼んで、少し待っててくれる?」

「はい。わかりました」


 ハルトを見つめていたクレアはハルトの顔を見て、一瞬思い出したように瞼を持ち上げた。そして再び穏やかな表情に戻り、鼻で深く新鮮な空気を取り込んだ。


「うん!じゃあ、私身体拭いてくるね」


 クレアはそう言って、そそくさとテントへ戻っていった。若干接し方に困っているように見えて申し訳ない。


 ハルトは少し広い場所に行き、一度深呼吸して肺に空気を取り込むと、右手を前に突き出して仲間の名前を呼んだ。


「グラ、アン、ステラ、出てきて」


 ズプズプと闇から顔を出し、各々に身体を伸ばす。ステラは朝日を見て目を細めてから、周りの景色を見渡して首を傾げた。


「……あら?ハルトさん、昨晩は結局野宿されたんですか?」

「うん、ちょっと……トラブルがあってね」

「ハルト、おはよウ」

「ワン!」

「うん。アン、グラ、おはよう」


 駆け寄ってきたグラの頭を撫でてやると、細い尻尾をブンブン振って、喜びを表現した。


「今日は出発して二時間後にはアメントリに到着するから、その頃にはまたアビスに戻ってね」

「わかっタ」

「ワン!」

「わかりました……ハルトさん」

「うん?なに?」

「……いえ、やっぱりなんでもありません。困ったらいつでも呼んでくださいね」

「……うん、ありがとう」


 ステラはさすが母親……ということだろう。何かを察したように眉を下げ、困ったように笑みを浮かべていた。


 ハルトも一度テントに戻り、濡らした布で顔や身体を拭いた。少し身を清められたようでスッキリする。それから外に出ると、ステラは出てきたクレアと談笑していて、グラとアンがその近くで追いかけっこ始めていた。


 朝露に濡れた草を踏みしめ、冷たい風が頬を撫でていく。馬たちが鼻を鳴らし、草原に頭を下ろして草を貪っていた。ハルトはゆっくりと身体の向きを変え、自分のテントを片付け始める。


 その時、後ろから近づく足音に気づき、腰を上げて振り向いた。


「あ、オリバーさん、おはようございます」

「あぁ」


 短く返事をし、見つめてくる。どう反応すればいいかわからず苦笑いを浮かべると、彼は徐に右手に持っているものを無言で差し出した。


「えっと……これは?」

「武器が折れただろ?やる」

「えっ?」


 包んでいる布を解き中身を見ると、革の鞘に刀身を隠した重みのあるナイフが露になった。そっと抜いて見ると、青く輝く刃が目に入り目を丸くする。


「オリバーさん!これって相当いい物なんじゃ?!」

「かまわない。以前仕留めた盗賊が持っていたものだ。手入れはしていたが俺は扱えないからな」

「あ、ありがとうございます!」


 悩んでいた事を忘れてしまうほどの品に、ハルトは思わず大声でお礼をしていた。それを聞いたクレアとステラが、ホッとしたように見つめてきて、少しだけ恥ずかしさを覚える。

 オリバーはいつも通り「あぁ」とだけ残し、ダグラスのところへ歩いていった。


 もう一度鞘から抜き、その全貌を見る。濃い青が朝日を反射して煌めき、尖った切先が強く輝いた。柄は滑り止めの布が巻かれていて鍔はなく、繋ぎ目も見当たらないことから、それが一つの素材で全て作り上げられたものだと分かる。


「……すごい」


 ハルトはその言葉しか見つからないほどに感動し、しばらく刃を見つめ、感触を探るようにナイフを振った。


 ――やがて、パンと干し肉を煮込んだ簡素なスープの香りが、朝の草原に漂ってきて、ハルトはナイフを鞘にしまった。

 鍋をかき混ぜるダグラスの横で、クレアが木皿を並べている。


「さ、できたぞ。冷めないうちに食べてくれ」

「わぁ、いい匂い!」


 クレアがスプーンをすくい、ふぅふぅと息を吹きかける。その笑顔につられて、ハルトも少し肩の力を抜いた。


「……あの、ダグラス」

「ん?」

「今日は僕が手綱を握ってもいいかな? 身体を動かしてたほうが落ち着くんだ」


 言いながら、ハルトは落としていた目線をゆっくり上げ、まっすぐにダグラスの瞳を見た。ほんのわずか震えが混じっていたが、それでも退かぬ意思を宿している。

 ダグラスは一瞬だけ迷いを見せた。けれど昨夜の出来事を思い返したのか、すぐに大きな手でハルトの肩を軽く叩き、頷いた。


「……わかった。無理はするなよ」

「うん。ありがとう」


 その一言で胸の奥が少しだけ温かくなる。ハルトはスプーンを握り直し、黙々と食事を口へ運んだ。味はよくわからなかったが、噛むごとに気持ちが落ち着いていく気がする。


 早々に木皿を洗い、忘れていたテントを慌ただしく畳んで荷台に積み込む。仲間たちはそれぞれ片付けや馬の準備を進めていたが、時折ハルトの背に目を向けていた。心配する視線、信じる視線――それらが少し重くもあり、心強くもあった。


 草原には朝の光が一層濃く差し込み、夜露に濡れた草葉がきらめいている。澄んだ空気を大きく吸い込み、ハルトは手綱を握った。


「よしっ」


 ダグラスの号令に合わせ、仲間たちが次々と荷台へと乗り込んでいく。最後に振り返って、もう一度だけ草原を一瞥する。――さあ、進もう。

 ハルトは両手で手綱を弾き、馬たちが力強く地を蹴る音を聞いた。

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