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【第一章完結】嫌われ者行進曲  作者: 田 電々
第一章『嫌われ者の少年と翼の少女』
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11-2.血と雨の戦場

――『血と雨の戦場』敵陣最後方


 現れた月明かりが真っ暗だった地を照らし始めた。冷たい雨に打たれ、嗅覚は既に死んでいたが、自身が踏みしめていた大地の惨状が鮮明になっていくと、この戦いの激しさを実感した。


 二人の敵を倒し、残るは目の前で切り結ぶ剣使いの一人のみ。しかし、ハルトの体力も限界に近く、敵の攻撃が何度も身体を掠めた。

 グラも足元がふらつき、度々バランスを崩してしまう。このままでは――


「ギャハハハハ!いいザマだな!モンスターテイマー!」

「くっ――」

「でも……そろそろ不味いみたいだ。逃げさせてもらおう」

「なっ?!待て!――ぐっ!」


 トニーを追いたくても、目の前の敵はそれを許してくれない。鍔迫り合いに金属音が鳴り、踏ん張りの効かないぬかるんだ足場で押し戻されてしまう。


「ギャハハハハ!!」

「待てぇぇぇ!トニー!!」


 ハルトの瞳に、必死の覚悟と焦燥が混ざった。

 間に合わない……逃げられる……!

 夜空に声を張り上げた――その時。


「逃げる判断が遅かったようですわね」

「は?――ぐはっ!」


 逃げようと身体を変化させていたトニーの顔に、巨大な鉤爪のついた足が蹴り込んだ。変身を止め、人に戻った姿が、泥に汚れながら転がる。


「ステラ!」

「ハルトさん、遅くなってしまいすみません。こちらはお気になさらず、貴方は目の前の敵を」


 ステラが来てくれたことで、ハルトの消えかけた闘志に再び火がついた。遠くの空が明るみ初め、希望の光がハルトを鼓舞する。

 刃を交える敵を無理やり押し返し、泥の上を跳ねて後ろへ下がった。冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、白い息を吐き出す。

 お互いに構えなおし、静かに時を待つ。そして、背後から朝日が顔を出し、敵の目が怯んだ刹那――


「――――ッ!!」


 走り抜けたハルトのナイフが、首筋を深く切りつけると、敵の身体は力なく、赤い泥に倒れ込んだ。


 朝日に照らされた真っ赤な大地に、無数に転がる人々。ようやく訪れた静けさの代償は、あまりにも残酷で、おぞましいものだった。


「……うっ」


 突如襲ってきた疲労と痛みに、堪らず血の混じった泥水に腰から座り込んだ。


「ワフ」

「グラ……ありがとう。お疲れ様」


 よろよろと近づいてきた相棒の頭を優しく撫で、肩の紋章にそっと触れた。グラとの絆の力――自分でも知らなかったモンスターテイマーの力が、ハルトは嬉しくて仕方がなかった。


「ハルト!」


 後ろからダグラスの呼ぶ声が聞こえ、立ち上がろうとするが、力が入らずバランスを崩してしまい、今度は左肩から転んで水飛沫をあげた。

 近づいてきた羽音が、ハルトの顔を覗きこむ。


「ハルト、もう大丈夫だヨ。頑張ったネ」

「アン……ありがとう。君のお陰で、道を間違えなかった」

「……うん」


 アンは汚れた顔で小さく頷きながら、微笑んで涙を浮かべた。


「ハルトくん、今、傷を塞ぐわ。もう少しだけ我慢してね」

「ハルト、お疲れ様」

「ダグラス、クレアさん。ありがとうございます」


 ダグラスが差し出した拳に、ゆっくり腕を持ち上げて、泥だらけの拳をぶつけた。


「ひ、ひぃぃぃぃ!!」


 奥から情けない悲鳴が聞こえる。ヒールをかけてくれるクレアの手を止め、ハルトは最後の力を振り絞って、歩き始めた。

 ステラの足に両腕を捕らえられ、地面に張り付けられているトニーが見えた。

 ぐちゃぐちゃの地面に足を引きずり、ゆっくりと近づいていく。そして、妬ましい相手の目の前に立ち止まると、再び強く拳を握りこんだ。


「……ハルトさん」


 眉を下げ、心配そうに首を横に振るステラ。それを見つめたハルトは、困ったように口角を上げ、「わかってるよ」と呟いた。


「トニーさん、正直に答えてください。でなければ殺します」

「わ、わ、わかった!わかったから!殺さないでくれ!!」

「……裏で手を引いているのは誰ですか?」

「ノ、ノーランド伯爵だ」

「目的は?」

「知らない、知らない!」


 怯えた表情で涙を流すトニー。先程までの威勢はどこへやら、馬鹿にされているようで頭にくる。

 すると、今度はダグラスが来て、無様なトニーの姿を見下ろした。


「正直に話せ。こっちは殺されかけたんだ。泣いて許されると思うな」

「ひぃぃぃぃ!!ほ、本当に知らないんだ!信じてくれ!頼む!」

「……それじゃあ、暗殺ギルドを差し向けたのは?」

「それもノーランド伯爵だよ!!」

「伯爵に協力者はいるのか?」

「末端の俺が知ってることなんてたかが知れて――」

「答えろ!!」

「ひぃぃぃぃぃぃ!!知らない!知らない!!」


 ダグラスの一喝に対してこの脅え方……嘘ではないはずだ。だが情報が思ったより出てこない。やはりこのまま王都に帰るのは、慎重になるべきだろう。


 そう考えていた時、朝日に照らされ霧がかった奥から、馬が駆ける音が聞こえてきた。後ろに人が乗っているのが見え、ハルトは目を凝らした。

 馬が霧を抜けてくると、遠目からでもわかる姿を、ハルトは複雑に見つめた。


「……オリバーさん」

「知り合いか?」

「……ザバールに向かう道中に助けてくださった……恩人です」


 ハルトは以前のように素直にその言葉は口にできなかった。トニーの裏切りは、それだけハルトの優しい心を傷つけてしまったのだ。

 迫る馬足、まとわりつく湿気。目を伏せたまま、視線を合わせられなかった。


「…………」


 靴がぬかるみに沈み、重い足音が近づく。立ち止まった気配とともに、空気が張りつめる。 オリバーは無言で惨状を見渡した。


「……ハルト」

「……はい」

「何があった?」


 起こった出来事を話そうと口を開くが、喉で声が詰まり出てこない。泥だらけの足を見つめながら気づく。この既視感は……怯えた時の自分だ。オリバーを信じることに、怯えている。

 答えられない自分を見かねてか、ダグラスがオリバーに声をかけた。


「まて、その前に名乗れ。何者だ?」

「……オリバー、ながれの傭兵だ」

「傭兵……か」


 再びの静寂が重くのしかかる。その中で羽ばたきの音が聞こえ、泥水に着地する。そして、左肩を支えられながら、隣にアンの足が並んだ。

 しまった。アンも、グラも、ステラも……アビスに戻せていない。オリバーにモンスターテイマーであることを知られてしまった。


「……ハルト。俺は深く詮索するつもりは無い」

「え?」


 オリバーのその言葉は、全てを見透かしているようだった。柔らかい地面を歩いて近づいてきたオリバーの足が、ハルトの前で止まり、右肩にそっと手が置かれる。


「だが、この状況を見た以上、何もしないわけにはいかない。それに……この捕まってるやつには、何か用があるだろう?」

「……オリバー……さん」


 ゆっくりと顔を上げた先にいたのは、あの時と同じ、無表情なオリバーだった。自分を認めてくれた人が、今ここで魔物に囲まれて、なお自分を見てくれている。

 死臭が漂うこの場所で、彼の目は真っ直ぐハルトに向けられていた。その視線に触れた瞬間、胸の奥で固まっていたものが溶けていくように感じる。


「オリバーさん、ありがとうございます」


 決意のこもった眼差しを取り戻したハルトに、オリバーは無表情のまま頷いた。

 ハルトは再びトニーの前に立つ。


「トニーさん」

「ひっ」

「最後に一つ答えてください。もう一人は今どこですか?」

「知らない。あの後アイツはザバールに向かったんだ。俺は王都に一度戻ったから、それから先は知らない!本当だ!信じてくれ!」

「まって。トニー、あなたはザバールに来たほうじゃないの?」


 クレアの問いにハッとした。ザバールに来ていれば、ダグラスが会っているはずだ。それなのに今の今まで出てこないから、トニーがザバールに居たのだと錯覚していた。


「あ、あぁ。俺は商会としての仕事終わらせてから、ノーランド伯爵のところに報告に戻って……そしたら、殺し損ねたっ――ぐっ、あっ……」


 突如、喉の奥で声が途切れ、体が硬直する。直後、泥濘に顔を埋めた。


「……トニーさん?トニーさん?!」

「……そういうことか」

「オリバーさん?」


 オリバーは倒れたトニーの首を探ると、一瞬ピクリと眉を動かして指の先を見せた。


「……蜘蛛?」

「あぁ。お前と初めて会った時と同じ――毒蜘蛛だ」

「初めて……あっ――」


 オリバーと初めて合った時の会話を思い出した。


『肩に蜘蛛がついてるぞ』


 一気に身の毛がよだつのを感じ、開いた口が塞がらない。


「まさか――ずっとついて来て……僕たちを……」

「?!!」


 オリバー以外、全員がその言葉に驚きの表情をみせた。そこにステラが前に出て、「見せてくださる?」とオリバーの指先に囚われた蜘蛛を凝視する。


「……やられましたわ。まさか蜘蛛を使うなんて」

「じゃあやっぱり!」

「えぇ。探知を極限まで絞らないと分からないほど、僅かにこちらを見る意思がありますわ。誰かに使役されているようです」

「そんな、いつから……」


 その嘆きは、澄み渡るはずの朝空に溶け、どこか薄暗い影を残した。


 ──そして、オリバーの指が小さく動き、「ぷちり」と湿った音を立てて蜘蛛は潰れた。

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