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【第一章完結】嫌われ者行進曲  作者: 田 電々
第一章『嫌われ者の少年と翼の少女』
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9-2.再開は絶望

「彼が商会の裏切り者よ!!トニー!!」


 その名を呼ばれた瞬間――彼の口角が恐ろしいほどに引上がり、欲望に塗れた笑顔が不気味に闇夜に浮いた。気持ち悪い視線がクレアを見つめ、異常なほどの執着を感じる。


「……え?そ、そんな。何の冗談ですか?」

「冗談じゃねーぜ、モンスターテイマーぁ。クレアを連れ出してくれて、ありがとうよ」

「そんな……まさか、僕を利用して――」

「そのとおぉぉぉり!!テメェなんかに誰が好き好んで話しかけるかよバーカ!!」


 荒々しい声の端に、楽しげな嘲笑が混じる。全ての策略が思い通りに進み、何もかもを見下している。


「なんて酷いこと……トニー!ハルトくんは、あなたを信じていたのに!!」

「おいおい副会長さんよー。ハーピィと戯れすぎておかしくなったのかぁ?モンスターテイマーは悪だ。常識だぜ?」


 笑顔のまま、彼はゆっくりと身を揺らした。闇夜に浮かぶその姿は、まるで悪魔が取り憑いたかのようだった。


 あぁ、やっぱりこうなるんだ。最近は優しい人にばかり触れていたから、勘違いしてたみたいだ。やっぱり僕は――嫌われ者だ。


「あなたは、いつの時代の話をしてるの?!人を利用して、殺して、それで幸せを得ようとする人のほうがよっぽど――」

「もういいです。クレアさん、ありがとうございます」

「は、ハルトくん?」


 荷台にから降り、近づこうとするクレアの肩を、青い翼が止めた。振り返った先から降りてきたのは、彼女の親友である人魔だ。


「クレア、ありがとう。彼の為に怒ってくれて。後は、私たちに任せて」


 幕の隙間から飛び立つアン。追いかけて地に降り立つグラが先頭を切り、皆でゆっくりとハルトに近づいていく。雲の間から覗いた月が照らした姿は、主の為に命を捧げる家臣の生き様を見るようだ。


「ステラ……」


 髪を靡かせ振り向いた彼女は、ニコリといつものように微笑んだ。


「危ないから離れてて」


 クレアには、その背中を見つめることしかできない。胸を締め付ける悔しさが、辛くて、辛くて、仕方がなかった。


「ハルト、いつデモ、イケるヨ」

「必ず倒しましょう。あの者に、愚かさを教えて差し上げますわ」

「ガルルルルゥ」

「……みんな――」


 ハルトの肩が小さく震えた。力なく垂れていた腕がゆっくりと持ち上がり、指先が宙をさまよった末、固く結ばれる。

 俯いた視線を前に向けると、フードが滑り落ち白銀の髪が風に揺れた。月光が見せた彼の表情に、慈悲など存在しない。再び雲が月を隠したとき、降り出した雨粒が彼の頬を濡らした。


「お、おぉ……迫力あんな。……だが、生憎俺の専門はそっちじゃないんでねぇ」


 トニーが雨空に向けて手を上げ、指先を弾き音を鳴らした。呼応して現れたのは、黒装束で顔を隠した男たちの群れ――暗殺ギルドだ。


「こんなに大勢……」

「ハルト!いくぞ!」

「……うん」


 大剣を腰だめに構え、土を蹴って突進するダグラス。その影を追うように、ナイフを握り締めたハルトが飛び出した。


 大振りの刃が雨粒を散らし、横薙ぎに唸った。剣に触れた三つの影が、泥を跳ね上げながら吹き飛ぶ。空いた懐に飛び込もうとした敵の身体を、闇に紛れた羽根の針が次々と突き抜け、血飛沫が雨に溶けた。

 白骨の犬が牙を剥き、一気に肉を食いちぎった。右腕が悲鳴とともに宙を舞う。腕を無くした仲間を盾にしようとした敵に、頭上から影が降る。鉤爪が鎧ごと肉を裂き、絶叫とともに彼方へ投げ飛ばされた。


 仲間が切り開いた道を駆け抜けるハルト。だが突如、目の前に銀閃が立ちはだかる。火花を散らしてナイフで弾いた瞬間、勢いを殺され元の位置へ押し戻された。


 奥から響く嗤い声。雨音に混じり、それだけが妙に鮮明に突き刺さる。ハルトの額に太く血管が浮き出た。


 塞がれた道へ無理やり突っ込み、ナイフを腹にねじ込む。手応えはあったが、刃は肉に絡みつき、容易に抜けない。

 刃を受けた男が、血を吐きながらも口端を吊り上げる。横薙に振られた剣を仰け反って避けた瞬間、額に焼けるような痛みが走り、赤い線が雨に広がった。


「くっ――」


 体勢を崩したハルトの前に、グラが素早く飛び出す。振り抜いた直後の無防備な顔面へ牙が突き立ち――鼻を根こそぎ噛み千切った。


「あぁぁぁぁぁ!!!鼻がぁぁぁあ!!!」


 泥に着地するや否や、グラが咥えたナイフを放り投げる。刃は回転しながら雨を切り、ハルトの掌へ吸い込まれた。


「ハルト!突っ込みすぎだ!!」

「分かってる!!」


 雨は容赦なく降り注ぎ、額の血を洗い流して口に流し込む。鉄の味を唾とともに吐き捨てるが、視線だけはトニーから逸れなかった。


 ザバールから脱出したときと違い、計画された戦闘ではない。だが、あの聡明に影を縫い、敵を欺いて生き抜いたハルトが、今ここにいる彼とは思えなかった。

 あまりにも危なっかしい戦い方、グラやアン、ステラが支えようとしているから、額の傷で済んでるようなものだ。


「はぁぁぁぁぁ!!」


 再び敵陣の中心へ躍り込む。振り下ろされた刃を身を捩ってかわし、逆手に握った柄で顎を砕き上げた。しかし――突然、奥で橙色の光が輝いた。それがソーサラーの魔法だと気づき、身を傾けたときにはもう遅く、礫が雨を裂き、右腕にいくつも突き刺さった。


「ぐっ……あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」

「はっ!ハルト!!――くっ」

『ガキン!』


 流れ出した血が雨に混じり、地面の泥をじわじわと赤く染めていく。助けに行きたいダグラスの前を、大斧を振り回す敵が阻んだ。力の強さが、今までの敵の比じゃない。

 倒れるハルトを仕留めようと振り上げられている剣が光る。奥では再び魔法の準備が始まっている。


 頼む――誰か!!


「ヤァァァ!!」

「アン!!」


 次の瞬間、上空から急降下したアンが、ハルトの腕を掴む。その勢いのまま、雨に濡れた地面を滑りながら引きずっていった。馬車にむかって一直線に、力いっぱい翼を動かす。


「ヤァァァァァァァァ!!クーレーアーーーーー!!」

「アンちゃん!!」


 もう少しで敵陣を抜ける、その時だった――


『バスッ――』


 ソーサラーのあの礫が一粒、アンの左翼を貫いた。その瞬間から、アンの体は一気に失速していく。だが彼女は最後の力で強く羽ばたき、血飛沫を散らしながら――二人まとめてクレアの目の前に転がり込んだ。


「アンちゃん!ハルトくん!!」

「うっ……ア……ン」

「ハル……ト……」


 倒れたまま、ハルトの左手に右翼を弱々しく重ねる。クレアがハルトにヒールをかける光が、アンのボロボロになった優しい笑顔を照らした。


「ハル……ト、ダメ……だよ?」

「え?」


 その瞬間、ハルトの耳から雨音が消え、冷たい泥水の地面や景色が、真っ白な部屋の中にいるように感じた。


「ハルトは……怒っテ、チカラヲ……使っタラ、ダメだよ」

「……アン」

「分かっテ……タノ。ハルトの……チカラ、嫌われてルって。だかラ、ハルトの……チカラは――『護る』タメに、使っテ。ワタシと……同じようニ」


 ……僕は何をしていたんだろう。トニーに裏切られて、モンスターテイマーを虐げられて――

 諦めたんだ。あの時、嫌われ者だと、心の底で認めてしまった。


「泣かないデ、まだ、間に合うヨ」


 この時初めて、自分の頬を伝うのが、雨水ではないと気づいた。顔をしわくちゃにして、溢れんばかりの涙を流している。


「アン……ごめん」

「いいヨ、許して……あげル。先に、行ってテ。すぐに戻るネ」


 アンはそう言い終わると、そっとハルトの手を離した。

まだその温かみは、確かにこの手に残っている。


「回復したよ。ハルトくん……お願い、無茶はしないで」


 ハルトは無言で立ち上がり、びしょびしょの顔を治りたての腕で拭った。そして、荷台のバックパックから新しいナイフを手に取り、二人のほうに振り返る。その表情は、いつも通りの優しい笑顔だった。


「……行ってきます――ありがとう」


 アンは微笑んで、クレアは心配そうに頷いた。


 二人の思い、アンとの約束を胸に刻み、踏み出す足に力を込める。雨に濡れた地面を蹴りながら、ナイフを握り直し、ハルトは再び戦場へ飛び込んだ。

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