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嫌われ者行進曲  作者: 田 電々
第一章『嫌われ者の少年と翼の少女』
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1-2.拒絶が世界の当然

 ――翌日、冒険者ギルド『資料室』


「レ、レ、レー、レッドホークは――あった」


 翌朝、ギルドの資料室にやって来たハルトは、レッドホークについての文献を読んでいた。身体の造りや生息地等の情報が並ぶ中、ハルトが欲していた記載もすんなり見つけられた。


「えっと、『レッドホークの巣は岩壁の洞窟に作られることが多い』と」


 資料を持って椅子に座り机に向かう。持参した地図で昨日レッドホークが飛んで行った方向と照らし合わせると、少し先に高い崖があるのがわかった。怪しいのはここだ。


「場所が高いと厄介だな……何か策を考えないと」

「頑張ってるね」


 ブツブツと呟きながら考え事をするハルトに、可愛らしい声が呼びかけた。


「あ、シャルさん。朝早くからすみません」

「ううん、大丈夫よ。受付もこの時間は暇だから。何か見つかった?」

「はい。後はこの森の地層調査の資料があれば助かるのですが」

「地層?んー、確か一年前くらいにそんな依頼があったようなー……。ちょっと報告書探してくるね」

「あ、ありがとうございます!」

「うん!少し待ってて!」


 溌剌とした声を残し、軽く手を振って部屋を出るシャル。小さく会釈をしたハルトは、再び資料に目を落とした。仲間になってくれた時にも使えるよう、魔物の知識はできる限り取り込んでおきたい。


 シャルが出ていって間もなく、再び扉が音をたてて開いた。随分早いなと思い頭を上げると、目の前に立っていたのはシャルとは正反対の人だった。


「げっ、モンスターテイマー」

「ダ、ダリアさん……」


 ダリア。このギルドの受付嬢の一人で、モンスターテイマーに対する差別意識が特別強い女性だ。

 受付で顔を合わせたときですら、悪態に胸を締め付けられるのに……今、この場には二人きり。空気が一気に重くなり、座る椅子の硬さを一層強く感じる。彼女が次に放つ言葉が予想でき、思わず視線から顔を逸らした。


「ちっ、最悪。朝から気分悪いんだけど、どうしてくれんの?」

「あ、いや、その……」


 まるで害虫でも眺めるかのような視線に射抜かれ、呼吸が浅くなる。反論する言葉は持っているのに、恐怖心に支配されてしまった脳は、それを絞り出すことすらできない。


「あぁん?何?わからない?あたしが今からここ使うつってんの。あんたは出ていくのが当然でしょ?部屋が魔物臭くなるからさっさとして」

「そんな……僕だってまだ調べ物が――」

「何反抗してんだよ!あんたに拒否権なんてねーから!」


 ダリアの吐き捨てるような言葉が、ハルトの胸を鋭く突き刺した。視界の端で紙が揺れ、空気がひんやりと冷たく感じられる。しかし、裏腹にハルトの心の中では、恐怖以外の激しい感情が、奥からフツフツと湧き上がるのを感じた。


「なんで、そんな……」


 溢れた言葉が恐怖の狭間に道を作り、握る拳が硬くなる。


「てか何?さっきから気持ち悪い面しやがって。同情でもしてほしいわけ?人間面してんじゃねーよ!!」

「ぼ、僕は――!」


 高ぶる感情のままに立ち上がると椅子が大きく揺れ、『ガタン!』と激しい音を立てて床に倒れた。


「僕だって――人間です!!」


 抑えきれない気持ちが口を割って出た瞬間、目に溜めていた涙が溢れ、ハルトはその場に崩れ落ちた。彼女の言葉一つ一つがハルトの胸に突き刺さる。

 半年前までは僕も一人の人間でいられたのに。なんでこんな扱いを受けなきゃいけないんだ……。


『――モンスターテイマーを追い出せ!』


 過去に残る記憶の一端がフラッシュバックし、ハルトの心が折れかけた時だった。


「ハルトくん!大丈夫?!」

「……シャルさん」


 報告書の束を抱えたシャルが、ハルトの傍に駆け寄って背中を摩る。その優しさに、堪えた感情が大粒の涙に変わって、止めどなく零れ出た。


「ダリア!あなたって人は!」

「ちっ」


 舌打ちをしたダリアは拳を固く握り締め、無言で資料室から出ていった。握られたシャルの手の温もりに、ハルトは嗚咽混じりの涙を止められなかった。


――シャルに寄り添われて泣き続けたハルトが落ち着いたのは、時間にしては数分後のことだった。


「……シャルさん、ありがとうございます」

「ううん、ごめんね。私が離れたばっかりに」

「いえ、シャルさんは悪くありませんから」

「うん、そうだけど……」

「ぐずっ……そういえば、地層の資料はありました?」

「えっ、あ、うん。はいこれ」

「ありがとうございます」


 資料を受け取り椅子を起こしたハルトは、再び机に向かって読み始めた。本当はまだ頭の中はぐちゃぐちゃだったが、こうでもしなければ先に進める気がしなかった。


「……」


 なんと声をかけるべきか分からなくなったシャルは、そのままハルトが調べ終わるまで、無言で扉の前に立ち、見守っていた――。


――昼前、王都東の端『職人街』

 鉄槌の響きと熱気のこもった煙が空気を濁らせる。行き交う職人たちの怒鳴り声が、路地裏にまで届いていた。


 ギルドでの調査を終わらせたハルトは、人目を避けるように裏道を選び、レッドホークと戦う準備を進めていた。差別の目に晒され続けてきた彼にとって、それはもはや癖に近い。

 先程の余韻で身体はまだ鉛のように重い。だが、打ち立てた作戦は手間がかかるうえに、刻限までの猶予はほとんどない。

 ハルトは胸に残る虚しさを払拭するように、油と埃の匂いが漂う街の中で、苦手な会話と交渉にも精を出していた。


「無理を言ってすみません」

「いいさ、うちは大量に仕入れてるからな。でもよ、魔物にこんなしょぼい爆弾使うのか?そんなもんが効くならナイフで充分だろうに」


 解体屋を営む男は不思議そうに問いかける。彼の言う通り、この爆弾でできるのは住居の壁を一面吹き飛ばす程度。小物ならともかく、レッドホークを直接爆破すれば、逆に怒りを買ってしまい、命を危険にさらすのがオチだろう。


「はい……でもこれが必要で。ありがとうございます」

「ふん……ところでお前さん」


 男は突然、ハルトのボロボロな身なりを一瞥し、わずかに眉をひそめた。


「やけに見窄らしいが、アーストラルの冒険者だよな」

「は……はい」


 アーストラルとはハルトが所属する冒険者ギルドの名前だが、彼が今気にしているのはそれではないだろう。ようやく治まってきていた胸のざわめきが、再び顔を出して心臓に手をかけた。怪訝な顔でハルトを見る目を――ハルト自身は嫌という程知っている。


 眉間の皺が深く刻まれたまま、ハルトの装備を頭から足までゆっくり見る男。最後に、まだ腫れが残っているハルトの目を見ると、静かに顔を背けた。


「……まぁいい。情けは人の為ならずってなぁ。俺ぁこれから忙しいんだ。お前さんも早く行きな」

「はっはい!ありがとうございます」


 萎縮しながらもお礼を伝え、ハルトは背を窄めるようにその場を離れた。

 『アーストラルのモンスターテイマー』という存在は、自身が思うより広まっているようだ。ギルドでの一件の直後だけに胸は苦しい。だが――拒絶だけでなく、わずかながら温情を示してくれたことは、少しだけ嬉しかった。


 落ち込んでばかりもいられない。準備を急ぎ、昼過ぎには森の崖に着かなければならない。情報が正しければ、あの崖こそが決戦の舞台になる。蔑まれるだけのモンスターテイマーではなく――魔物を狩る冒険者としての。


――同刻、冒険者ギルド『休憩室』


 シャルは窓辺に立ち、遠い空を見上げていた。受付のある広間からは、集った冒険者達の愉快な声が聞こえてきて、孤独に浸る姿を嘲笑っているのかと錯覚する。


 つい先ほどまで、彼はダリアに嘲られ、孤独を押しつけられていた。それでも……それなのに、彼はあれ以降、笑うことも泣くこともなく、ただ前を向いて出ていった。


(……私には、止めることも、支えることもできなかった)


 胸の奥がずきりと痛む。窓の外では、空に円を画く鳶の影が舞い、甲高い鳴き声がかすかに届いた。

 シャルは思わず両手を組み、額に押し当てる。祈るように。願うように。

 彼が、どうか無事で帰ってきますように――。

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