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嫌われ者行進曲  作者: 田 電々
第一章『嫌われ者の少年と翼の少女』
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6-3.出会いは救い

 少しの間、ハルトと静寂の時を共有したレフが、徐にハルトに語りかけた。


「さぁ、堅苦しいのはやめよう。お主の仲間がおるのじゃろ?呼んであげなさい」

「ぐずっ……はい。実はお二人に紹介しないといけない子がいるんです」


 ハルトは床板の上に右手を向ける。またぶり返した痛みに少し顔を歪ませながら、グラとアンの名前を呼んだ。

 地面に闇の渦が現れ、白く堅い頭と、サラサラとした空色の髪が浮かび上がる。痛々しい左翼を見て、ライラは絶句していた。


「ワン!」

「ン、ここ……ドコ?」

「ザバールの村長さんの家だよ」

「……驚いた。ハーピィと契約していたとは」

「アン……ちゃん?その翼はどうしたの?」

「鳥にヤラレタ。……ハルト泣いテル?」

「クゥン……」

「泣いてないよ。彼女と出会った経緯も、全て説明します」


 ハルトは、これまでの道のりを二人に伝えた。アンは母親を探していること、クレアの命が狙われていることも。

 冷静に耳を傾けるレフに対し、ライラは表情を七変化させていて、終始騒がしかった。


「ふむ、話はわかった。ハルトくん、よくアンちゃんを連れてきてくれた。ありがとう」

「ということは!」


 レフは真っ直ぐにハルトを見て頷く。


「ライラ、ダグラスを連れてきてくれ」

「うん!まかせてー!」


 バタバタと音を立てながら家を飛び出したライラを見送り、レフは再び椅子に腰掛け、ふぅ、と息を吐いた。

 そして、物思いにふけるように天井を見つめる。


「しかし……懐かしいのう」

「何がですか?」

「アンちゃんを見ていると、思い出すんじゃよ。この村を作る前に出会ったハーピィを」


 レフは目を瞑り、また一度幸せそうに息を吐いた。彼から漂う哀愁が、この部屋の空気を支配する。


「少し……昔話をしよう。あれは――わしがまだ二十歳を迎える前じゃったか」


 ハルトにアン、グラまでも、静かに老人の言葉を待つ。


「今この村がある場所には、この山の調査に来た、わしら調査隊の仮設拠点があったんじゃ。そこに、一人のハーピィの少女が降ってきた。ちょうどアンちゃんくらいの歳の子じゃ。身体中が傷だらけで、右翼は――無くなってしもうとった」


 アンは折れた左翼を右翼で抱え、ぐっと口を噤んだ。飛べない辛さと恐怖は、今のアンには堪えたのだろう。

 それを見たレフは、少し寂しそうにアンに微笑んだ。


「すぐに保護して、傷を塞いで、命は助けられた。だが、そのまま住処に還すことが出来んかったのじゃ」

「何故ですか?」

「……飛竜『ワイバーン』じゃよ。ここからハーピィの住処に向かう間に、奴らのテリトリーがあってのう。調査隊が護衛に雇った傭兵じゃ、勝てん相手じゃった」


 ワイバーン――霊峰を含む、帝国との国境である山脈沿いの崖に生息する、上級の魔物だ。


「ワイバーンは群れで狩りをしますからね。三体も集まれば、戦いづらさは超級にも匹敵します」

「おぉ、よく知っておるのう。そうじゃ……あの時は五体のワイバーンが、そこらを支配しとった。あの子の翼を食いちぎったのも、奴らじゃった」

「ソレで、ソノ子は?」

「二週間ほど、ここで保護した。最初は怯えておったが、わしはそれが可哀想で仕方なくてのう……話しかける内に、よく笑う明るい子になった」


 レフの目が、若々しく輝く。それはまるで、恋する青年のように。


「それからしばらくして、霊峰からハルピュイアが降りてきた。最初は殺されるかと思ったが、その子が庇ってくれて、そのまま住処に帰っていった」

「……寂しいですね」


 ハルトがそう慰めると、レフは少し間を置き、突然ニカッと笑った。


「それがそうはならんかった。あの子はあの後、ハイパーピィに進化して、よく遊びに来るようになったわ!だから、わしはこの場所から離れられんで、何人かの仲間とここに村を作ったんじゃ!わっはっはっ!」

「えっ?ハーピィを護るためっていうのは?」

「ん?それも嘘ではないぞ?この村はその子を通して、ハーピィと繋がりを持ったからのう。ハーピィに近づく者を拒む為に存在するんじゃ。だが――わしはその子を護りたかったのが、本音じゃのう」


 そっか、レフさんは、そのハーピィの為に、『ハーピィを護る村』を作ったんだ。多分それは、傷ついたその子に同情したからじゃない。彼の目が映している本心、それは純粋な愛だった。


「……それから、彼女は大人になり、子を産んだ。双子じゃった。一人はハーピィ、もう一人は――人間じゃ」

「アっ……」

「禁忌じゃと思うか?まぁ、この事は孫娘も知らん。黙ってやっといてくれ」

「……いえ、素敵な話です。わかりました」

「ウン、言わナイ」


 レフは柔らかい笑みをみせて、二人に感謝した。

 ふと外の窓から、村の通りを駆け抜ける軽やかな足音が聞こえてきた。「おや……ライラか?」と、レフは微笑む。

 その直後、家の扉が勢いよく開き、元気いっぱいの声と共にライラが戻ってきた。


「ハルトくん、連れてきたよ!」


 ハルトが振り向くと、ライラの後ろにひときわ存在感のある青年が立っていた。

 白いシャツが鍛え上げられた身体にぴったりと沿い、堂々とした立ち姿からは静かな力強さが滲む。その鋭い眼差しは冷静に周囲を見渡し、まるでこの場を守るかのように落ち着き払っている。

 ハルトは一瞬息をのんだ。圧倒的な存在感に、自然と背筋が伸びる。


 ダグラスは無言のまま、ハルト、グラを一瞥し、そしてアンを見て、少し驚いたような表情を見せた。そしてまたハルトを見つめると、落ち着いた口調で話かけた。


「お前がハルトか。ダグラスだ」

「は、はい。冒険者のハルトです」

「……来てくれたこと、感謝する。私だけでは奴らの目を欺けず、二人が隠れ続けるのも限界が近い」

「ということは、副会長と――この子の母親も」


 ダグラスは真剣な顔でしっかりと頷いた。


「ママ……ママが、いるノ?」

「あぁ。よく頑張ったな。君の母親は無事だ」


 ダグラスの優しい口調で伝えられた事実に、アンは声を押し殺して、涙を流した。ずっと心配し、不安を抱き続けてきた彼女は、やっと心の底から安堵した。


「アン、会いに行こう。ダグラスさん、お願いできますか?」

「あぁ、ついて来てくれ。案内する。」

「ぐずっ……マント着て、歩イテ行きタイ」

「……良いだろう。ハルトから離れるな」

「ありがとうございます」

「……アリがとう」


 グラにはアビスに戻ってもらい、レフとライラにお礼を伝えた。それから、ハルトは左手でアンの右翼を握り、赤く染まり始めた空の下を歩き始めた――。


 ダグラスに導かれ、ハルトとアンは村の一角にある古い建物に足を踏み入れた。

 「ここだ」とダグラスが床板の一部を引っ張り上げると、地下へ続く階段が現れる。


 アンの胸が高鳴る。早く会いたい感情が昂り、言葉にならない。

 階段を下りると、薄暗い地下室の奥に、二人の女性が座っていた。


「――ママ!!」


 叫びにも近い呼び声に、空色の髪を持つ女性が慌てて振り返る。その表情には驚きと戸惑いがあったが、すぐに喜びの笑顔と涙に変わった。

 アンは走り出し、母親の胸に飛びついた。抱き合う二人から、安堵と涙が溢れ出す。


「ママー!ママーー!」

「ごめんなさい!一人にして、ごめんなさい!寂しかったよね。辛かったよね。痛かったね――ママも会いたかった!!」


 母親も声を震わせ、ぎゅっと抱き返す。

 長かった不安と孤独、心配と涙。全てが、この瞬間、解き放たれた。


 泣き叫ぶ二人を、ハルトはそっと見守った。胸の奥で――アンの幸せを心から喜んでいた。

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