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【第一章完結】嫌われ者行進曲  作者: 田 電々
第一章『嫌われ者の少年と翼の少女』
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5-2.子が母を想うとき

――昼、冒険者ギルド本部。


 ハルト達がザバールを目指し馬車を走らせていた頃、ギルドの受付で寂しそうな顔をする少女がいた。

 今頃どの辺にいるのだろうか?怪我はしてないだろうか?不味いことに巻き込まれていないだろうか?シャルは副会長も行方不明だという話を聞いてから、嫌な予感が頭を支配してしまいずっと胸を締め付け続けていた。


「シャルー、この依頼完了処理やっといて」

「……」

「……ん?シャルさーん?無視ですかー?」

「…………」

「……シャルロッテ!!」

「あっ、ごめんなさいダリアさん。考え事してて」


 いつもハルトにキツく接している受付嬢のダリア。先日のハルトへの当たりもそうだが、彼女は人としても受付嬢としても問題が多い人だ。マスターが優しいので解雇こそされていないが、何が楽しくて受付嬢をやっているのか疑問だ。


「ふんっ、可愛い人気者は立ってるだけで気に入られていいわね。これよろしく」

「ダメですよダリアさん。ご自分で引き受けたんですから、自分で処理してください。私もまだやる事いっぱいなんです」

「あぁん?だったらボーッとしてないでやったら?」

「……すみません」


 「どの口が!」と怒りたい気持ちをグッと堪え、彼女の言う通り仕事を進める。ダリアも悪態をつきながら仕事に戻ったので、まぁいいだろう。


 隣で無表情に書類をまとめるダリアを見て、シャルはずっと胸に引っかかっていた疑問を、口から零れるように静かに問いかけた。


「……ダリアさん、なんでハルトくんをあんなに嫌うんですか?」

「ん?モンスターテイマーを嫌う理由なんて、みんな同じでしょ。魔物連れてる人間なんて、認める奴がよっぽど気持ち悪いわ」


 棘を突き刺す茨のような言葉。シャルが今これ以上、ダリアと言葉を交わすことはなかった。


 だが、シャルは気づいていた。ダリアがただモンスターテイマーを嫌う人間では無いことを。

 彼女がハルトに見せる顔は、侮辱や差別による感情ではなく、『怒り』、『憎悪』、『恨み』に近いもの。彼女の言葉の棘は、ハルトを傷付けながら――自身も傷つけているようだった。


 ダリアの過去にはきっと何かがある。それはもしかしたら、遠くない未来でハルトの前に立ちはだかるのかもしれない。


「……ハルトくん」


 神に願うように彼の名を呼ぶ。心の平穏に警笛を鳴らすこの胸騒ぎが、勘違いであることを切に祈った。


――昼過ぎ、王都から北東の森の中。


 朝から馬車を走らせていたハルト達は、ザバールに向かう道中、最後の難所に差し掛かっていた。ここは先日倒したレッドホークや、ずる賢く獰猛な上級の魔物シルバーエイプなど、強い魔物が多く生息する森の林道だ。

 グラとアンにも協力してもらい、辺りへの警戒を強めて、馬を可能な限り速く走らせて進む。握る手網には手汗が染み込み、脈は早く、呼吸は浅くなる。


「アン!身体が辛くなったらすぐ休んで!」

「ダイジョウブ!」


 そう言いながらも、速さに加えてこの悪路で、激しく揺れる度に顔を顰めているのが痛々しい。だが、その眼差しは昨日まで見てきた無力な少女ではなく、覚悟を決めた戦士のようだった。

 馬の足音と荷台が弾み軋む音が響き、通り過ぎると草木が揺れる。生暖かい風を浴びながら、乾き霞む目をギュッと瞑った直後だった――


『ガサッ』

「バウバウ!!」


 茂みが揺れる音と、グラの何かを伝える声が聞こえて目を開いた。グラの見つめる先は――進行方向左側だ。


『ガザガサッ』

「?!グラ警戒!」

「ガルルゥ!!」


 馬の足は止めず、揺れた前方の茂みを最大限警戒して通過できることを祈る。

 目の前に差し掛かる瞬間、時の流れが遅くなり、景色がゆっくり進むように感じた。そして正体を見た時――逃げ切りは不可能だと悟った。


「――ラプトル」


 赤い瞳で獲物を睨みつけ、鋭い牙が並ぶ大きな口で肉を抉り骨を砕く、上級の魔物『地竜――ラプトル』だ。


「マズイ……マズイマズイマズイマズイ!!」


 次の瞬間、茂みから飛び出したラプトルは、神速の勢いで馬車を追って走り出し、その差をみるみる縮めた。牙をむき出しにして走る姿に、背筋が凍り身の毛がよだつ。


「クソっ、戦うしかない!グラ!馬車止めるから降りて撹乱!時間稼ぎ!アンは荷台に隠れてて!」

「バウ!」

「キヲツケテ!!」


 吠えると同時に荷台から飛び降りたグラは、小さい身体を活かした身のこなしと、持ち前のスピードでラプトルの周辺を動き回り、隙をついて背中に飛び乗った。それと同時に、背骨の横に躊躇なく噛み付く。

 だがラプトルはただのトカゲではない。全身を覆う茶色の鱗がグラの歯を通すことはなく、まるで鉄を噛んでいるかのようにゴリゴリと異様な音を鳴らした。


 馬車を慌てずに止めたハルトは、そのまま飛び降りてナイフを取り出す。握る手が震えているのは、武者震いではなく恐怖の現れだった。

 だが、今死ぬわけにはいかない。あと少しで、アンと母親を会わせてあげられるんだ。


 冒険者になって半年、グラと苦楽を共にしてきた日々で、強くなったのはグラだけじゃない。グラと連携して魔物を狩る。これがモンスターテイマーである――ハルトのやり方だ。


「うぉー!!!」


『ガキン!』

上でグラが気を引いている隙にラプトルの首元を切りつけたハルトだが、金属同士がぶつかったように火花を散らして弾かれた。直後、身体を反転させたラプトルの長い尾が、鞭のようにしなって襲いかかった。


「ガハッ!」

「ハルト!!」


 咄嗟に左腕で庇い深手は免れ、ゴロゴロと地面を転がった。

 膝をついて立ち上がる。ジンジンと響く衝撃の名残が、ハルトの緊張を一気に引き上げた。

 ハルトが飛ばされると同時に、グラは背中から飛び降り、強く踏ん張るように体制を立て直す。


「くっ、硬すぎる……」


 定石だと腹部を狙うか目を潰すか……確実なのは口内だが、危険すぎる。


「グルルル……」


 ラプトルもグラとハルトに挟まれ、警戒しながら睨みつけた。


「……アレ?ナンダロ」


 緊張感漂う硬直状態の中、馬車から見ていたアンがラプトルの身体に何か光るものを見つけた。だが、小さすぎてよく見えない……。


「ハルト!ソイツ、シッポ!ナニカヒカッテル!」

「え?光?」


 ハルトがアンの言葉に気を取られた瞬間、ラプトルは突然高く跳び、ハルトの頭上を超えた。その先にいるのは――


「!!」

「アン!避けろ!」

「キャァァア!!」


 荷台から飛び込むように脱出した瞬間、ラプトルは屋根を吹き飛ばして荷台に着地した。そして衝撃に驚いた馬が暴れて輓具の一部を破壊し、一頭でザバール方面へ走り出してしまった。

 ラプトルは一度馬の姿を見たが、その場でゆっくり身体の向きを変え、怯えるアンに視線を落として牙を光らせた。


「……ママ、タスケテ」

「くっ、アン、こっちに走って!グラ!一緒にフォロー!」

「バウ!」


『――私の可愛い子』


アンが死を覚悟したその瞬間、母親との思い出が語りかけた。


「ママ――!!!」


『貴方はね、私の宝物であり、ハーピィの希望なの』

『キボウ?ソレナニ?』

『ふふっ、貴方は羽根を飛ばせるから。貴方はいつかハルピュイアになるのよ』

『エーッ、ワタシ、ママトオナジ、ハイパーピィガイイ』

『そう?うん。そう願うなら、ハイパーピィにもなれるわ。でもね……』

『……?』

『誰かを守らないといけない時、その力があることが幸運だったと思えた時は、ハーピィでもハイハーピィでも遠慮せずに力を振るいなさい。それが――』


「ソレがハーピィの誇り……」

「アン!逃げろー!!」


 護りたいもの……怪我をして死にかけていた自分を助けてくれた。ママを探してくれている。私の知らない沢山のことを教えてくれた。今も私の為に危険に自ら飛び込んでくれている。


「……ハルトを、護リタイ。護ラレルバッカリじゃナクテ、護リタイ!!!」


 母の言葉に導かれるように、アンは立ち上がり、右翼を大きく広げた。


「!!!アン!」


 私にも力があってよかった。護りたい人を護れる。ハルトの為に戦える。

 その瞬間、アンの身体に風がまとわりつき、緑に色づいて右翼が纏った。


「――フェザーショット!!」


 アンが右翼を強く羽ばたくと、風に乗った無数の羽が矢となり、ラプトルに襲いかかった。


 フェザーショット――それはハーピィの中でもハルピュイアに成る資格のある者だけが使える技。羽の矢は鋭く飛び獲物を穿つ。それが鉄のように硬い鱗でも。


「ギャウ!」


 アンの放った羽は油断していたラプトルの顔に幾つも突き刺さり、その内の一枚が右目を潰した。


「!!!死角ができた!グラ!気を引いて!」

「ガルゥ!!」


 グラが再びラプトルの前に飛び出した瞬間、ハルトは後ろから大きく旋回してラプトルの右側に入り込んだ。そして勢いのまま身体を倒して滑らせると、ナイフを掲げて腹の下に滑り込み、両手で思いきり突き刺して、勢いのままに――切り裂いた。


「ギャーーーーーーーーァァァ!!!」


 森に響く断末魔と共に大量に溢れ落ちる青い血と臓物。倒れ込んで暫くのたうち回った後、ピクピクと身体を痙攣させて動かなくなった。


「ハァ、ハァ、ハァ……んぐっ、た、倒した!」

「ダイジョウブ?!」

「うん、ハァ、ありがとう……ハァ、ちょっと……疲れた」

「ウン……良カッタ、護れタ」


 ママ、私、頑張ったよ。心の中でそう語りかけたアンの中には、母親に会いたいという望み以外の強い想いが芽吹き、新たな蕾をつけていた。

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