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嫌われ者行進曲  作者: 田 電々
第一章『嫌われ者の少年と翼の少女』
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5-1.子が母を想うとき

――織り手の街『アメントリ』


「ディートリッヒ商会?いやー、覚えてないなぁ」

「この町には商人が沢山くるでしょ?誰がどこの人かまではねぇ……」

「クレアさんか?見てないぜ。男二人?野郎には興味ねーよ」

「そんなことより!この染髪剤どうだい?水で流せるから、一日だけ金髪イケメンに――」


「……はぁ。なかなか難しいなぁ」


 人と会話することに慣れないハルトは、なかなか出てこない情報に疲労も相まって、完全に意気消沈していた。馬車の横で木箱に座り、どうしたものかと頭を抱えている。

 日は東に傾いてから随分経つ。そろそろペールドットへ向かうか決めなければ、魔物が多い危険な山で夜を迎えることになるだろう。


「せめて同伴者二人の行先だけでも分かればなぁ」


 そう呟いた、その時だった。

 人通りの絶えた石畳の道の向こうから、ひとりの影がゆっくりと近づいてくる。細身の男だ。肩をやや落とし、靴音を小さく響かせながら、だが視線だけは鋭く、真っ直ぐにハルトへと突き刺さっていた。

 まるで獲物を見つけた獣のように――その歩みには、確かな意図がある。彼は迷うことなく、確実にハルトを目指していた。


「おい!お前――モンスターテイマーだろ!」

「……え?」


 不意に放たれた声が、刃物のように鼓膜を裂いた。全身の毛が逆立つような恐怖を感じる。

 なんでバレたんだ?!アンもグラもアビスにいる。モンスターテイマーと判断できる要素はないはず。なのに何故?動揺を隠しきれず、言い返す言葉を喉に詰まらせた。


「ディートリッヒ商会について嗅ぎ回ってる奴がいるって聞いて、探してみたら……お前、アーストラルのハルトってやつじゃないか」

「……僕を、知ってたんですね」

「あぁ。俺は王都に住んでるからな」


 そういうことか――と、納得と共に絶望感がハルトの思考を止めた。もうここでの調査ができないと悟ったのだ。

 だが、次に彼が口にした言葉に、ハルトはまた戸惑うことになった。


「なぁ、一つだけ聞かせろ。お前は……『ノーランド伯爵』側の人間か?」

「の、ノーランド伯爵?」


 突然出てきた知らない名前に頭が混乱する。その伯爵がなんだというのだろう。


「……じゃあ、クレアさんを探している理由はなんだ?」

「副会長を知っているんですか?!彼女は何処に?!」

「質問に答えろ!」

「ぼ、僕は……ディートリッヒ商会に捜索をお願いされた、冒険者です」

「……信じていいのか?」


 彼の顔が急に覇気を失ったのを感じとった。甘い染料の匂いが、戻ってきたのを感じる。


「――はい」


 男はしばらくの沈黙の後、深いため息をついて頭をかいた。そして、ハルトの目の前まで近づいてくると、先程より小さな声で語り始めた。


「……すまない。お前を信用していいか分からないんだ。でも、お前にしか話せないことがある。商人のトニーだ」

「ぼ、冒険者のハルト……です」


 少し不機嫌そうにするトニーだが、その顔には心配や不安の表情が見え隠れしていた。ハルトを頼らなければならない程、切羽詰まっているのだ。


「実は二週間くらい前に、ディートリッヒ商会の男性二人が、話しているのを聞いちまったんだ」

「何をですか?」

「……『作戦は順調だ』『クレアが死ねば、俺たちの未来は安泰』『ノーランド伯爵に報告を』ってな」

「そ、そんな……それじゃあまさか、黒幕はそのノーランド伯爵で、商会の二人は裏切り者?」


 頷くトニーを見て、全身を駆け巡るような衝撃受けた。かなり不味い状況だ。商会内での裏切りに、副会長もケハンも気づいていない。二人が知らない裏側で、とんでもない作戦が決行されている。


「……貴重な情報、ありがとうございます。ちなみに、商会の男二人が何処に向かったか知りませんか?あと、この町に副会長はきていませんでしたか?」

「目的地まではわからないが、一人が向かったのは西、もう一人は北だ。クレアさんはいなかった」

「西はおそらく王都。目的はノーランド伯爵に報告。そして北……まさか――」


 北にあるのは、霊峰『ペールドット』。アンの故郷であり、ハーピィの住処。副会長は――そこにいる。


「ありがとうございます!」

「あぁ、お前に託すのは癪だが、聞いて黙ってるのはもっと我慢できない。任せたぞ」

「――はい!」


 ぶっきらぼうに手を上げて去るトニー。深々とお辞儀をしたハルトは、急いで北へ馬車を走らせた。

 走りながら荷台に右手を伸ばしアンとグラを呼びだして状況を説明する。

 アンは目を潤ませたように見えた。故郷に帰れる安心からか母親を想う不安からかはわからない。


「……アン、ペールドットの麓にザバールっていう村があるのは知ってる?」

「ン、イッタコトハナイ 、ケド、スミカカラ、スコシダケ、ミエル」

「なるほど。今からはまずそこを目指すね。君たちの住処が近いから、もしかしたらその翼を治療してくれる人もいるかもしれない」

「ン、ワカッタ」


 いつも通りに素っ気ない返事をしたアンだったが、澄んだ空を見上げた時には、不安な表情を隠すことができていなかった。

 またアンの脳裏に浮かぶ、優しい母との記憶――


『私の可愛い子――』


「……ママ」

「アン……大丈夫。きっとすぐに会えるよ」

「ワンワン!」


 アンはハルトの言葉に詰まった温もりと、励ますグラの声を、心に行き渡らせるようにゆっくり頷いた。

 萎れた花の蕾のようなアン、彼女を暖かく支える太陽と、枯れてしまわぬように元気を与え続ける土、アンの心を潤す水を求めて、二人と一匹は旅路の先を見据えた。


――同刻、ある建物の地下室。


「……ねぇクレア、後どれだけここにいればいいの?」

「……時がくるまでとしか言えないわ」

「でも、もう二週間以上経つわ。早く帰らないと……」

「えぇ、ごめんなさい。アナタを巻き込むつもりはなかったの」

「分かってるわ、何度も謝らないで。二人で隠してきたことがバレたのだから、運命は共に。それに私も――」

「えぇ、大丈夫よ。アナタにはもう指一本触れさせない」

「うん、ありがとう。仲間達は……あの子は無事かしら」

「アイツらもハルピュイアの強さは知ってるはず。住処を荒らすような真似はしないと思うわ。でも、早く助けがこないと……ケハンや父が動いてくれているといいんだけど」

「今は待ちましょう。貴方の言う通り『時』を」


――夕方。


 順調に馬車を走らせたハルトは、一度山で中級の魔物『シルバーウルフ』のはぐれ者と対峙したがグラの活躍で討伐し、大きなトラブルはなく野宿ができる安全な場所に到着した。


「ココ、ヤマカラミエテタ、ミズウミ」

「フォルト王国最大の湖『アゲート湖』だよ。陸の近くなら足をつけるくらいは大丈夫だけど、深くなった場所には魔物がいるから気をつけてね」

「ン、ワカッタ。……イツモミテタケド、コンナ二キレイダッテ、シラナカッタ」


 夕焼けが反射する水面を見つめるアン。彼女の青い目も、今だけは赤く染まって見えた。そうだ、今だけは――全て忘れて心も身体も休ませて欲しい。


「……じゃあ、少し野草を探してくるから、待ってて。戻ったらさっきのシルバーウルフで何か作るよ。グラ、一緒にいてあげて」

「ワン!」


 湖を見つめるアン、その光景に胸の温もりを感じ、微笑むハルト。名残惜しい気持ちに蓋をして、ハルトは湖の周辺を一人、歩き始めた。


――夜。


 ご飯を食べ終えたハルトとアンが湖の畔で座って水面と夜空を眺めていた。月は綺麗な満月……とはならずレモンのような形をしているが、雲ひとつ無くたくさんの星がキラキラと夜空を彩っている。


「……夜のアゲート湖も綺麗だね」

「……デモ、ミズウミ二ホシハ、ウツラナイネ」

「うん、今日は暑いし少し風もあるからね。夜空が綺麗に湖に映る日もあるんだよ」

「ソウナンダ。ミテミタイ」

「もう少し涼しくなったらまた連れて行ってあげるよ」

「……ン」


岸辺に視線を落としたアンは右の翼でそっと水面を掻いた。その波紋は広がっていき、湖面に映る月をほんの少しだけ揺らす。


「……アン、大丈夫?」

「ン、ナンデ?」

「今日ずっと元気ないから。……心配だよね」

「……ママ二アイタイ」

「……」


アンが漏らした言葉を、月がスーッと吸い上げたように感じた。それほど小さく、か細い言葉。だが、アンの心の叫びがギュッと詰まった、重たく響く言葉だ。


「……大丈夫。お母さんはきっと生きてるよ」

「ナンデワカルノ?」

「確証があるわけじゃないんだけどね。たぶん、君のお母さんはクレアさんと親しいんだと思うんだ」

「ナンデ?」

「君が話してくれた小さい時に来た女の子が、みんなから聞くクレアさんの容姿と同じなんだ。だから多分、クレアさんにハーピィの素材を渡してたんだと思う。君の住処に人間の物がなかった?」

「……アッ」


 心当たりがあったのだろう。アンは小さい頃からその生活に慣れていて、気にしていなかったのかもしれないが。

 目から鱗と言わんばかりの表情が可笑しくてつい笑ってしまったハルトに、アンはムスッとして睨みつける。


「だからね、多分今、クレアさんと君のお母さんは一緒にいる。何かがあってもきっと、クレアさんが護ってくれているよ。それに、言い方は悪くなるけど……」

「……」

「襲った奴らも利用価値のある、人間と関わってきたハーピィを簡単には殺さないはずだ」

「……ソッカ」


ハルトもアンも複雑な顔で湖面の月を眺めた。もうこれ以上は、深く話し込むべきではないだろう。


「……あ、そうだ。今日のご飯どうだった?」

「オイシカッタ、ケド、ハルト、カバンノナカ、スゴイ、ヘン」

「え?」

「タビニヒツヨウナモノ、ニワリ。ゴハンツクルヤツ、ハチワリ。シオ、サンシュルイ、ヘン」

「あー……あはは。ほら、冒険者って外で食べることが多いからさ。日持ちする食材を買っていくのはもちろんなんだけど、どうせなら暖かくて美味しいものを食べたくてね」

「マモノデモ?イツモタベテル」

「魔物は……自分で殺した命だし、少しも無駄にはしたくないんだ。美味しく食べてあげるのは僕なりの供養かな」


 何かが違えば仲間になってくれたかもしれない魔物達を、ハルトは食べたり道具に変えることで自分の力としてきた。これは罪悪感や悲壮感を薄める為の行動だったのかもしれないが。


「……えっと、今日のシルバーウルフは酒とトマトと岩塩、胡椒と臭み消しにハーブ系の香草、ニンニクを入れてじっくり煮込んで――」

「ワカンナイカライイ」

「あ、あははー」


 苦笑いを浮かべるハルトと真顔で湖を眺めつづけるアン。一瞬だけアンの口角が上がった気がしたが、それに触れるのは野暮だろう。


 この日はハルトとグラが交代で見張りをして夜を過ごした。アンはハルトが寝てからもしばらくグラと話をしていたようだが、日の出前にハルトが目を覚ました時には、座っていたその場所で倒れるように眠っていた。グラが持ってきた毛布を抱え込んで、スヤスヤと寝息をたてて。

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