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第6話

 目を覚ますと、見知らぬ天井が視界に入った。ゆっくりと身体を起こし、辺りを見渡す。窓辺には紫色の花が挿された花瓶が置かれ、そこから差し込む日差しが部屋全体を柔らかく照らしている。

 

 昨夜、カルと別れた後に武具屋に装備を新調しにいった俺は、視界の隅に点滅しているアイコンを発見した。それが空腹を知らせるものだと気付き、慌てて近くの店に駆け込み一番安い食材を購入した。しかし、急いで口に運んだそれは、あまりにも味気無いものだった。それでも、空腹の表示が徐々に回復していったのでひとまずは安堵したが……。


 堀内が言った通りトイレの必要はないようだが、食事については色々と制限があるようだ。空腹状態だと攻撃の精度が落ちたり、回復力が低下するなど様々なデメリットがあるようだ。それは逆に言えば、ちゃんとした食事を取れば何らかのメリットを得られるのだろう。残念ながら店売りの安い食材では何の効果も得られそうにないが、街中にいくつか料理のお店があったので、次からは早めに食事を取るようにしよう。


 その後は近くの宿屋に泊まり、今に至る。


 いままではゲームの中で『眠る』という概念はなく、眠る時はログアウトをするのが当たり前だった。しかし、現実世界に肉体がない今、眠るという行為もゲームの世界でしか成し得ない。もっとも、睡眠といっても特定の場所でしか行えず、実際は一時的に意識が途切れるような感覚で、ただ時間が飛んでいるという印象だ。


 コトネサービスのメリルから聞いた話では、24時間のうち最低でも4~6時間は睡眠を取らないとステータスにデバフがついてしまうようだ。仮想世界とはいえ、ひたすらプレイする事が出来ないところに製作者の拘りを感じずにはいられない。果たしてそれが必要かどうかは疑問が残るところだが、よりリアルを追求した結果なのだろう。


 ベッドから身を乗り出し、メニューを開いて装備欄の『マイセット装備』ボタンを押す。すると、肌着の上にレザーのジャケットとズボンが装着される。この防具は昨夜の武具屋で購入したコットンよりも1ランク上の装備だ。 そして背中には、新たに購入した片手剣が装着される。


「今日はこいつの試し切りもしたいけど……まずは掲示板のチェックだな」


 準備を整えたあと、階段を降りて一階のロビーへと向かった。ロビーには宿屋の受付NPCの『シャロル』が立っていて、彼女は笑顔で迎えてくれた。


「おはようございます。昨夜は快適にお過ごしいただけましたでしょうか?本日もあなた様の旅が素晴らしいものとなりますよう、お祈り申し上げます」


 丁寧で心地いい挨拶に思わず気分が和らぎ、俺は軽く挨拶を返して宿を後にした。


 

 


「ん?なんだか噴水の方が妙に騒がしいな」


 大通りへ出ると、沢山のプレイヤーが噴水の方へと向かっていた。何かのイベントでも開催されているのかと思い、彼らに続いて噴水の方を目指した。すると、噴水奥に設置されたゲートが開いていて、大勢のプレイヤーが次々と中へと飛び込んでいる様子が目に取れた。


「あのゲート……たしか、上の層に繋がっていると言ってたな。……もしかして、昨夜のうちに1層のボスが討伐されたのか?」


 周囲のプレイヤー達は皆、興奮した表情を浮かべながらゲートに向かっている。この流れに乗るべきか一瞬迷ったが、今日はカルに教えて貰ったクエストをやるという目的があったのを思い出す。


 プレイヤーの群れを抜けて脇道に入ると、メニューを開いてメモの項目を確認した。


 クエスト名は『この想いを託そう』、開始レベルは5で、報酬には『オニキスブレード』という片手剣の名前が書いてある。1層の中では難易度が高めと設定されているクエストだが、報酬の剣は1層の中でも群を抜いた強さのようだ。上にいけば更に強力な装備を手に入れられる可能性もあるが、この世界に来てから一度もクエストをやっていない身としては、もう少し1層を探検したいという気持ちもある。2層にいくのは、この剣を手に入れてからでも遅くはないだろう。


 湧き立つプレイヤー達を背に掲示板へと向かい、クエストの詳細が書かれた情報を探し始めた。


 

 

「えーっと、これだな」


 掲示板でクエスト名を見つけ、ボタンを押す。すると、クエストの詳細が記された紙が目の前に現れた。紙にはクエストの進め方やモンスターの出現位置、大よそのレベルからスキルまでが事細かに記されている。これを書いた投稿者はよほどのデータ好きか、単なる物好きに違いない。


 ただ、こうした情報が持ち運び出来るのは非常にありがたい。カルは大した情報はないと言っていたが、俺のような一般プレイヤーにはこれだけでも十分だ。(なによりタダだし)今後もぜひ続けてもらいたいものだが、果たしてどこまで有効に活用できるかは進んでみないとわからないだろう。



 近くのベンチに腰を下ろし、クエストの用紙にざっと目を通していると、足音が近づいてくる気配がした。やがてその音は目の前で止まり、柔らかい声が耳に届く。


「こんにちは。横、空いてるかな?」


 顔を上げると、栗色の長い髪をなびかせたローブ姿の女性が立っていた。何事かとしばらく彼女を見つめていると、耳元の髪をかき分けながら、もう一度尋ねてきた。てっきり何かの勘違いかと思い周囲を見渡してみても、近くに他のプレイヤーの姿はない。


「俺……ですか?」


「他に、いないと思うけど」


 俺、何かしたっけ……という疑問が頭をよぎる。記憶を辿っても、ゲームが始まってからまともに話した相手はせいぜいイオリとカルくらいのものだ。


 ひょっとすると、単にベンチを使いたいだけなのかもしれない。そうだ、そうに違いない。いや、だったら他にも空いているベンチはあるはずだが……それとも、この場所がお気に入りとかだろうか?気になる事は山ほどあるが、別に断る理由もないか。


「……どうぞ」


 彼女は小さく微笑むと、隣に腰を下ろした。チラリと横目で窺うと、長い髪の隙間から覗いた横顔が綺麗に整っていて、まるでモデルのようだった。慌てて目線を戻すと、彼女は俺の手元を見ながら尋ねてきた。


「なにを見ていたの?」


「え!?……あぁ、これですか?……クエストの詳細が書かれたメモです」


「それって難しいの?」


「……一応ソロでのクリア報告もあるみたいだから、しっかり対策すれば行ける……と思います」


「そうなんだ」


 それからしばらく沈黙が続いたので、彼女がなぜ話しかけてきたのか考えながら、着ている服装に目を向けた。フードのついた茶色のローブは、草原で何度か見かけた魔法使い達と同じ色合いにも見える……恐らく魔法使いなのだろう。そんなことを考えていると、彼女が静かに口を開いた。


「……ねぇ、わたしもそのクエスト参加してもいいかな?」


「え?これ?……これは魔法使いには旨味ないと思うけど」


 当然ながら、報酬で貰える片手剣は魔法使いには装備出来ないものだ。クエストの報酬で経験値やリープも少量貰えることは貰えるが、この手のやつは報酬がメインである事には変わりないので、わざわざやるメリットはないように思う。


「……わたしね、このゲームにお友達と一緒に応募したんだけど、自分だけ当選しちゃって。それで、遊んでくれる人を探してるんだ。」


「……それが、俺ですか?」


 彼女の方を向いて問いかけると、不意に目が合った。透き通った青い瞳はとても美しく、思わず吸い込まれそうになる。緊張で目を逸らしそうになる衝動を抑え、小さく息を吐いた。すると、彼女は上へと繋がるゲートに視線を送りながら口を開く。


「だって、みんな上へ行ってるけど、君はまだここでやりたいことがあるんでしょう?私ももう少しここにいたいって思ってたから、思い切って声をかけてみたの」


 確かに、ゲームが開始されて1日も経たないうちに1層がクリアされ、多くのプレイヤーが次の層へ進んでしまっている。だが、カルのメモを見ても1層の全てを1日で回り切る事など到底できるはずがない。全てではないにしろ、あまりにも回れてなさすぎるのだ。俺自身もまだ1層を探索したいと思っているのだから、同じようなプレイヤーがいても不思議ではない。


 ここで断る選択肢を取るのはそれほど難しくもないだろう。ただ、せっかく自分を頼ってきてくれたというのに、それを無下にしてしまうのも気が進まない。自分に絶対的な自信がある訳ではないにせよ、彼女がイオリのように無理をしながらゲーム続けている姿を想像すると、どうにも断りづらい。


 俺は一旦返事を後回しにし、カルがくれたメモを確認した。すると、魔法使いの装備が貰えるクエストもいくつかピックアップされている。こういう時、自分と関係のない情報まで教えてくれる辺りが流石は情報屋というべきか。


「んと、じゃあ……魔法使いの装備が貰えるクエストもあるから、それも一緒にやりましょうか」


「ほんと?嬉しい!」


 彼女の顔がふわりと綻ぶと、その素顔に思わず視線を逸らしてしまった。1つ下に妹がいるというのに、どこか大人の女性を思わせる彼女の雰囲気に、どうにも気後れしてしまう自分がいる。


「ねぇ。君、ゲームは得意?」


「え?……どうなんですかね、フツーじゃないですか?」


「ふふっ……普通の人はそういう言い方しないのよ」


 クスリと笑いつつ、彼女は立ち上がると手を差し出してきた。


「わたし、『クリスティーナ』。長いから、『ティナ』って呼んで」


「あ……ラスタです。よろしく、お願いします」


 立ち上がり、彼女の手を握った。華奢で柔らかな感触に、思わず心拍数が上がった気がした。すると彼女は顔を近づけ、耳元で囁いた。


「タメ口でいいよ。よろしくね、ラスタ」


「……は、い」


 掲示板へと歩き出す彼女を目で追いながら、大きく深呼吸をした。心臓の鼓動が早まるのを感じるが、これはシステムの反応に過ぎない。そう自分に言い聞かせながら、後を追いかけた。


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