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第3話

 アルカディアの先行テスターとしてゲームに参加した白波伊織(しらなみいおり)は、ログインしてすぐに複数の男性プレイヤーから声をかけられ、右も左もわからないまま狩りへと連れ出される事となる。彼女が選んだ『司祭』という職業が、MMOの中でも希少な回復職だった事が影響しているのか、それとも彼女自身に魅力があったのかは定かではない。


 ただ、彼らが求めていたものを、彼女は持ち合わせてはいなかった。

 

 白い服が好きという理由で司祭を選び、唯一変更出来た髪の色は好きなキャラクターと同じピンクを選択した。アルカディアには「素敵な出会いがしたい」という軽い気持ちで参加したが、現実はそう甘くはなかった。


 彼らは回復をすべて彼女に任せ、好き勝手にモンスターに手を出しては無理な要求を繰り返した。その結果、モンスターのヘイトを買ってしまい、橋を越えた奥地で一人倒れてしまった。


 急いで合流しようとするも、司祭である彼女が単独で荒野地帯を突破するのは到底叶わず、何度挑戦してもウルフたちに行く手を阻まれ、次第に焦りだけが募っていく。


 こんなはずではなかった。


 MMOを愛してやまない彼女だが、好きだからと言って必ずしも上手な訳ではない。いつもヘマをして仲間達から見放されてしまう彼女は先行テストに当選した時、「また見放されないように頑張らなきゃ」という思いを抱いていた。

 

 だが、そんな彼女の事情などモンスターに解るはずがない。何度もやり直す度に気力を削られ、日が沈み始めた草原にはほんの少しの希望すら残らなくなっていた。そしてとうとう橋を超えること自体が怖くなり、そこに佇むことしか出来なくなってしまった。


 次第に涙があふれ出し、肩を震わせていた彼女の耳に穏やかな声が届いた。


「大丈夫……ですか?」


 振り返るとそこには、一人の剣士が立っていた。



 

「えっと、もうすぐ日が沈みますから……この先は一人だと危険ですよ」


 コットンの服を着た黒髪の少年が心配そうにこちらを見ている。彼の接近に気付かず、不意に涙で濡れた顔を上げてしまった。慌てて袖で涙を拭い、取り繕った笑顔で言葉を返した。


「だ、大丈夫です!ただ……どうしてもこの先に行かなくちゃいけないんです……」


 強がったつもりの言葉が余計に自分の胸を締め付ける。何度も失敗してきたことが脳裏に浮かび、顔を伏せるしかなかった。誰でもいいから助けて欲しい。でも、はっきりとそれを伝える勇気が私にはない。


 そんな心情を察したのか、彼は少しだけ間を置き、静かに言葉を口にした。

 

「俺でよければ、手伝いますよ」

 

「ほ、本当ですか?!」


 予期せぬ言葉に思わず顔を上げる。まだ幼さの残る年頃ながらも、期待していた言葉をかけてくれた彼に思わず食い気味になってしまう。すると彼は、一歩後退りながら言葉を続ける。


「ウルフならパターンを覚えたし、他に新しいモンスターが出てきても、二人なら対処出来るかなって」


 その言葉は、これまで私を道具のように扱ってきた仲間達のものとはまるで違っていた。例え言葉を選んでくれたのだとしても、今の私にとっては十分すぎるほどの救いとなった。


 迷っている暇はない。私は彼の手を握り、精一杯の言葉を返した。


「わたし、イオリって言います。よろしくお願いします!」


 彼はラスタと名乗り、既にパーティに入っている場合は経験値が分配されないことを教えてくれた。今は少しでも早く仲間の元へ辿り着きたい一心で、私は彼の意見に合意した。




 凄い……と、思わずにはいられなかった。ラスタの戦い方は、これまで一緒に戦っていた仲間達のそれとはまったく異なり、一言で言えば「無駄がない」。その表現は実力不足の私が使う言葉として適切ではないかもしれないが、そうとしか表現のしようがなかった。


 彼は「パターンを覚えた」と言っていたが、それだけでウルフの突進を軽々と避けられるものではない。なぜなら、私の知るメンバーのほとんどは、ダメージを貰う前提のカウンターで倒していたからだ。


 パーティを組んでいないので正確にはわからないが、エリアの奥深くまで進んでいた私達と比べると、彼の方がレベルは下だろう。それでも、彼の戦いはゲームのレベルやステータスだけでは説明できない何かを感じる。現に、荒野地帯を歩いてからの数分で接敵したウルフは十数体を超えるが、被弾した回数はほんの2~3回程度だった。


「君、上手なんだね……回復なんてほとんどいらないくらい」


 ぽろりと口に出た言葉が皮肉のようにも聞こえてしまい、慌てて手で口を覆った。しかし、ラスタは気に留める様子もなく言葉を返した。


「いや、イオリさんがいるだけでだいぶ違いますよ」


「え……それってどういう……」

 

 何気ない一言に、胸の奥が不思議な感覚で満たされた気がした。それは司祭としてなのか、それとも単なる励ましなのか。それとも……気になる衝動を抑えながら、彼の言葉に耳を傾けた。


「ところで、パーティメンバーの人達とはどういう関係なんです?」


「え?」


 不意をついた話題に、自分が変に期待してしまっていた事に気がついた。慌てて気持ちを整理し、これまでの経緯を話した。アルカディアに来てすぐに誘われたことや、彼らが好き勝手に動き回っている事、そして司祭が自分一人しかいない事。話しているうちに、いつのまにか彼らの愚痴をこぼしていた。ふと顔色を窺うと、彼の表情は硬くなっていた。


「余計な事かもしれないけど、無理にそこにいなくてもいいんじゃないですか?」


「そう……かもね……。でも、必要とされてるから……」


 私は返事に詰まりながらも言葉を絞り出した。ここで彼らと別れたとしても、ゲームを進めていけばどこかでまた顔を合わせる事になるだろう。その度に嫌な顔をされるのは耐えられない。それならば、例え自分を偽ってでも居場所を作り続けるしかない。それは現実世界でもよくあることだし、そうして生きてきた。


 そんな私の思いを、会ったばかりの子に伝える事などできるはずもない。またしても言葉に詰まってしまい、視線を足元に落とした。


 その時、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえてきた。


「イオリちゃーん!」


 顔を上げると、手を振りながらこちらへ駆け寄ってくる仲間達の姿が見える。彼らはここまで戻ってきてくれたのだ。やがて仲間達は私を囲み、次々と安堵の声をかけてくる。その笑顔を見ているうちに、悩みがほんの一瞬だけ消えた気がした。


「みなさん、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げ、仲間達に謝罪をした。すると、金髪の男が一歩前へ進み出た。最初に私をパーティに誘った剣士の『ヴェッジ』だ。彼は私の肩に手を置くと、言葉を口にした。


「無事でよかったよ。さっそくで悪いんだけど、彼らを治してやってくれない?」


 ヴェッジは傷ついた仲間達を横一列に並べると、すぐさま回復を要求してきた。労いのない言葉に胸が少し痛んだが、私は彼の指示通りに仲間達の傷を癒していった。彼らは次々とお礼の言葉を口にするが、その態度は感謝というよりも、私が触れたことをただ喜んでいるようだった。


 ……これでいいんだ。役目さえ果たしていれば、誰も私に不満を抱かない。そうして仲間達に受け入れて貰えるなら、そこが私の居場所なのだと実感できる。


 全員の傷を癒し終えたところで、疲労で床にヒザを着いた。しかし、そんな私の様子を見ても気にする素振りもなく、傍にいるヴェッジが勢いよく声を上げた。


「よし、時間がない。さっさと進むぞ!」


 彼は私の腕を掴み、力任せに引っ張る。痛みを伴う荒々しい仕草に体を一瞬強張らせると、不意に横から人影が入り込んだ。驚いて振り向くと、そこに立っていたのは、これまで黙って様子を見ていたラスタだった。


 ラスタは躊躇いもなくヴェッジの手を払いのけると、私の腕をそっと掴んだ。その手はとても温かったが、少しだけ震えているようにも感じる。


「彼女を道具みたいに扱うな」


 ラスタの表情は強張っていて、額には微かに汗が滲んている。しかし、その事に気付いているのは私だけだろう。彼は大勢に囲まれている状況の中、私のために勇気を振り絞ってくれたのだ。


「……なんだ?おまえ」


 苛立ちを含んだヴェッジの声が響き、場の空気が一段と重くなる。その声色は、彼が自分の行動を否定された時に仲間を追い詰める時の声だ。今までの記憶が蘇り、私を含む仲間の数人が思わず反射的に身体をビクつかせた。


 しかし、ラスタはそんな空気に怯むことなく、言葉を続けた。


「……これだけの人数がいて司祭が一人しかいないのはおかしいよ。もう一人、いや、せめて二人はいないとまともに進行なんて出来る訳がない」


「それが、なんだ?お前に関係あるのか?」


 ヴェッジの冷めた言葉に、仲間達が次々と声を荒げて反発した。

 

「イオリちゃんは俺らのアイドルなんだから、イオリちゃん以外に回復してもらっても意味なんてねーんだ!」

「そうだそうだ!お前には関係ねーよ!引っ込んでろ!」

「おまえもファンクラブに入れ!」


 罵倒が次々と飛び交う中、ラスタは私の方を振り向いた。次第に手に力がこもっていき、私の腕を強く握りしめる。そして静かに一言だけ、囁いた。

 

「行こう」

 

 ついて行きたいと思った。でも、ここで彼についていくことが正しい選択ではないとわかっている。だから私は、彼の手をそっと外した。驚きながら私を見つめる少年の瞳は、やはりまだ幼さを感じる。

 

 会ったばかりの私のために、こんなにも頑張ってくれる姿を見ると胸が苦しくなった。でも、ここで彼に甘える行動はお互いにとってもよくない事だ。だから……今度は私が勇気を振り絞る番だ。

 

「いいの。彼らが急がなければならない理由を作ったのは私だから……だから、手伝ってくれてありがとう」


 私はラスタに背を向け、ゆっくりと歩き始めた。それに呼応するように仲間達も続く。去り際にヴェッジがラスタに何かを言ったみたいだが、きっとロクな事ではないだろう。


 ごめんなさい。心の中でそう呟きながら、私は仲間達と共に再びエリアの奥地を目指した。


 ここでまた死んでしまったら、橋の前で彼に会ってしまう。これ以上恥ずかしいところを見せないためにも、私はもう、死ねない。

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