第2話
「ふっ!たぁ!」
ぎこちない声と共に、鋭い刃先が薄紫色をしたスライム型モンスター『ルッピ』の柔らかな体を切り裂き、ルッピは体を震えさせながら原型を保とうと足掻いている。
ルッピの身体が縮こまったのを見て、すかさず剣を止めて一歩後退する。あのモーションから繰り出される攻撃が『体当たり』であることはすでにわかっている。
敵の攻撃は空を切り、さっきまで自分が立っていた場所に着地する。その隙を逃さず、腰を落として剣の持ち手を外側に反した。すると、スキルの発動モーションを検知した刀身が黄色い光を放ちながら短く音を鳴らす。その音を合図に、目の前の敵へと力いっぱいに振り抜いた。
「ふっ!」
片手剣の基本技『スラッシュ』が上段から斜めに振り下ろされ、鋭い軌道でルッピを切り裂いた。勢いを持った剣は地面スレスレで止まり、甲高い金属音を響かせる。ルッピのHPゲージはみるみる減少し、真っ黒になると同時に大きな破裂音を上げながら粒子となって消滅した。
不慣れな動作で剣を鞘に納めていると、取得した経験値とリープの通知ウィンドウが視界に表示された。
「だいぶ板についてきたけど、この動作だけは慣れないな・・・」
アルカディアでの初めての狩りは、最初こそ攻撃を外したり被弾する事も多かったが、それも1時間ほど戦闘を重ねるうちに板についてきた。懸念していた武器の重さについては、レベルアップ時にSTRにポイントを振り分けた事で僅かだが軽くなることがわかった。今よりも大きな剣を扱うならば、剣士にとって筋力のパラメータは非常に重要になってくるだろう。
また、このゲームにはベースレベルで得られるステータスポイントとは別に職業レベルというものが存在する。ジョブレベルを上げる事で、通常攻撃の他にも攻撃スキルやサポートスキルを習得できる仕組みとなっている。
先程使った基本技のスラッシュは、簡単に言えば『素早く斬りつける』だけのシンプルなスキルだ。しかし、このゲームではその剣速が非常に重要な要素だということも分かってきた。
例えば、この辺りに生息する虫系モンスターの『ファウム』は、硬い甲殻で覆われているため、通常の剣撃では弾かれる上、ダメージも通りづらくなっている。だが、スラッシュを使用すると剣速が上がり、硬い甲羅を切り裂くことが出来るようになる。単純なシステムの動作だけではなく、握る力や振り抜く力によって威力が僅かに変化するという点が、フィジカルな要素を感じさせていて非常にやりごたえを感じる。
とは言え、スキルには使用後の硬直時間があるためやたらと連発出来るわけではない。後隙を狙われないようにするには、敵の攻撃を躱した直後やトドメのタイミングで使うのがベストだろう。
これまでの戦いを振り返りつつ、顎に手を置きながらゆっくりと視線を上げた。眼前に広がる草原にはルッピやファウムが点々としていて、その先には切り立った崖を繋ぐ大きな一本橋が見える。
東の方角に目をやると、夕日に照らされ仄かに紅く染まる草原がなびいている。
視界の隅にあるデジタル時計に目を移すと、時刻は16:00を指していた。
「そういえば、日没になると出現するモンスターが変化するって言ってたっけな・・・」
アルカディアは現実世界の四季が反映されているらしいが、今は5月だ。時期的に見ても日没は18時頃のはず。モンスターを狩らずに走り抜ければ、街までは30分程度だろう。帰りの時間を考慮しても、まだ少し探索する余裕はある。橋の先にいるモンスターだけでも確認してもいいかもしれない。
「ルッピとファウムだけじゃ物足りなくなってきたし、もう少し進んでみるか」
橋を越えて数歩進むと、草原から一変して荒れ果てた荒野が広がっていた。ひび割れた地面に虚しく佇む枯れ草と、球状になった雑草が風になびいて飛ばされている。
「草原だけって訳でもないんだな……ん?」
時折舞う砂埃に視界を奪われないよう手をかざしていると、遠くの方で何かが動いた。茶色い毛並みとしなやかなに伸びた長い手足――四足歩行の獣だ。
「……『ウルフ』か?」
ウルフはフルダイブのゲームでは『初心者狩り』と呼ばれるほどの強敵で、ゲームによっては序盤や終盤に現れる事もある。その動きはルッピやファウムのような単調な生物とは異なり、人間の反応速度を凌駕すると言われている。日常生活の中で彼らのような動物の本気を目の当たりにすることはまずないのだから、まともに対応出来るものなどそうはいないだろう。かくいう俺も、別のゲームで戦ったことがなければこうも落ち着いてなどいられないだろう。
「まずはお手並み拝見といくか」
背中から剣を抜き取ると、全神経を目の前の獣へ集中させる。例えゲームであっても、一瞬の油断が命取りになりかねない。
ジリジリと間合いを詰め、互いの距離が一定に達した瞬間、ウルフが声を張り上げ一直線に突進してきた。
「……速い!」
咄嗟に右へと転がり、すぐに身を起こした。急いで振り返ると、ウルフの鋭い眼差しが既にこちらを捉えている。そして再び突進が繰り出され、今度は躱しきれずに剣の平で受け止める。
「くっ……」
大きな牙が剣の平を覆い、体重が重くのしかかる。負けじと渾身の力で振りほどくと、ウルフはやや後退するが、再び姿勢を低くして突進の構えを取った。
「ほとんどリキャなしか?いや、何かカラクリがあるはず」
再度繰り出された突進を、今度は左へと躱す。すると、先程に比べて僅かに追撃の手が遅いことに気が付いた。
「……なんだ?避ける方向か?」
試しにもう一度左へ避け、今度はウルフの動きに注視する。すると、右に避けた時と比べ明らかに動作が遅れている。
「そういうことか」
ウルフの視線を切るように右へと駆け出し、その横腹へと剣を振り抜いた。ウルフが小さな呻き声を上げて体勢を崩したので、間髪入れずに追撃の攻撃スキル『スラッシュ』を叩き込み、無事に倒すことに成功した。
「ふう……序盤からこんなのがいるんじゃあ骨が折れるな……」
他のゲームで経験していなければ、すぐにあの速さに対処する事は出来なかっただろう。だが、法則さえわかってしまえば手に負えない敵ではない。
それから数回の戦闘を重ね、日が暮れる前に橋の近くまで戻った俺は、橋の前に佇む一人のプレイヤーを見かけた。