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02 いつかの探索

 一面に広がる、人の腰の高さまで伸びて穂先が揺れる金色の草原。


 ざああ、と、耳の底を擦るような穏やかな音を立てて揺れ、光を受けてゆったりとたなびくその景色は、まさに牧歌的を絵に描いたようなもの。



「……わぁ」


 思わずといったように息を呑んだのは、リベルにとってはつい半月前に相棒になったばかりの少女。


 白百合色の長い髪を纏め上げ、前髪を黒いリボンで上げ、濃緑の瞳を見開いて眼前の景色にうっとりと見惚れている。



 リベルは厳格に咳払いした。


「風もないのに揺れてるし、光源もないのに光ってる時点で、相当やばいと思うけど」



 感動に水を差され、相棒の少女――ヴィレイアが、憤然とした様子でリベルを振り返る。


「もうっ、わかってるよ!」


「へえ」


 冷淡な瞳でヴィレイアを見つめ、リベルは足の爪先で資源袋をつついた。


「わかってる、ねぇ。じゃあ頑張るんだな?」


 うっ、と呻くヴィレイア。



 ――鉱路での探索開始から三時間、未だに資源袋は空っぽのままであった。





「ねえ、リベルってばちょっと厳し過ぎると思うの。他人にも自分にも」


「へえ」


「もちろん、ね、助けてもらったんだもの、私だって頑張るよ? 頑張るけど、息抜きは要るじゃない?」


「抜いてばっかりの息だな」


「そういうこと言う。――リベルって鉱路を狩場だとしか思ってなさそうだよね。一瞬たりとも綺麗とか凄いとか、そういうことは思わなさそう」


「……酷い目にも遭ってるからね」


「でもそれ、この鉱路じゃないでしょ?」


「鉱路なんて似たり寄ったりだろ。――本当におまえは無駄口が多いな」


「やっぱり楽しい方がいいじゃない?」


「遠回しに、うるさいって言ってるんだよ。

 ――それに、」


 言葉を切り、リベルは腰を伸ばして周囲を窺う。



 光源もないのにどこからか光を受けている草原、恐らくどこかに光晶があると見て、手分けしてその原石を探しているのだが、そもそも足許の地面も頭上の天蓋も、光を反射するような艶めいた質感をしていて、どうにも探しづらい。


 ぺちゃくちゃと喋っているヴィレイアアも、草原の中で屈み込んでいるのか姿が見えず、ついでに声は徐々に遠ざかっている。



 風もないのに揺れる草は、どう考えても一種の鉱路生物ではあったが、そこはリベルとヴィレイア、四等勇者ではあっても実力は特等のものである二人だから難儀はしない。


 明らかに捕食者の動きでこちらへ先端を伸ばしてくる草を、リベルは見もせずに叩き落として彼我の上下を教え込み、ふう、と息を吐いてから言葉を締め括った。


「それに、おまえが頑張るの、メメットさん……だっけ? 元いたフロレアの隊に戻りたいからだろ」


 随分離れたところから、「そうだよー」と元気な返事がある。


「でももちろん、リベルにお礼がしたいのも本当――きゃあっ!」


 突如として本物の悲鳴が上がり、リベルはぎょっとした。


 ヴィレイアの声がした方向を見据え、声を張り上げる。


「ヴィリー? ヴィリー、どうした?」


「ぎゃああああ!!」


 およそ、普段のヴィレイアののほほんとした、ついでに上品な様子からは懸け離れた悲鳴を上げ、離れたところでヴィレイアが弾かれたように立ち上がる。


 ついでに躓きながらも全速力でリベル目掛けて駆け寄ってきた。


 咄嗟にヴィレイアを受け止めつつ、リベルは混乱の表情。

 この鉱路は丙種で、ヴィレイアを脅かすような鉱路生物がいるとは考え難いのだが――


「リベル! リベル! 助けて!」


 叫ぶヴィレイアがリベルの後ろに駆け込み、リベルは茫然。


「は? 何が? ――何がいたの?」


 草原はおよそ静かなもので、リベルの感覚を以てしても危機感を煽る存在は察知できない。



 腰の〈氷王牢〉に手は掛けたものの、困惑を全面に浮かべるリベルの陰で、ヴィレイアは悲鳴を上げた。



「――虫っ!」



 リベルの瞳の温度は氷点下に落ちた。


「は?」





 とどのつまりが、草原の一部には大量の、身の丈が人の腕ほどもある大きさのダンゴ虫によく似た鉱路生物が犇めいていたと、そういうことだった。


 不幸にもそこを覗き込んでしまったヴィレイアが非常なショックを受け、リベルに助けを求めたわけだが――



「……マジで、おまえって無茶苦茶だよな」


 呟くリベルは、先程まで暢気に「わぁ」と声を上げながら眺めていた草原を、鉱路産の業物である〈焔王牙〉で焼き尽くすヴィレイアを見ている。


 ヴィレイアの悲鳴の原因が余りにも馬鹿馬鹿しかったがために、「で?」という言葉しか返せなかったリベルを見て、ヴィレイアは寸分の躊躇いもなく、「よし、ここ、焼いちゃおう」と決意したわけだが――



〈焔王牙〉による燃焼だけでなく、熱精と影契約を結んでまで、念入りに周囲一帯を焼野原としていくヴィレイアに、リベルは思わず額を押さえていた。





 とはいえ、結論からいえば、ヴィレイアのこの暴挙が奏功し、光晶は極めて見つかりやすくなった。


 地面の一画に顔を出していた光晶の原石は相当な量で、リベルもそこまでの経緯は棚に上げ、「やるじゃん」とヴィレイアを褒めることとなった。


 が、採掘具を差し出し、「やってみる?」と尋ねたリベルに、「この人は何を言ってるの?」という表情で、「やらない、やったことない」と言い返してきたヴィレイアに、忽ちのうちにその表情はまたも冷めきったのだが。



「あのさあ、採掘も出来た方がいいって、絶対」


 灰が舞い散る中で膝を突き、鶴嘴を振りつつ、リベルはうんざりした声を出した。


「おまえ、勇者やってきて何年?」


「五年! いや、三年くらいかな、二年……? うーん、そのくらい!」


「……まあいいや。とにかく、よく今まで採掘なしでやってこられたね」


「メメットたちがやってくれたもん」


「さぞかし心の広い勇者隊なんだな」


「私はこう、鉱路生物に対処する方の係で」


「とはいっても、普通は採掘もちょっとはやるだろ……」


「リベルみたいに?」


「そう、俺みたいに。今からでも覚えなよ。それくらいなら教えるよ」


「えー、やだ」


「なんで」


「面倒だし、今さらだし」


「今さらって、おまえな」


「だって今さらなんだもの。今までこれでやってこられたんだし、今さら面倒なことなんてやりたくないわ」


 リベルは息を吐いた。


 この言い草でヴィレイアを見限っても良かったが、そうすると四等勇者である彼は、別の同行者を見つけなくては鉱路に立ち入れなくなってしまう。


 ヴィレイアの方は、持ち前の人懐こさと実力で、「資源の採掘さえしてくれればいいですから」と言ってしまえば、案外にもあっさり同行者を見つけそうだ。

 それはそれで業腹だった。



 ただ、代わりとばかりに手を止めて、仏頂面で呟く。


「そんなこと言ってると、もう助けないよ」


 ヴィレイアはつんと顎を上げた。


「助けてもらわなくても、大抵のことはなんとかなりますー」


 リベルはにやりと笑った。


「へえ。じゃあ、」


 そして彼が鶴嘴で指し示した一点を振り返り、急転直下、ヴィレイアは真っ青になってリベルに取り縋った。


「ごめんなさい! ごめんなさい! 助けて! 無理無理無理!」



 そこでは、ヴィレイアが起こした大火事を、運よく生き延びたらしい巨大ダンゴ虫が数匹、灰の中からそろそろと這い出そうとしているところだった。



 鶴嘴を置いて立ち上がりながら、リベルは思わず、声を上げて笑っていた。





















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― 新着の感想 ―
なんだかんだ最初から仲良しで良いコンビですよね、この二人。素敵です。
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