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「冒険の書九十六:ウルガの願いの最初のひとつ」

 ジーンとソーニャの双子に圧勝したおかげで、Fクラスの生徒がワシらに歯向かってくることはなくなった。


 それどころではない。敵対心は尊敬の念へと変わり、皆がワシを『ディアナさま』などと呼ぶようになった。


 しかもしかも、半年ごとに行われるクラス全員の成績や実技の結果による対抗戦――結果の良かったクラスが悪かったクラスを蹴落として成り上がる、通称『入れ替え戦』が間近に迫っているということで、その指揮まで任される始末。


 なにせ子どもたちの未来を決める大役だ。

 さすがに荷が重いので、最初は断ろうと思ったのだが……。


「大丈夫。うちのディアナちゃんはこ~んなへっぽこなわたしをレベル八十まで鍛えた女だから」


 ルルカが引き続き「見なよ……うちのディアナちゃんを」とばかりにドヤ顔で自慢し。


「ディアナに教わるとか正気か? あいつは怖い女なんだぞ。パラサーティア防衛戦では敵陣のど真ん中に乗り込んで敵将を一騎打ちで仕留めたんだ。本気で頭のネジが外れてる。まあそこまではいかないにしても、おまえらもそれに近いことはさせられるぞ……っていいのか? むしろそれぐらいのほうが燃えてくるって? ええぇ~……マジで言ってんのおぉ~……?」


 なんとか思いとどまらせようとしたチェルチ(たぶんめんどくさかったのだろう)の脅しが逆に子どもたちのやる気に火をつけたことで、結果としてワシの退路は断たれることとなってしまった。


「まあ行き掛けの駄賃だ。それぐらいのことはしてやってもいいが……」


 視線を横に向けると、訓練場の片隅にいるコーラスが目に入った。

 コーラスは相変わらず皆の輪に入れず、ただただぼう~っと突っ立っている。


「ふうむ……いくならこのタイミングか?」


 ここまでの経緯もあって、話題にも事欠かないしな。

 なんだったら好意のひとつも抱いてくれてるかもしれんし。


「のう、おまえがコーラスだな」


 ワシの呼びかけに、コーラスはやはりぼうっとした顔で振り返ると。


「……うん。ボクはコーラス、だよ」


 小さくてたどたどしい、しかし鈴を転がしたような綺麗な声で答えてきた。

 

「ワシはディアナだ。わかっているとは思うが、今の戦いの勝者だ」


「……知ってる」


「おまえもワシに、代表になって欲しいか?」


「……別に」


「あの双子のほうがいいか?」


「……別に」


 単純に興味がないのだろう、コーラスは同じ答えを続ける。

 淡い翡翠色の瞳は、ガラス玉のようにワシを捉え続ける。


「ふむ……まったく興味なし、か。おまえはなんのために、勇者学院に通っているのだ?」


 煽りなどではなく、純粋な疑問だ。

 どう見ても『勇者』になりたそうではないのに、どうしてここにいるのか。


おとさま(・ ・ ・ ・)が、いったの。がっこ、行きなさいって」


「ほう……」


 ウルガが言ったから、勇者学院に通っている。

 それ以上でもそれ以下でもないと。

 

「ウルガは他に、なんといってた?」


「おとさまは、強くなりなさい、賢くなりなさい、友だち作りなさい、って、いってた、だけど……」


「だけど?」


「コーラスは、よく、わからない、ので」

  

 コーラスの表情には、一ミリの変化もない。

 がしかし、わずかに落ち込んだような雰囲気を感じる。

 ウルガの願いを叶えられぬことが悲しいのだろう、しょんぼりした感じだ。


「なるほど……」


 たしかに、子どもの成長を考えるなら勇者学院はいい学びだ。

 大陸中から優秀な人材が集まり切磋琢磨せっさたくましている。

 卒業する頃には、体も心も鍛えられていることだろう。貴重な人脈だって、築けるかもしれない。


 だが、不器用なコーラスにはわからないのだ。

 どうすれば強くなれるのか、賢くなれるのか、友だちができるのか。 

 わからないまま、こうしていつもひとりでいる。

 誰にも気づかれないぐらいの微細さで、しょんぼりと落ち込んでいる。

 

「ウルガめ、だからわざわざ、こんなまどろっこしいことをしたのか」


 普通なら親であるウルガがアドバイスするべきなのだろうが、ウルガ自身に友だちがいないから出来ないのだろう。

 だから同じぐらいの歳の子であるワシらをあてがって、友だちになってもらおうとしたのだ。

 あとはついでに、強く賢くなってくれればいいなとも思っていると。


「ハア〜……不器用親娘め。しかたないからつき合ってやるか。行き掛けの駄賃✕ニだ」


 ワシはため息をつくと、コーラスの目をまっすぐ見つめた。


「のうコーラス。その願いが全部叶ったら、嬉しいか?」


「ぜん……ぶ?」


「おまえが強くなり、賢くなり、友だちが作れたら、嬉しいか?」


「おとさまが、喜んでくれる………………から。たぶん……嬉しいと思う」


 首をこてんと左に倒し、今度はこてんと右に倒し。

 一生懸命に考えた末、コーラスは答えた。


「よし、わかった。では叶えてやろう。まずはひとつ、友だちからだ」


 ワシはコーラスの手をとると、ぎゅっと握った。


「……?」


 コーラスは意味がわからないといった顔をしているが……。


「これが友だちになるということだ。よかったな、まずはウルガの願いのひとつが叶ったぞ」


「おとさまの……願い……友だち? ディアナは友だち……ディアナは友だち……?」


 コーラスは、呆然とつぶやき続けた。

 ワシらの様子に気づいたルルカが「あーっ! ディアナちゃんがナンパしてるーっ!」と騒ぎ出すまで(いやおまえ、ウルガとの約束を思い出せ約束を)、ずっと。

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