「冒険の書八:ひと月後」
小高い丘を越えると、街が見えた。
危険な『魔の森』の近くにあるせいだろう、外周は深い堀で囲まれ、高い石壁で覆われている。
街の入り口には監視塔があり、衛兵が常駐しているようだ。
人口は一万人もいるだろうか、王都の繁栄ぶりとは比較にならないが、そこそこ大きな街といっていいだろう。
「おー、見えた見えた。のうルルカよ、あれがベルキアだな?」
「そうだよ~ディアナちゃあ~ん。はあぁ~……やっと着いたあぁぁ~……。文明最高ぉ~……」
ルルカはため息まじりで答えると、その場にへなへなと崩れ落ちた。
戦杖を支えにして、もう歩けないもう限界という感じ。
無理もない。
魔物どもとの戦いに夢中になっていたせいで、ベルキアにたどり着いたのは当初の予定よりもずいぶんと遅れた、ひと月後のことになっていたからだ。
前世をほぼほぼ戦場で過ごしてきたワシならともかくだ。
戦闘時はもちろん休憩時も強力な魔物の襲撃に気をつけねばならない危険な暮らしは、ルルカにとってはかなり辛かったことだろう。
「あっはっは。そうかそうか、しんどかったか」
「ホぉぉぉぉントだよお~、しんどかったよお~」
「だがまあ、充実したひと月ではあっただろう? 狩りすぎたせいで魔物の方がこっちを避けるようになるなど、初めての経験だっただろう?」
最初の方こそ「レベルの低い冒険者どもに好き勝手されてたまるか」とばかりに次から次へと魔物の群れが襲って来たが。
そのことごとくを撃退した上に周辺のヌシっぽい隻眼のマンティコアを倒した辺りから、今度は逆に向こうの方が寄り付かなくなった。
「おいおいあいつらヤベーぞ関わんな」とばかりに、ワシらが行くと魔物たちが逃げるようになってしまったのだ。
「最終的には効率がダダ下がりしたものな。今から考えればもう少し魔物の気持ちを考えて狩るべきだった。せめてあのマンティコアは生かして帰したほうが……」
「残念だったな~惜しかったな~みたいな言い方するのやめて! わたしとしてはありがたかったよ! さすがにこれ以上は無理だったからあ! ほら見て! 服はボロボロ、髪もボサボサ、靴なんかつま先がパカパカいってるし!」
激しい戦いを繰り返したせいで、ワシのローブはボロボロ、ルルカの神官服もボロボロ。
衛生管理的な意味で水浴びはしていたが(そのたびルルカが鼻血を流し気絶するという不思議なアクシデントはあったが)、ふたりとも服のいたるところが破けた、ひどいたたずまいになっていた。
「だが、頑張った成果は出ただろう?」
「うっ……、まあそうだけどぉ~……」
ルルカはしぶしぶというようにうなずいた。
頑張ったおかげでワシはレベル四十八に、ルルカはレベル四十三にアップしていた。
冒険者としてはビギナークラス(レベル一から三十五)を卒業し、ベテランクラス(レベル三十六から六十五)の下位に到達したといったところだろうか。
たったひと月の成果とは思えない、素晴らしいものだ。
「ひと月でこんだけ上がるなんて考えられないことだもんね。普通だったら二年……三年……もっとかかるかも?」
「そうだろう? ちなみに『ドワーフは我が子を鉱山の奥へ捨てる』ということわざがあってだな。わざと魔物の徘徊するところに置き去りにして、帰って来られた者だけを育てるという……」
「なんで例えがドワーフなのかはわかんないけど、わたしはあくまで普通の女の子なんだけどなあ~。ハア~……」
などとやっている間に、街の入り口に到着。
ゲートを護る衛兵に冒険者のギルドカードを見せると……。
「うわ汚っ」とか「え、浮浪者……?」などとつぶやかれ、可哀想なものを見る目をされた。
通行自体は許可されたが、人としてのランクは少し下がったかもしれない。
「まあ~、そう見えるか。無理もないな。あっはっは」
「笑いごとじゃないよお~! もお~っ!」
「気にするな。湯を浴びて綺麗にしたおまえを見れば、すぐに奴らも前言を撤回するだろう」
ワシの言葉に、ピクンと反応するルルカ。
「え、そ、それってどうゆう意味で言ってるのかな……?」
「どういうも何もそのままだ。まだあどけないが、おまえはもともとの素材がいいからな。綺麗にしておれば男どもが放ってはおくまい、という意味だ」
「そ、そうかなあ~? えへ、えへ、えへへへへ~」
ワシの言葉のどこがそんなに嬉しかったのかはわからんが、ルルカは身をくねらせるようにして喜んでいる。
「よし、では冒険者ギルドに寄って、魔物のコアと魔物素材を売りさばくとしようか。その後は宿に泊まって、お疲れ様の祝杯だ」
「うん! ガンガン行こう! ディアナちゃんついて来て~!」
病は気から、健康は心から。
一気に元気を取り戻したルルカは、足取り軽く道案内してくれた。
ディアナ(ガルム)のナチュラル口説き炸裂!
そしていよいよ冒険者ギルドへ!
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