「冒険の書七十三:戦勝パレード」
人魔決戦以来五十年ぶりの、対魔族相手の勝利。
しかも戦争といっていい規模の大戦力のぶつかり合いを、最小限の被害で勝ち切った。
自分たちの成し遂げた偉業を、パラサーティアの市民は有頂天になって喜んだ。
もともとお祭り好きな市民性であることも手伝って、都市全体を巻き込む大宴会が催されることとなった。
通りや路地などいたるところにテーブルや椅子が引き出され酒や飯が並べられると、『宴』開始の合図である乾杯の声が上がった。
そこからは無法地帯だ。
兵士も民間人も関係なく酒を酌み交わし、飯を食い散らし、歌い踊りまくり、とにかく勝利の余韻に浸った。
三日三晩続いた長い長い宴の最後をしめくくるのが、『勝利の立役者を主役とした戦勝パレード』だ。
「おおう……まさか自分が、こんな風に担がれる日が来るとはのう~……」
勇壮な騎馬隊と歩兵の護る八頭立ての馬車に乗せられたワシは、しみじみとつぶやいた。
「道の両脇をびっちりと人が埋め尽くしている? それこそ十万人規模の都市のほぼすべてがワシらを讃えている? これは……なんともたまげたわい」
前世でも経験したことのないような好待遇だ。
人魔決戦を生き残ることができたらあるいは体験できたかもしれないが、生き残れなかったしな。
「まあまあ、ディアナさんたちはそれぐらいの偉業を成し遂げたのですから。堂々と讃えられていればいいのですわ」
馬車に同乗しているメンバー――パラグイン辺境伯・リリーナ・ララナ・ニャーナ・ルルカ・チェルチのうち、リリーナが当然の如く言った。
「ほら、ご覧ください。皆さんの顔を、声を」
リリーナに勧められるがまま、道の両脇を埋め尽くす市民の顔を眺めると……。
「おお! あれが『聖樹のたまゆら』! 伝説のパーティか!」
「なんでも、パーティクラスはまだ銀だって聞くぜ?」
「それであの活躍か? 敵本陣に乗り込んで、敵将ラーズをぶっ殺したって? 今からそれじゃ、この先どうなっちまうんだよ! っかああ~! とんでもねえ~!」
ワシらの活躍ぶりはすでに伝説となっているらしく、ひと目見ようと押しかけた市民が盛んに歓声を上げている。
拍手を送り、口笛を吹き、道の脇の家の屋上から花吹雪を散らしてくる。
乾杯の声が木霊し、あちこちで盃が打ち合わされている。
「あ、ちなみにわたくしが冒険者ギルドに掛け合って、パーティクラスを上げてもらっています。みなさんはすでに鉄から銀に上がっておりますわ。個人的には金……もっと上でもおかしくないとは思うのですが……二階級特進は認められていないので……」
いかにも無念そうにリゼリーナ。
「こ、これはすごい数だね~……。ディアナちゃん」
緊張しているのだろう、ワシの隣にきたルルカがぶるりと背筋を震わせた。
「ああ、思った以上だ……。しかも聞いてみろルルカ。皆の声を」
市民たちが声を大にして語っているのは、パーティ全体の活躍……だけではない。
個人個人の活躍に対しても、きちんと評価がなされている。
「ルルカちゃんすげえな。あんな可愛い子がまさか高位の魔族すら通さない結界を張れるとは……。どんだけ聖気が強いんだ?」
「聞いた話じゃ、手足の欠損も一瞬で治せるらしいぜ。まだ僧侶だが、大司教様クラスの神聖術を使えるとか……」
「可愛くて純真で健気で、実力もあって……こんなのもう、未来の聖女候補じゃねえか?」
ルルカは主に、聖気の強さと神聖術の威力を褒められている。
聖女候補扱いにはさすがに驚いたが、実績と才能を考えればあり得ない話でもない。
「こ、これはさすがに言いすぎだよねえ。みんな酔っ払ってるからだよねえ。ね? ね? ディアナちゃん?」
本人は顔を真っ赤にして動揺しているが……。
「いや、そんなこともないだろう。おまえには才能があり、それを実戦で使いこなす技術もある。見た目もよく、持って生まれた純真さもあるし、聖女となっても驚きはしないぞ」
「でぃ、ディアナちゃんってばっ。それはさすがにほめ過ぎだよう~っ」
プシュウとばかりに頭から湯気を出したディアナは、恥ずかしさに耐えきれなくなって頭を抱えてしまった。
「『自分以上に動揺している人間がいると、返って落ち着く』という俗説は本当だったのだな……」
ルルカのおかげで平常心を取り戻したワシが、安堵の息を吐いていると……。
「なんだよルルカは。褒められてんだから素直に喜んだらいいのにさあ~」
ルルカとは違い『全力でチヤホヤされたい派』のチェルチは、馬車から身を乗り出すなり市民に向かってぶんぶん手を振った。
「おうおうあんたらっ、あたいのことも褒めてくれよ!」
およそこういったパレードにおいては前代未聞だろう『自分を褒めろアピール』に、市民はしかし好意的な反応を示した。
「ほらほら、あの子がチェルチちゃんだよっ。なんでも腕利きの魔術師で、『誘惑する悪魔』に化けて敵本陣に乗り込んだとかっ」
「『変化』の術と『飛行』の術をあれだけの精度で使いこなせる魔術師は見たことないよ。将来『大魔術師』になる器と見たね」
「実力もだけど、可愛さも反則級だよな。本物のサキュバスと言われても信じるぐらい魅かれるものがあるわ」
チェルチの成し遂げたことはだいたい本人の『素の能力』なのだが、まあ言わなきゃバレまい(というか、バレたら終わるが)。
それに、どんな形であれそれらを実行に移した胆力は賞賛されるべきものだ。
「チェルチもよくやったな。敵本陣に乗り込む勇気も素晴らしかったが、ゴブリンの体を乗っ取って隠れる機転もよかった。ベルトラを連れてくる策も含め、本当に大活躍だったな」
「えへへへへ~、そうだろそうだろ? あたいってば出来る女だろ~? もっと褒めてくれたっていいんだぜ~?」
市民やワシから賛辞の言葉を送られまくったたチェルチは、頭をかいて照れている。
さて、ルルカ・チェルチときたら、次はワシの番だ。
ワシの場合はラーズを単騎でぶっ殺したこと。そしてその後三日三晩寝込んだこともあって、噂にもものすごい尾ひれがつけられていた。
「あれがディアナちゃんか? え? 何歳? どう見ても子どもなんだが、あの子が竜人間をワンパンで倒したのか?」
「俺は素手で親衛隊百匹の首を飛ばして血を飲んだって聞いたぜ?」
「『魔の森』で育った野生児で、魔族を従える覇気の持ち主だとかいう噂もあるぜ?」
ラーズをワンパンで倒し、魔族の血を飲み、魔族を従える最強幼女。
噂は盛りに盛られていく。
「え、ちょっと可愛すぎない? 見ているだけで頭の芯が痺れてくるんだけど……。こんなのもう媚薬レベルなんだけど……」
「大地に降りた月の妖精って噂は本当だったか、これは眼福……」
「俺、あの方を一生推すわ。手始めにディアナ教を興して、全世界にディアナ様の良さを伝えてくるわ」
ディアナの見た目の良さに脳を焼かれた市民たちの一部が暴走を開始。
そこへベルトラが『ディアナ様♡団扇』や『ディアナ様♡手掘り像』などのワシグッズの販売を始めるものだからますます歯止めがきかなくなっている。
「おのれベルトラめ余計なことを……というかこれ、大丈夫か? 本気でディアナ教とかできたりせんだろうな?」
一部の市民たちの瞳に宿った狂気の色を、ワシが不安に感じている一方……。
「あら、いいですわねいいですわね♪」
リリーナは胸の前でぱむと手を打ち合わせると、ニッコリニコニコご機嫌な表情になった。
「自分の推しが皆さんに認められるのがこんなに快感だなんて、正直思っていませんでしたわ♪」
「推し……?」
意味のわからぬ言葉にワシが首を傾げていると……。
「ここはさらなる後押しをして、ディアナさんの強さ可愛さ素晴らしさを世界中に広めないと……ということで!」
リリーナはぐぐうっと拳を握ると。
「このあと辺境伯の館で行なわれる『戦勝報告会』と『ダンスパーティー』では、もっともっとディアナさんを推していきますからね!」
「おい……『戦勝報告会』はまだわかるとして、『ダンスパーティー』とはなんだ?」
ワシが恐る恐る聞くと……。
「それはもちろんディアナさんが」
「ワシが」
「ドレスに着替えて踊ります」
「ウソだろおまえ……」
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