「冒険の書六:防御を固めてぶん殴る」
「『理力の鎧』……『理力の鎧』……」
昼なお暗い『魔の森』に、ルルカの声が響く。
「『理力の鎧』……『聖なる一撃』……」
成功した神聖術が神の奇跡をこの世に顕現。
シュパアッという音と共に、ルルカの体は青白い光に包まれた。
「……ほう、たいしたものだな」
ワシは感心のあまりため息をついた。
もともとルルカの術の放つ光量は素晴らしかったのだが、『重ね掛け』した結果、暗い森が昼になったかのような凄まじい光を発している。
重ね掛け――それは同じ効果を持つ術を重ねることにより効果を高める技術だ。
言うだけならば簡単だが、それぞれの術を同じ対象に同じレベルで掛け続ける必要があるので、技術としてはかなり高度なものを要求される。
さらに武器に聖属性の強化まで加えるとなっては、普通の僧侶にできることではない。
それらを可能にしているのは、ルルカの持つ圧倒的な聖気の量だ。
技術論などどこ吹く風とばかり、この娘はただその聖気の量だけで高難易度の重ね掛けを可能にしているのだ。
「ほ、ホントにやるのおぉ~? ディアナちゃあぁ~ん」
自分がしていることの凄まじさをまるで理解していないのだろう、チラチラと不安そうにワシを見るルルカ。
「当たり前だ。いいか? おまえの弱点は一にも二にもその『ビビりな性格』だ。ならば術は事前にかけておけばいい。噛みさえしなければ問題なかろうという理屈だ」
「でもでも、強化したところでもともと弱いのは変わらないわけでえぇ~」
「大丈夫だ。おまえは強い。おまえの持つ『聖気』の量は尋常ではない。徹底的に守りを固めれば、生半可な敵の攻撃は通らん。そして強化した戦杖で殴れば相手は死ぬ。単純な話だろう」
「そ、そういうもんかなあ~……?」
「安心しろ。いざとなったらワシが護る。間違ってもおまえを死なせはせんよ」
「お、おまえを死なせはしない……ワシが護る……永遠に?」
永遠にとまでは言ってないが、ともかくワシの言葉を聞いたルルカがやる気を出した。
太ももをもじもじとすり合わせ、盛んに頭をかくと。
「ぐ、ぐっとくるセリフだなぁ~。物語のお姫様になったみたいでドキドキしちゃう~っ。な、な~んちゃって。えへ、えへへへへ……っ」
顔を赤らめニヤニヤしながら、わけのわからんことをつぶやき続ける。
「しょ、しょうがないなあ~ディアナちゃんはあ~。そそそそこまで言うならわたしも、がんばってみようかなあぁ~?」
「? どういう心境の変化かはわからんが、やる気になったのはいいことだ」
逃げ腰で戦っては、勝てる戦も勝てんからな。
「よし、では敵を連れてくるぞ。ある程度は弱らせておくから、とどめはおまえが刺せ」
+ + +
森を散策しながら、ワシは魔物を選別した。
選別にあたっての条件はみっつだ。
まず第一に、『数が少ないこと』。数が多いとルルカがテンパる。
第二に、『威圧感の少ない見た目であること』。見た目の迫力があると、ルルカがテンパる。
そして第三、これが一番大事なことだが、『行動が読みやすいこと』だ。動きが読みやすければルルカの選択肢も単純になる。単純ならばこそ、テンパりにくい。
そして、みっつすべての条件を満たしているのがバイコーンだ。
バイコーンは二本の角を持った巨大な黒馬で、白い一角獣であるユニコーンが闇の力に染まったような存在だ。
単独で行動し、見た目は『ちょっと強そうな馬』。
ユニコーンと違って『穢れの無い清らかな乙女を嫌う』という種族本能があることから、ルルカなんて見ようものならそれはもう大興奮して襲ってくること間違いなし。
さらにいいのは、興奮しているなら軌道はまっすぐで読みやすかろうという点だ。
ワシが石を二個ぶつけると、バイコーンは激怒して襲って来た。
しかしその途中、ルルカが突っ立っているのに気が付くと……。
「ブヒィィィーンッ!」
狙い通りだ。
絶好の獲物を目にしたバイコーンは大興奮。
九十度向きを変えると、目を真っ赤にさせながら突撃していく。
一方、標的にされたルルカはというと――
「逃げるもんか! 逃げるもんか! 逃げるもんか! これがたぶん最後のチャンスだ! もしここで逃げたら、ホントにディアナちゃんに捨てられちゃう!」
自分自身に言い聞かせるように叫びながら、必死でその場に踏みとどまっている。
「ブヒィィィィィィイーンッ!」
ルルカが逃げないことでさらに興奮したのだろう、バイコーンはそのまま突撃。
二本の角でもってルルカの腹部を突き刺そうとしたが……。
――ガチン。
角はしかし、『理力の鎧』を突破することができなかった。
簡単に弾き返され、あまつさえ先端がちょっと欠けた。
「ブヒ……っ?」
まさかの事態にバイコーンは驚き、棒立ちになっている。
「今だ……喰・ら・ええぇぇぇぇーっ!」
ここをチャンスと見たのだろう。
顔を真っ赤にして叫んだルルカが、思い切り戦杖を振り下ろした。
そして――
まばゆく輝く光を帯びた戦杖はバイコーンの二本の角をへし折り、脳天にぶち当たった。
聖属性の攻撃に弱いバイコーンにとってその衝撃は凄まじいものだったらしく、その場にズドンと崩れ落ちると、ピクリとも動かなくなった。
「はあ……はあ……はあ……っ! や、やった? やったのわたし?」
最初は困惑していたルルカだが、やがて状況を理解したのだろう。
頬をピンク色に染め、喜び出した。
「やった、やった、やったよディアナちゃんっ。なんかもう全面的にディアナちゃんのおかげだけど、自分で、初めて、魔物を……っ」
「うむ、よくやったぞ」
ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶルルカを眺めながら、ワシは一瞬、昔のことを思い出した。
勇者パーティにいた女僧侶マーファ。
奴もまたルルカと同じ『豊穣と慈愛の女神セレアスティール』の信徒で、同じように単騎で敵と戦うのが得意だった。
もちろん奴の場合は大酒飲みで、酒がキレた時の腹いせに魔物をしばいていたという違いはあるが。
聖気に溢れた僧侶が術で防御を固めてぶん殴るという戦術の有効性は、改めて証明することができた。
「こ、これでわたし、捨てられないっ? ディアナちゃんと一緒にいられるっ?」
「ああ、もちろんだ。聖樹のたまゆら継続だ」
「や、や、やったあ~! ああもう素敵! 嬉しい楽しい! 人生最高の日!」
「うむ、これで次の段階に進めるな」
「……ん? 次の段階?」
ギシィツ、とばかりに硬直するルルカ。
「ええと……それってどういう意味かな?」
「ここでハッキリしておこう。ワシの最終目標は――」
さすがにグリムザールのことは言えないので伏せるとして。
「『世界最強の武人』になることだ。神や悪魔すら倒してのける、生物としての最強になりたいのだ」
「やんちゃな男の子みたいね夢持ってるね!?」
中身は男だからな。
「だからこそ、だ。ワシと共に来る者には相応の強さを持ってもらわねばならんのだ。それこそ、それぞれのジョブの最高位に立つぐらいでないと。たとえば格闘僧なら世界最強の武人。剣士なら剣王か剣聖。おまえの場合は僧侶だから、目標は大神官といったところか?」
「わ、わわわたしが大神官にっ? それはさすがに畏れ多くないっ? 不敬すぎて口に出しただけでなんらかの罪に問われたりしないっ?」
ワシのぶち上げた目標の大きさに動揺するルルカ。
「だが、おまえはワシについて来たいのだろう?」
「そ、それはそうだけどぉ~……」
「そしてワシは、世界最高の者同士でパーティを組みたいのだ」
「ううう……っ。可愛い顔してなんというドSな要求……っ。地獄みたいな二者択一……っ」
ルルカがうるうると目を潤ませ苦しそうにしているが、譲る気はない。
こいつとのパーティは確かに楽しそうだが、仲良しこよしでキャッキャウフフする気はない。
それに、言うほど無理難題だとは思っていない。
ルルカの自己評価の低さはともかく、その『聖気』の量はワシの知る中でも一、二を争う。ぶっちゃけていうと、マーファレベルだ。
最も女神に愛された娘が最も女神に近い地位につく。それは決して、不自然なことではないはずだ。
「さあ、どうする?」
「うううう~、わかったようっ。大神官になれるよう頑張るよう~」
さんざん苦悩した末、ルルカはしぶしぶうなずいた。
大神官になるため努力することを認めた。
「よし、いいコだ」
思わず笑みがこぼれた。
決意を固めたルルカの成長が嬉しいというのもあったが、それだけではない。
いつもツンツンで協調性がないエルフの魔術師(今は格闘僧)ディアナ。
いつもドジばっかりのお荷物な僧侶ルルカ。
『落ちこぼれーズ』と呼ばれバカにされていたふたりが、それぞれの分野の『到達者』となる。
こんな痛快な話はないだろうと思ったからだ。
「ようーっし、それでは勢いよく行くぞ、ルルカよ」
「で、で、でも最初はお手柔らかに……ね? いきなりあんまり痛くしないで……ね?」
ワシの笑顔から何かを察したのだろう、ルルカがサッと顔を青ざめさせた。
「わかったわかった、ほどよい感じにしてやる」
「やだあああ~、笑ってるよお~。絶対ほどよくないやつだよおぉ~」
悲鳴を上げるルルカと、笑うワシと。
デコボココンビのパーティ活動が、こうして幕を上げた。
女の子が鈍器を振るう姿は最高だと思います!
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