「冒険の書五:神に愛された娘」
魔術師から格闘僧にジョブチェンジし、気合いを入れて臨んだ最初の戦闘の相手は狼人間だった。
レベルにするなら三十ぐらいか。
一匹一匹の強さ自体はさほどでもないが、群れの頭目を中心に高度な連携プレーを行うことができる。
生半可な冒険者パーティなら余裕で全滅しているところだが……。
「ほいっ、はいっ、そいっ!」
ワシはこれを、単騎で迎え撃った。
拳で鼻っ面をぶん殴り――蹴りで腹をぶち抜き――手刀を首筋に叩きつけ。
一撃で一匹、確実に仕留めていく。
もちろんワーウルフ側もやられっぱなしではいない。
連携プレーで対抗してくるが……。
「はっはっは! いくらでもかかって来い!」
ワシはこれを、個としての強さで粉砕した。
「頭上からの強襲? 三頭同時攻撃? ぬるいぬるい!」
最初のうちは小さなワシを侮っていたワーウルフどもも、やがて格の違いを思い知ったのだろう。
「キャイィィイィーン!?」と犬のように尻尾をまとめて逃げて行った。
ワーウルフ語(?)なので正確ではないが、「相手が悪い逃げろ」的なことを言っていたのではなかろうか。
「ふむ、最初はこんなもんか」
息を整えながらカードを確認すると、格闘僧のレベルが一から五へとアップしていた。
「戦果としてはまずまずだがのう……」
ワシはため息をついた。
ドワーフの体とエルフの体の違いになかなか馴染めない。
前の体と腕や足の長さはそこまで違わないものの(ドワーフはもともと手足の短い種族だ)、出力に対して体重が軽いせいで勢いがつき過ぎ、突き蹴りの際に体が流れる。つまり力が逃げやすい。
元の肉体なら呼吸法で抑え込むことができただろうが、この体は呼吸器自体が未発達なせいでそれもできない。
「ま、地道にレベルを上げ、反復練習を繰り返すしかないか。よっ、ほっ、はっ……と」
ワシがドラゴ砕術流の型の練習をしていると……。
「り、り……『理力の鎧』!」
ルルカの放った神聖術による『理力の鎧』が、ワシの全身を包んだ。
青白い光が対象の体を包み、敵の物理攻撃を防いでくれる優れた『強化術』だが……なぜ今ごろ?
「どうしたルルカ? もう戦闘は終わっとるぞ?」
不思議に思ったワシが理由を聞くと……ルルカはキョロキョロ辺りを見渡し……。
「え、え? ワーウルフは? もういないの? 逃げちゃったの? やあぁぁぁっと発動したのにいぃぃぃ~?」
ガッカリしたルルカは、その場にへなへなと崩れ落ちた。
……ん?
…………え?
………………はあぁ〜?
「もしかしておまえ……戦闘中ずっと、ワシに『理力の鎧』をかけようとしとったのか?」
「うっ……」
「そのつど失敗し続けて、戦闘が終わった今ようやく成功したのか?」
「ううううぅ……っ」
醜態をさらしたことがショックだったのだろう、ルルカはわんわんと泣き出した。
「うわ~ん、バレちゃったあ~っ。そうだよお~っ、わたしってば戦闘になると緊張して噛んじゃうのっ。僧侶は神聖術をかけて味方を支援するジョブなのに、戦闘中に成功したことがないんだよお~っ」
「な、なんと……失敗ばかりだとは聞いていたが……っ。まさかの噛み癖? 僧侶なのに?」
とんでもない事実によろめくワシ。
一方ルルカは、顔を真っ赤にして泣きじゃくる。
「ごめんねぇ~、ディアナちゃあ~ん。やっぱりわたしみたいなポンコツじゃ、今のディアナちゃんのパーティメンバーにはなれないよね~。うわあ~んっ。わたしってば、また追放されちゃうんだあぁ~っ。またひとりになっちゃうんだあぁ~っ」
「待て待て落ち着け」
なんとかフォローしたいところなのだが、上手い言葉が出てこない。
というか正直、無理じゃないか?
ビビりな性格のせいで術を何度も失敗し、戦闘中には完成させられない。
教会勤めの僧侶ならともかく、戦闘をこなしてなんぼの冒険者としては失格と言わざるを得ない。
むしろ、明日をも知れぬ冒険者稼業の中で若い命を散らしてしまう前に、ここで引導を渡してやるべきではないのか?
そうだ、言いづらいことを言い合ってこその仲間というものだろう。
んん~……だがなあ~……。
単純に引導を渡すには、こいつってばいい奴すぎるんだよなあ~。
「うう~む……」
悩むワシの腰に、ルルカがしがみ着いてきた。
「やだああぁ~、お願いだから捨てないでえぇ~。……あ、そうだ! お金はどう!? ほら、わたしの全財産あげるから! 足りなかったら売っちゃいけないものも売ってお金作るから!」
ダメ男に捨てられまいとする行き遅れの娘のような、ひどい絵面だ。
「金で人を買おうとするな。あと自分は大事にしろ」
「なんでもするよ!? イスになれと言われたらイスになるし! イヌになれと言われたらイヌになるし!」
「自分を大事にしろと言っておるだろうが」
「あ痛ああああ~っ!?」
軽くチョップすると、痛みのあまりだろう、ルルカはごろごろとのたうち回った。
「のうおぉぉぉ~っ!」
「はあ~……」
のたうち回り続けるルルカを眺めながら、ワシは大きくため息をついた。
「そうか、だからこいつはディアナ教信者みたいな娘になったのか……」
失敗続き追放続きのルルカにとって、ディアナは初めて得た仲間だった。
この機会を失ったら、二度とできないだろうとも思っていた。
だからこそ、ルルカはディアナのことを疑わない。
何を言っても返事は「うん、わかった」。
何をされても「うん、いいよ」。
ワシが感じた怖さの理由は、これだったのだ。
「まあ理由がわかったからといってどうにもならんのだがな。それはそれ、これはこれ。こいつが冒険者に向かないのは確かだし…………うん?」
ワシはふと、異変に気づいた。
「……なんだ、この光量は?」
ワシの身を包む『理力の鎧』の輝き、その強さが尋常ではない。
一般的に、『理力の鎧』のような『強化術』は威力が強ければ強いほどに輝きを増す。
ルルカの放ったそれは、威力だけ見れば司祭クラスの者が付与したものと同レベル。
しかし実際には、ルルカはレベル八の僧侶だ。
レベル八なのに司祭クラス(少なくともレベル五十以上、冒険者としては熟練者クラスの中~上位以上)の威力を発揮できる。
普通に考えたらあり得ない話だ。
……いや、ひとつだけ可能性があるか。ものすごく単純な話だが……。
「おまえもしかして……『聖気』がめちゃめちゃ強いタイプか?」
「え? え? わかんない。考えたこともなかったけど……ああでも、人のより光の色が濃いと言われたことはあったなあ~」
「それについて、指導者から助言はなかったのか?」
「なぁ~んにも。同期で一番優秀なツインテールのシュリちゃんに『術の色が人より濃いんだけど、わたしって変なのかな?』って聞いたら『色が濃いとかどうでもいいわ。なんっっっにも意味ないっ。あんたは下手なんだから練習だけしてなさい。というかね、たまたままぐれ当たりが出たぐらいで調子に乗るんじゃないわよっ』って、むしろ怒られたぐらいだよ。そんでもって、ついでに肩をバチ~ンって叩かてさ。あれは痛かったなあ~……」
「……なるほど」
僧侶というのは、神を愛し神に仕える職業だ。
その見返りに神が人に与えるのが『聖気』。
『魔力』でも『気』でもない、もう一つの超常の力。
「これほどの力となれば、嫉妬もされるか」
ルルカの聖気の強さは常軌を逸している。
正直、ワシが見た中でも一、二を争うぐらいのものだ。
つまりこいつは『神からめちゃめちゃ愛されている』わけで、ということは……。
「ルルカよ、おまえにひとつ策を授けてやろう」
「……策?」
「そうだ。うまくいけば、すべての問題がまるっと解決するかもしれんぞ?」
ワシはニヤリ笑うと、キョトンとするルルカに策を授けた。
ルルカはディアナに超々々々依存していたのですね!
相手が女の子だったから良かったですが、男だったらもっととんでもないことになっていたと思います!
ちなみに冒険者のクラスはこんな感じです!
ビギナークラス(レベル一から三十五)
ベテランクラス(レベル三十六から六十五)
エリートクラス(レベル六十六から百)
マスタークラス(レベル百一から百三十五)
エピッククラス(レベル百三十六から百六十五)
レジェンドクラス(レベル百六十六以上)
ざっくりこんな感じで、転生前ガルムはレジェンドクラス中位でした!
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