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「冒険の書五十六:パラサーティア防衛会議①」

 パラグイン辺境伯の貴賓室きひんしつに、会議用の巨大な円卓が運び込まれた。

 椅子も七つ運び込まれ、それぞれに各組織の長たちが座ることになった。


 のんびりのほほん、枯れ木のような老爺ろうやにして国教であるセレアスティール教の大司教たるアルノール。


 マネージとサイネージのふたりに騙されワシを拘禁こうきんしたミスを挽回ばんかいしようと鼻息荒い、衛兵団長のゴラエス。


 魔術師ギルドの長である妖精族の女・ミージムはパタパタと気楽な様子で参加者の頭の上を飛び回っている。


 冒険者ギルドの長であるシーグラムはお勉強の得意そうなメガネの青年。計算は得意だがこういう場には慣れていないのか、おどおどと辺りを見回してばかりいる。


 それらに加えてリリーナと辺境伯と、ついでにワシ。


 王女殿下の客人とはいえワシがいるのはさすがに場違いな気もするが、なにせパラサーティアの命運を分ける防衛戦会議だ。

 遠慮しても仕方ないので堂々と座っていることにした。


 それに、個人的な作戦もあったりするしな。

 防衛戦の邪魔にならないよう根回ししておきたいという思惑もある。


「しかしリリーナよ。全体的にずいぶんと動きが早いな。まるで、パラサーティアへ魔族が攻め寄せて来ることをあらかじめ予測していたようではないか?」


 ワシは隣に座るリリーナに耳打ちした。


「各集団のトップの招聘しょうへいはもちろんだが、すでに兵士の動員も始まっていると聞いたぞ? あまりに早すぎやせんか?」


 戦時ならともかく、平時に兵士を緊急招集するのは骨が折れる作業だ。

 しかも今回は訓練ではなく、本物の戦争のための招集だ。


 情報伝達はもとより、食料や軍馬、武器などの物資の用意も簡単ではない。 

 ただ集めるだけだって、財務担当が目を剥くレベルだ。

 それをこうもあっさりと? 


「ディアナ殿の疑問にお答えしよう」


 ワシの話が聞こえていたのだろう、辺境伯が説明を始めた。


「ここパラサーティアは、王国南方にあって王都からの支援が受けにくい位置にある。近くには異民族の国家があり、強力な魔族の巣食う『魔の森』もある。人魔決戦が終わり魔王が倒れたとはいえ、不意の敵襲への備えを怠ることはなかったわけだ。つまり定期的な訓練や実戦を想定した大規模演習を行っているので、兵士たちの練度が高く保てていると」


「なるほど。緊急招集などはお手のものというわけか」


「それに加えて、物見ものみによる周辺状況調査も常から実施していたのだが、ここ数日、それらが戻らぬ。大規模な敵襲を予測していたところへ王女殿下からの情報提供があり、予測が確信に変わったというわけだ」


「なるほど、それ故の即断、即行動というわけか。見事だな。辺境伯は実戦経験が豊富と見える」


 エルフの幼女が対等な物言いをしているのが気に食わなかったのだろう、辺境伯の後ろに控えていた護衛の兵士たちが血相けっそうを変えた。


「辺境伯様に対し、なんたる無礼な言葉遣い……!」


一介いっかいのエルフ風情が!」


 剣を抜き、この場で無礼討ぶれいうちに斬り捨てくれんという勢いだが……。


「――黙れ」


 憤る兵士たちを、しかし辺境伯はひと言で止めた。

 よほど恐れられているのだろう、兵士たちは冷水でも浴びせられたかの如く直立不動となり「申し訳ございませんでした!」と大声で謝罪した。


「……謝る相手が違うだろうが?」


 辺境伯がさらに追い打ちをかけると、兵士たちは「申し訳ございませんでした! ディアナ殿!」と大音声でワシに謝ってきた。


「すまぬな、ディアナ殿。いつも言い聞かせてはいるのだが、わたしのことになると抑えが効かぬ連中で」


「いや、ワシこそ悪かった。なにぶん山育ちの武人なのでな、礼儀などにはうといのだ」


「構わぬさ。それに、山育ちというならわたしも同じだ」


「辺境伯殿も?」


「ああ、我が家は代々、武を重んじる家風かふうでな。幼き男子に剣一本持たせて遠くの野山に放ち、帰って来た者のみを後継あとつぎとするならわしがあるのだ」


「ほう、ドワーフと似ているな」


「ドワーフにもそのような習わしがあるのか? そうか、なるほどな。奴らと気が合うのはそのためか。がっはっは!」


 辺境伯に対して『ドワーフに似ている』は極刑ものだろうが、まったく気にした様子はない。

 それどころか、膝を打って楽しそうに笑い出した。


 豪放磊落ごうほうらいらくな戦士、ワシの好きなタイプだ。

 手元に酒盃しゅはいがあったら乾杯を申し込みたいぐらいだが、あいにく今は何もない。


 リリーナが隣で「ディアナさんがこんなに楽しそうな顔を……? まさかのオジ専……?」などとつぶやいているが、本気でわけがわからんので無視。


「とまあ、そういうわけでな。山野や戦場での生活が長かった分、緊急時には勘が働くのだ」


 なるほど、それこそが兵士たちが辺境伯を恐れる理由であり、今回の緊急事態に対して最速で備えができた理由というわけか。

 家柄や身分だけでなく、実際に戦っても強い上司。それは恐れられ、また尊敬されることだろう。

 それらが巡り巡って、パラサーティア全体の防御力に繋がるという仕組みだ。

 

 ワシが理解したのを察したのだろう――辺境伯はニヤリ笑うと、皆に対した。


「さて――皆に情報を伝達しよう。駿馬しゅんめのみにて構成された高速偵察隊が、さきほどブレガナ山地を駆け下る魔族の集団――いや、軍団(・ ・)を捕捉した。その数、おおよそ五万(・ ・)


「「「「「……!?」」」」」


 辺境伯の言葉に、皆は息を呑んだ。


「五万だと……?」


 さすがのワシも、これには驚いた。


 人口十万人の規模の都市が戦時に緊急動員できる兵数は、民兵・傭兵・正規兵まで含めて人口のおおよそ一~二割。

 つまり、パラサーティアなら一~二万。

 それに対して、相手は五万。

 攻める側よりも守る側が有利なのがいくさの常識とはいえ、絶望的な物量差だ。

 

 加えて、今は平和な時代だ。

 五十年前ならばよく見た規模の戦争も、物量差も、今の人類には荷が重いはず。

 

 同じ事を辺境伯も思っているらしく……。


「人魔決戦の行われた時代ならいざ知らずだ。小競こぜり合いしか経験したことのないわたしたちには、正直少々、荷が重い」


 辺境伯の言葉に、皆は明らかに気落ちした。

 互いの顔を見つめ合い、今後の身の振り方すら考えている様子だが……。

 

「しかし……だ。重いが(・ ・ ・)どうした( ・ ・ ・ ・)?」


 気落ちした皆を煽るように、辺境伯は言葉を重ねる。 

 拳を握り、強く、強く。


「対岸の火事ではない。これは我らの街を狙って行われた侵略戦争だ。我らが愛する人民を、土地を、財産を。これまで積み重ねてきたすべてを護るための闘争だ。ならばこそ、もはや逃げ場はないと知れ。戦って、はねのける。それ以外に道はない。それを理解できない愚か者は、ただちにここを去れ。家財をまとめて逃げるがいい。そうはできない理由と志のある者のみが、ここに残れ」


「「「「「「……」」」」」」


 誰も席を立とうとしなかった。 

 辺境伯の言葉が胸を貫いたのだろう、熱意と決意を瞳にこめ、辺境伯の次の言葉を待っている。


「……見事」

 

 ワシは思わず拍手しそうになった。 


 戦場において真っ先に殺すべきは、敵ではなく『味方の恐怖』だ。『恐怖心に突き動かされた者が暴走しないよう』に抑えつける必要がある。


 それはもちろん後方においても同じだ。

 それぞれの部署のリーダーたちの恐怖心を殺したことで、パラサーティア防衛軍は勇気をもって戦いに挑むことが出来る。


「これはなかなか、希望ある戦いができそうだぞ」 


 にんまりと微笑むワシはさておき、辺境伯は話を続けた。


「ありがとう。皆の覚悟、しかと受け止めた。──それでは敵の詳細について説明しよう」


 皆の意志を確かめた辺境伯は、改めて詳細を語り出した。

 高速偵察隊より伝えられたという敵の陣容は──

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