「冒険の書四十:村は燃えていた」
マネージたち馬車隊と別れたワシらは一路、レナの村へと走った。
子供の足で四、五時間ぐらいということだから、冒険者であるワシらの足ならもっと速く、それこそ一時間ちょっともあれば着くだろう。
とはいえ、冒険者とて皆が皆、体力に自信があるわけではない。
運動神経も鈍い体力もないルルカにとっては苦行も苦行。
「ハア……ッ、ハア……ッ、もうダメ、死んじゃうよぉぉ~……」
「ほれ頑張れルルカ、もうすぐだぞ」
「お墓参りには必ず来てね。忘れちゃヤダよぉ~?」
「これが最期みたいなことを言うな。ああもう、座り込むな。しかたないのう~。ほれ、おぶってやるから」
「わ、やっぱりディアナちゃん優しい~♡」
疲労困憊なルルカはワシが背負い、同じく疲労困憊なレナは、リリーナとニャーナが交互に背負った。
ジョブが魔術師なララナも決して肉体派ではないのだが、レベルがルルカより遥かに上(ルルカ五十五でララナが七十五)なので、ステータスを活かしてなんとかかんとかついて来た。
一方、羽根があるおかげでワシらのような苦労のないチェルチは、すいすいと気持ち良さげに飛んでいる。
「こうゆ~時は楽できて気持ちいいんだよな~。えっへへへ~」
「いいなあ~、チェルチちゃん。……と思ったけど、わたし的にはこっちの方が役得だからいいや。えへ、えへへへへ……♡」
よくわからんが、気持ち悪い笑みを浮かべながらワシの首に手を回すルルカ。
「本当にすごいですわね。日常使い感覚で『飛行』の魔法が使えるだなんて……」
都合よく勘違いしてくれているリリーナ。
チェルチは走るワシの真上にやって来ると。
「さ、とっとと片付けてみんなのところに帰ろうぜ~」
「マネージたちのところに帰る? ああまあ、一時解除であって永遠に解除ではないからな。しかしおまえ、そんなに仕事熱心だったか?」
ワシの問いに、チェルチはさらっと答えを返す。
「だってみんな優しいもんよ。あたいのこと可愛がってくれて、腹空かしてたら食べ物くれてさ。そりゃあ戻りたくもなるだろうよ」
「おまえ、ベルキアの冒険者ギルドに戻るのではなかったか?」
「ま、あっちはあっちでいいけどな。遠くの親戚より近くの他人って感じでさ。な~んて言うと悪いか? へへへへへ……」
照れ笑いを浮かべるチェルチ。
言ってることは最低だが、悪魔貴族のチェルチが人族に馴染もうとしているのなら、わざわざ指摘することもないだろう。
「それより問題は、夜になってしまうことか」
ヴォルグたちに襲撃を受けたのが午後、レナと出会ったのが夕方。
今はもう、すっかり夜だ。
レナの情報が確かならば、敵はアンデッドの群れ。
太陽の光の下では活動が弱まるが、夜の帳の下では逆に活動が活発になるはずで……。
「ちと嫌なタイミングだが……む? あれか?」
遠くに村らしきものが見えてきた。
森から流れ出る川の傍に、小さな村がある。
人口は二百人ほどだろうか。
村の周りを石壁が囲んでおり、入り口と思われる門が内側に倒れている。
おそらくはそこから、アンデッドの群れが侵入したのだろう。
いや、それよりも問題は……。
「村が燃えてる……っ?」
レナの上げた悲鳴のとおりだ。
レナの住んでいたレトンドの村の至るところから、火の手が上がっていたのだ。
+ + +
村にたどり着くなり、レナがリリーナの背から飛び降りた。
「おかあさん! おとうさん!」
止める間もなく、村の中へと走っていく。
「レナ待て! ひとりで行くな!」
案の定というべきか、腐った死体がレナの前に立ちはだかった。
死者が蘇ったような外見からすると、こいつはゾンビか。
ゾンビは感染性のある毒を持っており、ゾンビに噛まれた者はゾンビになる。
実力ある冒険者なら抵抗できる程度の毒だが、普通の村人では抵抗できない。
だからか、辺りには新鮮なゾンビがうろついている。
ゾンビ自体の戦力は、人族の男より少し弱い程度。
一対一なら村人でも倒せるだろうが、数の多さと毒の存在がネックになる。
弱点は炎。
だから村人は火を使ったのだろう。
ゾンビを燃やし、倒そうとした。
だが、燃やしたらそれで終わりというわけではない。
火のついたゾンビは苦しみながらも歩き続け、結果として、村のあちこちで火事が起こる大惨事となったのだ。
「石造りの家が多いのは幸いだが……っと、危ない!」
レナを襲おうとした一体を、殴って倒した。
頭部を粉砕したゾンビは動かなくなったが、当然この一体で終わりではない。
「ディアナちゃん! 奥からいっぱい来るよ!」
「わかっとる!」
ワシらの存在に気づいたのだろう、十数体のゾンビがこちらに向かってやって来た。
「うう……ごめんなさいっ?」
自分のせいで居場所がバレたことがわかったのだろう、レナは苦しそうな顔をした。
それでもなお、父母の安否が気になるのだろう、祈るような目をワシに向けた。
「ああもう、わかったわかった、つき合ってやるわい」
レナの頭をぐしゃりと撫でると、ワシは指示を出した。
「ルルカ! ここは頼んだ! 『死者聖滅』で全員あの世に送り返してやれ!」
「任せてディアナちゃん!」
「チェルチ、おまえは上空から偵察してくれ! 何か異変が起きたら教えてくれ!」
「あいよー」
「リリーナ、おまえたちはルルカを守りつつワシらの後を追ってきてくれ!」
「わかりましたわ! 僧侶さんは対アンデッド戦の要ですからね!」
信頼できる仲間に後ろを任せると、ワシはレナと共に村の中央へ走った。
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