「冒険の書三十九:レナの村へ」
ワシらの前に現れた小娘は、名をレナといった。
歳は八つ。赤毛を頭の後ろで縛っている。
ちんちくりんの小娘が、なんと近隣の街へ助けを求めるため走ってきたのだという。
その途中でワシらを見つけ、天の助けと思ってやってきたのだという。
ここまで走ってきた疲労。
何度も転んだことで傷ついた痛み。
ワシらを見つけることのできた安堵もあるのだろう、力が抜け崩れ落ちたレナを、ワシは慌てて抱きとめた。
「敵はなんだ? どんな姿をしていた?」
「えっと……骨と、皮の、痩せたやつ。黒いローブ、着てて、目が光ってて、気持ち悪いの」
「魔族……アンデッドか? 一匹だけか?」
「そいつと、腐った人間みたいなのが、たくさん」
「なるほど……スケルトンソーサラーかゴーント。それにゾンビ、あるいはグールの群れといったところか」
スケルトンソーサラーは魔法を使うスケルトンで、少数のアンデッドを操ることができる。
ゴーントはスケルトンソーサラーの上位種で、アンデッドの集団を操ることができる。
グールとゾンビは、共に人を喰う腐った死体。
個体としてはグールのほうが強いが、ゾンビのほうが感染性があるので厄介だ。
聞いたかぎりだとその程度しかわからないが、敵がアンデッドだという貴重な情報を得ることができた。
「ぐすっ……エイミも、ジルも、やられちゃった」
鼻をぐずらせるレナ。
ここまで何度も泣いてきたのだろう、目の周りにはすでに真っ赤だ。
「……それは、友達か?」
「うん」
「他の皆は?」
「みんな、村の集会所にいるの。早くだれか連れてもどらないと……っ。おねがい、おねえちゃんっ。あたしの村を助けてっ」
疲労の極地にありながらも正確に情報を伝え、なおかつ仲間の心配をしている。
いい子だ、賢い子だ。
いずれこの国を支えるだろう子どもの気持ちを、アレスたちが護った国民の願いを、決して無にしてはならん。
「もちろんだ」
レナの頭をぐしゃりと撫でると、ワシは笑顔で言った。
「ワシは武人だ。弱きを助け、強きを挫くことこそ本望よ」
「そうだね、ディアナちゃんってば正義の味方! カッコいいよヒューヒュー!」
ワシの決断に、ルルカは大賛成。
「おおー! やるぞー!」とばかりに気合いを入れている。
しかし、チェルチが意外にも正しい指摘をしてよこした。
「でもさあ~、ディアナよ。あたいらって今、マネージ? の護衛してるわけじゃん。そっちの方はどうするんだ?」
「うっ……?」
そういえばそうだった。
ヴォルグとの戦闘があったせいで、すっかり忘れていた。
ワシは武人だが同時に冒険者でもあり、なおかつ商人マネージに護衛として雇われていたのだ。
「あたい的にはどうでもいいけどさ~、一度した約束を破るのは、武人的にありなのか?」
「そ、それは……っ?」
別に悪意があるわけではないのだろうが、それだけに無邪気なツッコミが刺さる、刺さる。
「だが、だがなあ、それはそれで別というか……っ」
いや、迷うな。
天秤にかかっているのはか弱き村人の命なのだ。
そのためなら武人の信義など……。
「ワシは……」
「大丈夫ですよ、ディアナさん」
苦しむワシに助けの手を差し伸べてくれたのはリリーナだ。
「冒険者ギルド法にこう明記されています。『人命救助等の急迫な危難・危機を避けるためならばクエストの一時的停止・解除を認めるものとする』と。つまりこの案件は……」
「人命救助だから停止・解除が可能ということか! よく調べておったのうリリーナ!」
「ふふ……小なりとはいえわたくしも冒険者パーティのリーダーですからね。こういった揉め事に対する備えは普段からしてあるのです」
「よくやった!」
「はい!」
ワシとリリーナがパチンと手を打ち合わせて喜んでいると……。
「はああああ~!? 何を言ってるの? そんなこと認められるわけないじゃない! ギルド法なんて無視よ無視!」
マネージが例のキンキン声を上げながらやって来た。
「今回の襲撃でわたしが受けた被害わかってる!? 馬車を四台失って! 積み荷の大半もパー! そんな小さな村なんか見捨てればいいの! とにかく先を急ぐのよ!」
襲撃事件の最中は恐ろしがって小便まで漏らしていたくせに、危機が去ったらすぐに居丈高に振る舞うマネージ。
本当にゴミクズのような人間性だな。
「無視だと? ではレナの村はどうなってもいいと?」
「そう言ったんだけどわからなかった? 田舎育ちのエルフ娘には難しかったかしらねえ?」
「こいつ……っ?」
さすがにイラっとするワシだが、いきなりケンカを吹っかけるほど子供ではない。
ぎゅうううっと拳を握るだけだ。
握るだけだが、さきほどのワシの戦いぶりを見ていた連中が「ひっ……?」とばかりに怯え始めた。
「ディアナちゃんを怒らせるのまずくない……?」とか「ボスオルグですらワンパンなんだから、わたしたちなんて指先ひとつで殺されるわよ?」などと、口々に囁き交わしている。
ううむ……ちょっと怖がらせすぎたか?
だがまあ、今回は状況が状況だしな。
そんな風にワシが自分自身を納得させていると……。
「マネージさま、その発言はさすがにどうかと思いますわ」
リリーナが憤然として文句を言った。
「目の前で困ってる村人を見捨ててまでわたくしたちを拘束する? 商売を優先する? そんな人を、はたして世間は信用するでしょうか? 商取引の相手にしてくださるでしょうか? 別にいいんですよ? パラサーティアでこの話を広めても」
「くっ……も、もういいわっ! 勝手になさい! あなたたち『黄金のセキレイ』と『聖樹のたまゆら』は解雇……いえ、一時契約の解除とするわ!」
このまま言い争っても勝ち目はないと判断したのだろう、マネージはリリーナの言い分を飲んだ。
ワシらパーティとの契約を一時解除とし、ワシらは束の間の自由を得た。
「すまんな、リリーナ。しかしよかったのか? おまえらは学生だろう。このままマネージと同行してパラサーティアの街で実績を宣伝してもらったほうが、よい評価を得られるのでは?」
もしこの後マネージと合流できなかった場合、マネージはワシらのことをボロクソに言う可能性がある。
それが間違いだったとしても、一度広まってしまった噂はなかなか正しき方向には戻らない。
それは『黄金のセキレイ』にとってもかなりの痛手のはずだが……。
「なんてことありませんわ」
ワシの疑問に、リリーナは肩を竦めた。
「というか、そんなことで得た実績や名声がなければやっていけないようなら、冒険者などやめてしまえばいいのです」
「ふん、なるほどな」
マネージがどう言おうと、真に大事なのは自分が何を成したかだ。
他人の評価ばかり気にしている奴に、ろくな働きはできない。
リリーナのそれは、実に気持ちのいい考え方だ。
「やはり、おまえとはなかなか気が合うようだな」
ポロリと漏れたワシの本音に、リリーナは「ひあっ?」とばかりに小さく呻いた。
いったいなにがそこまで琴線に触れたのだろう、顔を真っ赤にして照れまくった。
「そ、そそそそれってどう意味のあれなのかしら? も、もももしかしたら告白的な意味の……っ?」
「ちょっとお~? リリーナさんそのリアクションおかしくないかな~? ディアナちゃんはそんなに特別なこと言ってないよねえ~? 何を勘違いしてるのかな~?」
ゴゴゴゴゴゴ……とばかりに黒いオーラを背負ったルルカが詰め寄ると、「ひあっ? ルルカさん違うのルルカさん」とか言いながら、リリーナは慌てて逃げていく。
「ディアナ、こっちのことは心配するな」
話の流れを見守っていたゴランは、自らの胸を叩いて言った。
「あんたがいない分は俺たちが埋める。気にせず村を救って来てくれ」
「おう、任せたぞ」
うむうむ、心を入れ替えたゴラン・ギランは実に感じのよい冒険者になったな。
これでワシらは、心置きなく護衛を離れることができる。
「それではレナよ。ワシらをおまえの村へと案内してくれ」
ワシら『聖樹のたまゆら』と『黄金のセキレイ』は、一路レナの村へと向かったのだった。
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