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「冒険の書三:聖樹のたまゆらと初めての夜」

 急速に日が暮れてきたのでその日の行動は止め、野営をすることにした。


「えっとね、これをこうしてこうで……ちょ、ちょっと待っててねディアナちゃん。あっれ~? おかしいなあ~? なんでか上手くいかないなあ~?」


「よいよい、ワシに任せろ」


 ルルカが野営の準備に手間取っている(テントをぐちゃぐちゃにしている)ので、代わりにワシがやることにした。


 何せ前世はドワーフ、手先の器用さには自信がある。

 特定の住居を持たずに戦場を往来していたというのもあって、野営にはなおさら慣れている。


 ルルカが「す、すごいっ。ディアナちゃんが三人いるみたいに見えるっ?」と驚くほどの速度でテントを組み立てると、ついでに木と木を擦り合わせて火を起こした。

 さらにキノコを採取し、小川で魚を捕まえると、木の枝に刺してじっくりと火であぶった。

 枯れた枝は勢いよく火を噴き上げ、すぐに香ばしい香りが辺りに漂った。


「かああ~っ、たまらんのう~っ。焼けた魚の身がほっくほっくだわい」


 数十年ぶりの食事は美味かった。

 塩もないので焼き魚そのものの味だったが、香ばしい香りが鼻腔びくうをくすぐり、空腹の胃袋によく染みた。


「はふはふっ。うんっ、美味しいねっ。にしてもディアナちゃんはすごいねっ。テントも火起こしもキノコ採りも魚捕りも完璧っ。エルフって森の民だから、もしかしたら本能的なのが目覚めたのかな? 以前はそうゆーの全般苦手だったのにねっ」


「お、おお。そうそう、潜在能力的な……本能的な何かのおかげでな」


 まったくワシを疑わないルルカに、必死で話を合わせていると……。


 ――ギョオオオオオオーッ!

 ――ズシーン! ドシーン!

 ――ドガシャッ! ガササササッ!


 深い深い夜の森には、巨大な魔物の鳴き声や足音が途絶えることなく響いている。

 そのつど地響きがし、痛いほどに鼓膜こまくを震わせる。


「ご、ごめんねディアナちゃん。こんなにくっついて……嫌だったら嫌って言ってね?」


 怯え切ったルルカが、不安そうにワシに身を寄せてくる。

 赤子のように高い体温が、肌を通して伝わってくる。


「別に構わん。赤子が親にすがりつくのは、野生でも人でも変わらんからな」


 長命種のドワーフ(エルフほどではないが、そこそこ長生き)であるワシからすれば、ルルカなどは子供どころか生まれたての赤子のようなもの。

 赤子が親にすがりつくのは本能であり、本能をとがめることは誰にもできん。


 そういう意味で言ったのだが、さすがにルルカには伝わらなかったようだ。

 こてんと首をかしげると……。


「んん~? まあ~、よくわからないけど、とにかくいいよってことだよね? えへへ、やったあっ。ディアナちゃんにこんなにくっつくの初めてぇ~♪」


 何が嬉しいのか、鼻歌まじりでワシの腰に手を回してくるルルカ。

 頬を頭に擦りつけてくるのがちょっとわずらわしいが、下手に泣かれたり騒がれたりするのも面倒なので、ここはしたいようにさせておこう。


「んで、だ。ルルカよ、ワシの質問に答えよ」


 落ちた着いたルルカに、改めてたずねた。

 この世界の現状を、あれから(・ ・ ・ ・)どれだけの月日が流れたのかを。


 その結果は、以下のようなものだった。


 ・ここはハイドラ王国辺境域の、高レベルな魔物の多い『魔の森』である。

 ・今は星環歴せいかんれき三〇五年、ワシのいた時代からちょうど五十年後である。

 ・人魔決戦は人類側の勝利に終わった。

 ・魔王を倒すという大目的を果たしたため人類連合軍は解体されたが、今また魔族の残党が暗躍し、各国は対応に手を焼いている。

 ・冒険者の果たす役割も重大になり、過去最大級に冒険者の増加した、まさに『大冒険者時代』と化している。


「なるほどそうか……では次に、ワシらのことについてだが……」


 ディアナとルルカに関して言うと、ふたりはかなりの問題児だったらしい。


 ディアナはいつもツンツンしてて口が悪くて、協調性がカケラもなくて。

 ルルカはドジで、神聖術を失敗してばかりで。

 どこのパーティに入っても上手くやれずに追い出されてしまう、通称『落ちこぼれーズ』だったらしい。


 しかし、そんなふたりに転機が訪れた。


 エリートクラスの冒険者『赤獅子あかじしゴレッカ』の率いるパーティ『紅牙団こうがだん』が、温かく迎え入れてくれたのだとか。

 優しく話しかけてくれ、冒険者としての様々な技術や知識も教えてくれたのだとか。 

 しかしそこにも、実は大きな問題があって……。

 

「まずさ、入隊するのにけっこうな額の契約金が必要なの。クエストの報酬の半分が上納金として回収されちゃうし、ミスをすれば報酬そのものも減らされちゃう。一番ひどい時で九割引きになった時もあったよ。任務そのものもキツくてさ、『魔物を引きつけるおとり』とか、誰もやりたがらない危険なのばっかり任されて……命がいくらあっても足りなさそうな感じで……でも拒否したら怒鳴られるし……」


 当時の辛い暮らしを思い出してだろう、ルルカはどんよりと暗い顔をする。


「でもパーティにいられること自体は純粋にありがたかったから、辞めないでいたの。ソロでの冒険はさすがにキツイし、寂しいし。先が見えなくてもやるしかないのかなって……。ディアナちゃんもたぶん、同じ気持ちだったんじゃないのかなあ~」


 チラリとワシの表情を窺うルルカだが、ワシにはディアナの記憶がないのでわからん。

 故郷を離れた理由も、冒険者にこだわる理由もさっぱりだ。


「一応さ、そんなんでもパーティの一員としてやれてはいたんだ。でもね、今回のクエストが成功しすぎちゃったんだ。変な言い方になるんだけど、しすぎちゃ(・ ・ ・ ・ ・)ったんだ( ・ ・ ・ ・)


 ダンジョン攻略に成功しすぎたせいで『紅牙団』の荷馬車がアイテムでいっぱいになってしまった。

 人を載せるか荷物を載せるかの二択で『荷物以下』の扱いとなったふたりはその場で追放――置き去りにされてしまったのだとか。


 現地解散、そのまま好きにしろ。

 ここ『魔の森』において、それは死刑宣告に等しい。


「みんなと一緒だからダンジョンまで行けたわけで、わたしたちふたりだけで帰るなんてことできるわけなくてさ……」


「とは言えその場に留まっていてもしかたないからと、ふたりで即席でパーティを組んで無理やり帰ろうとしたら、魔物に遭遇したと? ワシがオルグで、おまえがエルダートレントだと?」


「……うん」


 膝を抱え、しょんぼりとうなずくルルカ。


「なるほどな、そいつはたしかにひどい話だ」


 ルルカたちの実力不足は間違いない。

 冒険に出るどころか養成所に通うレベルの娘たちが分不相応なパーティに属したのは、明らかな間違いだ。


 だが、それを差し引いても仲間に対する仕打ちではない。

 さんざん搾取さくしゅし、酷使した後に危険地帯に置き去りとか、魔族でもせんぞそんなこと。


「それで、どうする? 戻って復讐か? ぶん殴って、ぶっ殺すか?」


「いやいやいや、しないよそんなことっ!」


 拳を握り憤るワシに、ぶんぶんとものすごい勢いで首を横に振るルルカ。


「わたしの実力が不足してたのはたしかだし! もっと強ければこんな目にも遭ってなかったわけで! 人のせいにするのはお門違かどちがいというかさ!」


「ええ~、復讐せんのかあ~?」


 ここまでされても復讐を考えないとか、どこまでお人好しなのだこいつは。

 血の気の多いワシらドワーフなら、地の果てまで追い詰めてでも復讐してやるところだぞ。


「それではおまえ、ナメられっぱなしのまま終わってしまうぞ。そんなことでは……」


 ルルカをきつけようとしたワシの脳に、死に際のグリムザールとの会話がよみがえった。


 ――貴様は悔しくないのか?

 ――ワシが? 何を悔いると?

 ――勇者のために犠牲となり、ただのこまとして死ぬ運命をだ。


 あやつもまた、今のワシと同じような気持ちだったのだろうか。

 誰かのために自分を犠牲にし、ひと言の不満も漏らさないルルカを焚きつけようとして、あのような言葉を使ったのだろうか。


「……ディアナちゃん、どうしたの?」


 言葉を失ったワシに、ルルカが声をかけてきた。


「いや、なんでもない」 

 

 ワシは首を横に振った。


 ルルカが復讐せぬというなら、それはルルカが選んだ道なのだ。

 戦い以外知らぬワシ如きが口を出すべきではない。


「ま、物は考えようとも言えるしな」


「……考えよう?」


「早めに縁を切れてよかったかもしれんということだ。話を聞くかぎり相当に意地汚い連中のようだからな。稼ぎがいい時はともかく、下手をこいて借金など背負おうものなら、おまえたちを人買いに売って補填ほてんしていたかもしれんぞ。冒険者どころか奴隷として変態貴族の慰み者にされていたかも……」


「そ、そんなことあるかなあっ? あの『紅牙団』が借金なんて……っていうかそもそもわたしなんか買う人いないようなっ? ディ、ディアナちゃんならわかるけども……っ? 小っちゃいし可愛いしっ? 月の妖精みたいだしっ?」


 大人の話が苦手なのだろう、ルルカは顔を真っ赤にして動揺している。


「いや、全然いるだろ。見た目はいいからな、おまえは」


 骨が細すぎるし肉が足りなすぎるのでドワーフの男に好かれるタイプではないが、人族の男に人気なのは間違いない。

 チャラ男だったアレスが見たら、その場でナンパどころか、結婚を申し込んでいるかもしれん。


「そ、そうかなあ~? えへへっ、ディアナちゃんに言われると照れちゃうなあ~」


「……奴隷にされるかもと脅かしたのに、なぜ照れる?」


 女心というのはわからんものだな。


「ま、それはさておき明日だな」


「明日? 明日は何かするの?」


「何をするのってそりゃあおまえ、森を出るのだろう。近くの街まではどれぐらいだ?」


「えっと……『ベルキア』までは馬車で三日。徒歩だと一週間ぐらいかなあ~?」


「ほほう、では一週間も楽しめるのかっ。高レベルの魔物との殺し合いの日々かっ。っくう~、たまらんのう~っ」


「な、なんでそんなに楽しそうなのおぉ~?」


 魔物との戦いを楽しみにするワシと、ドン引きするルルカ。

 ワシらはそうして、初めての夜を過ごした。

ブラックパーティーで苦労したふたりが成り上がります!

ちなみにディアナ(ガルム)はナチュラル女たらしです!


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