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「冒険の書三十一:襲撃」

 順調にいっていた護衛生活だが、八日目になって異変が起きた。

 昼を済ませ出発した馬車隊の車列がのんびりと街道を行く中――突如として『嫌な予感』がしたのだ。


「……なんだ、この感じ?」


 最初はただの違和感だった。

 空気? 温度? 湿度? 匂い?

 長い間戦場を往来していた武人としての勘だ。

 よくはわからんが、とにかく何かが違うのだと、心が警鐘けいしょうを鳴らしていた。


「おいチェルチ。おまえ『鷹の目(ホーク・アイ)』の魔法が使えたよな?」


 ワシは積み荷にもたれかかってうつらうつらしていたチェルチを揺すって起こした。


「ん? ああ、初歩の魔法だし余裕だけど……」


「じゃあこっちに来い」


 眠そうに目をこするチェルチを引っ張ると、ワシは馬車のほろをめくった。 

 そのままチェルチを抱えて幌の上に跳び乗ると……。


「さあ使え、全周囲を見渡すのだ」


「もお~、なんだよいきなりぃ~」


 ぶちぶちと文句をたれながらも、チェルチは両手を目の上にかざした。


「ほい、『鷹の目』」


 ――キイィィン……!


 魔力が集積する音がしたかと思うと、チェルチの両目が赤い光を放った。

 魔法によって強化された視界でもって、チェルチは全周囲を見渡すと……。


「あ」


 間の抜けた声を上げたかと思うと、遠くにある森の一点を指差した。

 ワシの視力ではなんの変哲へんてつもない森に見えるが、チェルチは断言した。

 

「魔族だ。やぶを踏み越えてこっちに来る」


「数は? 種類は?」


「えっと……オークの群れかな? いや、変な色してる奴もいるな」


「リリーナ! 聞いたか!?」


 ワシが幌をめくって顔を突っ込むと。


「聞いておりましたわ! オークとその上位種ですわね!?」


 ワシらのやり取りを聞いていたのだろう、リリーナが緊張した声を発した。

 馬車内に置いてあったバケツと木の棒を引っ掴むと、御者席に出てガンガンと打ち鳴らし始めた。


「敵襲ですわ! 種類はオークとその上位種! 馬車隊は防護体形をとってくださいまし!」


 リリーナの警告に、馬車隊は即座に反応した。

 街道を外れ手近の草原に踏み込むと、十台の馬車をぐるりと並べ、円陣を組んだのだ。


「……ほう、馬車で囲んで簡易的な砦を作るか。さすがは旅の商人、手慣れたものだな」


 簡易砦の内側に立てもって魔族の襲撃に抵抗。

 撃退するか、それが無理なら魔族が諦めてよそへ行くまで粘り続ける。 

 人類の力の及ばない領域を旅する、商人らしい知恵といえるだろう。


「わわ、ホントだねっ。みんなすごいっ、手慣れてるっ」


 ルルカが感心の声を上げる。


「のんびりしている場合ではないぞ、ワシらは護衛なのだから。護る側なのだから」


「あ、そ、そうだったっ。ここは頑張って魔族を撃退しないとっ。馬車の荷物にもお馬さんにも被害が及ばないようにしないとだねっ」


 ワシは馬車の幌から飛び降りると、ミスリルメッシュのグローブを手にハメた。

 チェルチはパタパタ羽ばたいて地面に降りると(バレるからやめろ)、大鎌サイズを宙から取り出した。

 ルルカが戦杖メイスを構えて横に並び、『聖樹のたまゆら』の戦闘体勢は整った。


 馬車隊の乗員は樽を並べて簡易的な壁を作り、馬車と馬車の間を埋めていく。

 リリーナたち『黄金のセキレイ』はそれら防壁作成の指示を行いつつ、乗員への戦い方の指導を行っている。

 両者の連携は完璧で、瞬く間に防御態勢が整っていく。


「……お見事。年若いのに大したものだ。さすがは勇者学院の有望株といったところか」 


 ワシが感心して眺めていると……。


「ちょっと! 誰が指示を出してるの!? 勝手なことするんじゃないわよ!」


 キンキンと頭に響く声を出したのは商人のマネージだ。


 マネージは四十代半ばの細身の男だが、女のような言葉を使う。

 女のようなドレスで着飾り、女のように白粉おしろいを顔に塗りたくっている。

 金ぴかの派手な扇子でパタパタと顔をあおぐ様は、醜悪のひと言。

 正直日常生活ではお近づきになりたくない手合いだが、今回に関しては残念、雇い主だ。


「マネージさま、お待ちください!」


 リリーナも内心では不平たらたらだろうが、表面上にはまったく出さず、誠実にこれに対した。


「乗員の方々との連携は当初の防御計画通りのものですわ! 決して勝手に行っているわけでは……!」


「だまりなさい! 勇者学院の有望株だかなんだか知らないけど、しょせんは素人に毛が生えたようなものでしょ!? この馬車隊はわたしのもの! わたしがやれと言ったらやる! そうでないなら黙っていればいいの!」


「しかしそれでは……!」


 護衛契約どころか防御計画すらも無視した雇用主の口出しに、戸惑うリリーナ。


「ほら、あなたたちもよ! その作業を今すぐ中止しなさい! 勝手をしないで!」


 乗員たちもどっちの意見を聞いていいかわからず、硬直している。


「邪魔するな。魔族のことは冒険者に任せろ」


 思わず口出ししてしまうワシだが、当然それは火に油を注ぐ結果となった。


「ムキーッ! 何よその言い方! ちょっとあたしより可愛いからって生意気よ!」


 ううむ、めんどくさい。

 無能のくせに出しゃばってくるところはもちろん、外見で嫉妬心を燃やしてくる辺りがさらにめんどくさい。


「好きでこんな見た目をしとるわけではないのだがな……というか、こんな話をしてる暇も惜しいのだが……」


「何か言った!? 天に恵まれたみたいな容姿をしてるくせに文句でもあるの!?」


 何を言ってもダメなようなので、ワシは口をつぐんだ。


「ゴラン! ギラン! おでなさい!」


「「はい!」」


 マネージがパンパンと手を打ち鳴らすと、大男がふたり現れた。

 ハゲで目つきが鋭く、筋骨隆々。

 ゴテゴテとした金属鎧にトゲトゲ棍棒という組み合わせを見るに、『重戦士ヘビーウォリアー』のコンビなのだろう。


 リリーナ情報によるとふたりは双子で、マネージ子飼(こが)いの冒険者団のダブルリーダーなのだとか。

 ちなみに冒険者ランクはどちらもエリートランクの下位、つまり『赤獅子ゴレッカ』と同じレベルぐらいで、マネージは彼らに抜群の信頼を置いているらしい。


「指示はあなたたちが出しなさい! あんな小娘どもに負けずに、速やかに魔族を片付けること、いいわね!?」


「「はい!」」


「ほら聞いた!? ゴランとギランが万事うまくやるから、そこの小娘どもは隅っこで邪魔にならないようにしてなさい! 積み荷が盗まれそうになったら身をていして護ること! それだけを心がけなさい!」


 あまりにも無茶苦茶な命令。

 かつ『だったらなんで護衛など雇ったのか……』と問い詰めたくなるような案件だが、リリーナはあくまで誠実に「はい!」と答えた。


「……おい、返事はいいが、いったいどうするつもりなのだ? 本当にこのまま黙っているつもりか?」


 困惑するワシに、リリーナはいたずらっぽくウインクひとつ。


「うふふ、『こっちはこっちでやる』だけですわ」


「こっちはこっちで? じゃあおまえ、さっきの『はい!』は嘘だったのか?」


「嘘なんかじゃありませんわ。小声で『こっちはこっちでやりますね』と言っておきましたもの」


「おまえ……」


「大丈夫、無茶な雇用主とは何度もやり合ってきてますから。どうあれ結果を残せば文句は言われない。そんなものですよ」


 しぶといというべきか、したたかというべきか。

 とにかくリリーナは軽やかに微笑むと、周囲の者にテキパキと指示を出し始めた。

 マネージにバレないよな小声で、しかし的確に。


「男性の皆さまは長い棒を持って、魔族が迫ってきたら大声を出しながら突いてください。石を投げるのも有効ですね。バケツを叩いたり大声を出すだけでも威嚇の効果がありますから、子供やお年寄りの方たちはそうしてください。大丈夫、何かあってもわたくしたちがフォローしますから」


 ララナ・ニャーナのふたりもそこら中を走り周り、リリーナの指示を伝えていく。


 最終的に伝わったのは『馬車隊の三分の一』程度だろうか。

 残りの三分の二をゴラン・ギランとその部下たちに任せ、自分たちはとにかく手の届く範囲の人を助けるつもりらしい。

 自らにかかる責任の範囲も含め、現実的な選択だが……。


「もし、奴らが指示を出している連中が総崩れした場合は?」


「そのパターンも想定済みですわ。もちろん全員無傷にとの約束はできませんが、逃げ方はきちんと模索しております」


「……本当にすごいな、おまえは」


 なんと、最悪の敗北パターンも想定済みだったか。

 勇者学院の教えがすごいのか本人の資質かはわからんが、リリーナのリーダーシップは見事のひと言だ。


「過分な褒め言葉、痛み入りますわ」


 リリーナは嬉しそうに笑むと、腰にしていた細剣(レイピア)を引き抜いた。


「さて、無駄話はここまで。魔族を追い払い、『素人に毛が生えたようなもの』とかいう『黄金のセキレイ(わたくしたち)』への評価を、覆してごらんに入れましょう」


 実はマネージの言葉にイラついていたのだろう、メラリ瞳に闘志の炎を燃やした。

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