「冒険の書三十:最初の一週間とチェルチの生い立ち」
そんなこんなで始まった、ワシら『聖樹のたまゆら』とリリーナたち『黄金のセキレイ』の護衛生活は、当初想定していたよりも順調に進んだ。
理由は大きくふたつ。
ひとつは、『黄金のセキレイ』が年齢のわりには経験値を積んだいいパーティであり、馬車隊の動向に合わせたアドバイスなどをくれてワシらの足りない部分を補ってくれたこと。
もうひとつは……趣味嗜好。
ワシの見た目と態度(『偉そうなお子様』という辺りが琴線に触れたらしい)を気に入った『黄金のセキレイ』が、ワシを熱烈に構ってきた。
幼女好きの変態のような極端なボディタッチこそないものの、頭を撫でたり頬をつんつんつついたり。
小休憩をする時などは、争ってワシに物を食わせようとしてきた。
「ディアナさん、ディアナさん。クッキー食べますか?」
「り、リリーナずるい。わたしも、餌付け、したい」
「にゃふふ~ん。にゃーはなんと魚の塩漬けを持ってるにゃ。武人なディアナには甘いものよりこっちの方が合ってるにゃ」
「……おまえら、ワシのこと愛玩動物か何かだと思っとる?」
まあまあめんどくさい交流ではあるが、冒険者としては貴重な経験を積ませてもらっているので無下にもできない。
何せワシは、人生経験豊富とはいえ冒険者経験はないし。
ルルカは冒険者というよりただの小間使いとして扱われていたし。
チェルチにいたっては「冒険者? あたいら絶対ぶっ殺すマンのことだろ?」と、そもそも敵側の勢力だった。
そういう意味でも『黄金のセキレイ』の存在は貴重だったわけだ。
馬車隊との交流も、もちろん大事だ。
どこの街で何を仕入れどこの街で売るか。
どこの街が危険でどこの街が安全か。
税金の高い安いや周辺地域の治安や政治事情にいたるまで、ワシの中にある五十年の空白を埋めてくれた。
マネージやその直属の護衛たちなどは最初からワシらを侮っていたので近づくことすらできんかったが、それ以外の連中とは上手くやれていた。
ルルカはドジだが素直でいい奴なので、『黄金のセキレイ』の面々とも馬車隊の連中とも上手くやれていた。
街の外という危険領域を行く馬車隊にとって『回復』や『解毒』などの神聖術が使える要員は貴重であり、何かあるたび呼ばれ、重宝されていた。
だが、特に上手くやったのはチェルチだろうか。
幼いとはいえさすがは『誘惑する悪魔』。持ち前の素直な性格も相まって、老若男女から可愛がられていた。
腹ペコ娘なチェルチは飯を食う時にすごくいい表情をするので、自然とチェルチの周りには食い物が集まった。
「どうだ、チェルチ。冒険者稼業は楽しいか?」
ある時ワシは、チェルチに訊ねた。
それまでまったく経験したことのない稼業をする中でストレスが溜まっていないか、ベルキアの街でのメイド生活が恋しくなってはいないか、大人として確認する必要があったから。
そんなワシの思惑なぞ知るわけもないチェルチは、あっけらかんと答えた。
「ああ、楽しいぞ。みんなあたいに優しいし、いっぱいご飯くれるからな」
チェルチは「いしし」と男子のように笑うと……。
「うちは母ちゃんが男のとこに入り浸っててさ、いつも家にいてくんなかったんだ。家に食い物がある時もない時もあってさ。だからあたいも、昔から腹いっぱい食えたことってなかったんだ。だから満腹になれるの嬉しい。あと『家族』ってのもいまいちわかんなかったんだけど、今はちょっとわかる気がするんだ」
「おまえ……」
「兄ちゃん姉ちゃんがいっぱいできた感じで楽しいな。冒険者になってよかったよ」
「おまえぇ……っ」
突如としてぶっこまれた『育児放棄』という悲しい生い立ちに涙腺が決壊しそうになったが、ぎりぎりのところで耐えた。
「よかったな、チェルチ。本当によかった」
「あ痛てて……なんだよディアナ。あんま頭ガシガシすんなよ、痛いよ」
「冒険者になってよかったなあ~」
「だからなんだよお~、もお~っ」
チェルチの頭をガシガシ撫でたりしながら、旅の最初の一週間は過ぎていった。
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