「冒険の書二十六:新たなる仲間」
チェルチの『魂魄支配』により、デブリの悪事は次々に明らかとなった。
領主としての立場を利用しての公金横領や税金の不当な吸い上げはもちろん、役員や騎士、法務官たちの人事配置も賄賂次第で好き放題。パワハラセクハラ当たり前。
ゴレッカたち『紅牙団』の犯罪を見逃し、それを追求した者たちを追放したり殺したりとやりたい放題。
「これはひどい……」
「さすがに人としておかしいだろ」
「醜悪すぎて何も言えん」
聞いていた者たちは、揃ってドン引き。
すべての犯罪を書類に記載していた法務官も真っ青になるレベル。
チェルチの支配の解けた後、デブリ本人が「い、今のは違う! そこのメスガキ悪魔貴族があることないこと言っただけで……!」とか言って必死に弁明したが、キッチリ取り調べるとすべての犯罪が立証された。
すべての罪を合計すると懲役は五百年にも及ぶそうで、デブリは泣きながらハイドラ王国北方にあるカサンドラ監獄へと移送されていった。
冬は極寒となり、まつ毛も凍るレベルのカサンドラ監獄は、この世の地獄とも言われるところ。
ゴレッカたちはワシらへの『追放』以外にも様々な犯罪が露見し、相応の罰を受けることとなった。
具体的に言うと、ゴレッカが懲役五十年、ボルゾイが三十年。
一般の『紅牙団』団員たちはそれぞれ十年。
カサンドラ監獄ほどではないが、そこそこ厳しい監獄にぶち込まれるとのこと。
+ + +
「ま、悪い事はできんってことだな」
祭りの夜から一か月が過ぎた、ある日の午後。
ワシは冒険者ギルド一階の酒場にいた。
真っ昼間なのでルルカは紅茶だが、ワシはドワーフなのでエールを飲んでいた。
「そうだね。悪い事ダメ、絶対」
ルルカは力強く同意すると「あ~、このケーキ美味しい~♡」と、イチゴの大きいショートケーキを頬張りながら幸せそうに微笑んだ。
「だな。ホントそれ」
チェルチもなぜか一緒に座っていて、ワシのケーキを勝手に食べている。
まあ酒にケーキは合わないし、甘いものは好きでないからいいっちゃいいのだが……。
「悪魔貴族が言うな。というかおまえはサボってないで働け。ここのメイドになったのだろう?」
「うう……いいじゃないか、たまには休んだってさあ~」
現実に引き戻されたのだろう、白と黒のフリフリのメイド服を着たチェルチは半泣きになった。
そう――チェルチ自身にも罰は下されたのだ。
悪魔貴族としてはそれほどの悪事を働いていないが、女子供を蹴ったのは間違いない。
五十年前の罪まで遡って追及はされなかったが、今回犯した罪自体は償わせることになった。
その内容は、労働による社会奉仕と慰謝料の支払い。
定期的に街の清掃をする他、冒険者ギルドの住み込みメイドとして働き、稼いだ給金をそのまま被害者への慰謝料にあてることになった。
衣食住は保証されているので、犯罪者にとってはこれ以上ない好待遇だと思うが……。
「ここのオバさん、ひどいんだよお~。悪魔貴族扱いが荒くてさ、ちょっとでも変な言葉遣いしたり下手な仕事したりすると、超~怒るの」
などと、チェルチはボヤくボヤく。
「こちとら悪魔貴族だぞ? こんな仕事したことないんだから多めに見てくれよなあ~」
「まあでも、きちんとやれてはいるようじゃないか」
文句を言いつつも、チェルチはキッチリ仕事をこなしていた。
もともとが『誘惑する悪魔』なので酒場を訪れる男の冒険者からのウケはいいし、明るい性格が好まれて女の冒険者からも妹のように扱われている。
子供のような外見……というか事実として子供なので、清掃中には近所のおじちゃんおばちゃんから「掃除してて偉いね」などと可愛がられ、よくお菓子を貰っているようだ。
嘘か本当かはわからんが、チェルチが働くようになってから売り上げが昨年の倍に上がったという噂すらある。
さらに噂だと、チェルチの行動を確認しにワシが来ることによってさらなる客寄せに繋がっているとかも聞くのだが、これはさすがに嘘だと思う……嘘であってくれ。
「えへへ~、そうかい? あたいってば出来る女?」
「うむ、出来とる出来とる」
「うえへへへ~」
たぶんルルカと同じ、褒めると伸びるタイプ。
ということでワシが褒めまくっていると、チェルチは相好を崩して喜んだ。
「ああ~、いいなここ。今さら故郷に帰ったって『誰? あんた?』ぐらいの扱いだろうし、いっそここに就職しちゃおうかなあ~。そしたらおまえらとも毎日会えるもんな~。ああでも、オバさんがうざいからなあ~」
「……へええ~? 面白いこと言ってるじゃない?」
ゴゴゴゴゴ……とばかりに凄まじいオーラを発したエーコが、チェルチの背後に立った。
「げっ……オバ……お姉さんっ!?」
「遅いわよ」
「みぎゃあああ~!?」
こめかみに青筋を立てたエーコは「ガシイッ」とばかりにチェルチの頭を掴むと、そのままバックヤードへと引きずっていった。
「あんたってばホントにサボってばっかりねっ。バツとして、今日は一日皿洗いの刑よっ」
「嫌だあぁぁぁ~! 誰とも喋れず孤独に皿洗いするのは嫌だよおぉぉ~!」
「嫌でもやるしかないの。あんたはここで一生、馬車馬のように働くのよ」
「うわあぁぁぁ~ん! 鬼! 悪魔! エーコおぉぉ~!」
どこか姉妹を思わせるエーコとチェルチのやり取りに、酒場にたむろしていた冒険者連中はほっこりと笑っている。
「……一生はさすがに言い過ぎだが、あいつにはこれぐらいの環境がちょうどいいのかもな」
ひと月程度のつき合いだが、チェルチが悪い娘でないことはわかった。
悪魔貴族とはいえ子供には違いなく、育て方さえ間違わなければ人族と共に暮らせる未来があるかもしれない。
「誰か信頼できる大人が手綱を握っていてくれれば……などと、ワシが気を揉む必要はないのだがな」
見た目はエルフの小娘だが中身はドワーフのオッサンなので、苦労する子供を見ると放っておけない。
大人としてなんとかしてやらなければ、などと思ってしまう。
「相手は悪魔貴族なのに、うむむむむ……」
「ディアナちゃんがなに考えてるか、当ててみようか」
「ん?」
どこかいたずらっぽい目で、ルルカがワシを見る。
「チェルチちゃんを仲間に入れようかどうか、悩んでる」
驚いた。
ルルカに見透かされるほどわかりやすかったとは。
「わかるよ。ディアナちゃんってば面倒見いいもんね。わたしみたいなダメ子のことだって見放さずにいてくれたし」
「おまえとチェルチは違……」
「同じだよ」
ルルカは目を細めた。
ちょっと大人びた顔つきになって、優しく微笑んだ。
「悪魔貴族なのに悪い事ができない。戦闘も苦手で、瘴気の扱いもあんまり上手くない。故郷に戻ったって、待ってくれてる人は誰もいない。そんなのほとんど、悪魔貴族版のわたしだもん」
厨房の奥の洗い場から、チェルチとエーコのにぎやかなやり取りが聞こえてくる。
ゴツンという音は、またチェルチが余計なことを言って叩かれた音だろうか。
「その上でさ、今はエーコさんが面倒見てくれるからいいけどさ。この先もずっとってわけにはいかないと思うんだ。エーコさんだって冒険者ギルドの職員だし、だったら異動はあるだろうし。そうでなくても厳しい上司さんが派遣されてくる可能性はあるし。そしたらチェルチちゃんは追放されるか、もしかしたらそれ以上のひどい目に遭っちゃうか……」
古傷の痛みに耐えるかのように、ルルカは下唇を噛んだ。
「わたしはね、わかるんだ。そうゆーのが辛いの、痛いほどわかるんだ」
さすがは『人生挫折ばかり』のルルカの言葉だ、重みが違う。
「だからさ、ディアナちゃん。わたしは思うんだ」
「魔族と人族が共に暮らす、そんなのは夢物語だ」
ルルカの言葉を遮るように、ワシは言った。
なるべく冷たく聞こえるように、バッサリと。
これ以上ルルカとチェルチを関わらせるべきではない。
何せ、僧侶と悪魔貴族だ。
本人たちがいかに仲が良くとも、周りの目がある。
ワシとルルカが離れることができない以上、チェルチとはここでお別れするべきなのだ。
そんなことはわかっているはずのルルカはしかし、「ふふっ」と軽やかに笑うと……。
「チェルチちゃんも連れて行こ」
あっさりと、ワシの制止を飛び越えてきた。
「おまえ、どうしてそこまで……」
「言ったでしょ。チェルチちゃんは悪魔貴族版のわたしだから」
ルルカは笑顔だ。
笑顔だが、一歩も引かないという気合いを感じる。
「……と、というかそもそも、教義的にありなのか? おまえのとこの宗教では、魔族と共に過ごすのはありなのか?」
「えっとね、基本ダメだけど、異民族を回心させるのはとんでもなくすごいことだってされてる。魔族を回心させた人はさすがにいないからわかんないけど……」
「………………なるほど、回心させるか」
たしかに面白い案だ。
回心というのは宗教的な言葉だ。
『悪事を重ねていた者が神の教えに触れ心を改める』といった意味で使う。
『心を入れ替え真面目に生きる』といった意味の一般的な使われ方もあるが、ルルカが言っているのは前者だろう。
魔族を、しかも悪魔貴族を回心させたとなれば、それは伝説的な偉業だ。
ルルカを大神官へと導く、これ以上ない道しるべとなるだろう。
「だが、あいつが神の教えなぞ信じるか?」
「信じなくてもいいんだよ。信じてる風に見えれば……って、聖職者が言っちゃダメかもだけど」
それはそう。
「ともかくさ、チェルチちゃんが回心してる風に見えればひどいことはされないと思うんだ。もちろん普段は姿を変えて人間っぽい行動して、悪魔貴族だってことはバレないようにするって前提だよ? そんでもどーしよーもなくなって、もうーダメだーってなった時のための緊急手段というか、そういうのがあればいいんじゃない?」
「なるほど……」
チェルチへの強制もなく、やり方によってはルルカの出世に繋げることもできる。
ルルカがそこまで考えているかどうかはともかく、柔軟性のあるいいアイデアだ。
「にしても意外だな。あいつが一緒に来るの、おまえは嫌がると思ったがな」
ディアナにご執心で、いつもベッタリなルルカのことだ。
旅の同行者が増えるのは嫌だろうと思っていたが……。
「もちろん嫌だよ。わたしだってディアナちゃんとふたりきりがいいけどさ、明らかに困るのがわかってる人を見捨てるのは、もっと嫌なの」
ルルカはあくまで、率直に答えた。
逃げずにまっすぐ、自らの気持ちをそのままに。
出会ったあの頃、そのままに。
「はっはっはっ」
「ちょっと、笑わないでよーっ」
「いや、すまん。思わず」
ルルカがあまりに素直すぎるので、優しすぎるので、思わず笑ってしまった。
いや本当に、こいつの人の良さは感心するほどだな。
世の中の聖職者のすべてがこうであれば、戦の半分は無くなるだろうに。
「だがまあ、悪い考えではないな。というより、大アリだ」
そういうことなら、チェルチと一緒に旅をするのはルルカのためになるだろう。
冒険者としての、聖職者としての、今後の大きな成長に繋がるだろう。
「友が成長するためなら、多少のヤバい橋は渡り得、かもな」
「ん? 今なんて言ったの?」
「なに、ルルカはいい女だと言ったのだ」
「えええぇ~? なになに急にどうしたのおぉ~?」
ワシが褒めると、ルルカは頬を真っ赤にして喜んだ。
「もおぉ~、そんなこと言われたの初めてだから、どういう顔をしたらいいのかわかんないよおぉ~」
モジモジを身をくねらせ、実に嬉しそうだ。
「しかし、チェルチ自身はどうなのだろうな。戦闘嫌いなあいつが、荒事上等な冒険者になどなりたがるか?」
「ふふふ、その辺はだいじょーぶ」
ルルカはワシに、得意げにウインクをして見せた。
「エーコさんに聞いたの。わたしたちがこの街を出るって聞いたら、チェルチちゃん半泣きだったんだって。きっとさ、わたしたちが思ってる以上に、向こうもわたしたちに共感を抱いてくれてるんだよ。だからきっと、ついて来てくれる」
元『落ちこぼれーズ』と、『ハッタリだけで生き延びてきた悪魔貴族』。
なるほど、親和性が高い組み合わせではあるのかもしれない。
ワシらに見せるダラけた態度も、好意の裏返しと言われれば納得だ。
「さ、そうと決まったら勧誘に行こっ」
ルルカは立ち上がると、ワシの手を取った。
軽やかに振り返ると、そのまま洗い場へ向かって走っていく。
そこには泣きながら皿を洗っているチェルチがいるだろう。
パーティへ勧誘されたチェルチの顔に表れるのは、涙か笑みか。
そんなことを考えながらワシは、おとなしく手を引かれていた。
チェルチが仲間になりました!
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