「冒険の書二十二:悪魔貴族」
「犯した罪の重さをその身で味わえ、奥義――『三ツ星砕き』!」
ワシはゴレッカの胴体――ではなく、ワシを突き放そうと伸ばされた両手を狙った。
ますは左手の甲へ回し蹴り。
そのままくるりと体を回し、右手の親指へ後ろ回し蹴り。
――メシャリ。
人体から離れた末端ゆえに、ゴレッカは反応できなかった。
人体の中でも構造的に脆い部分なので、たやすく破壊できた。
「あっ……っ?」
左手の甲を覆う皮膚を折れた骨が突き破り、右の親指があらぬ方向を向いている。
握っていられなくなった戦斧が、落ちて地面に突き刺さる。
「がっ……?」
胴体ではなく両手を狙い破壊されるとは思ってもいなかったのだろう、ゴレッカは驚きと衝撃のあまり棒立ちになっている。
「ほれ――胴ががら空きだぞ」
体を庇う手を破壊されたことでがら空きとなったゴレッカの胴へ、ワシは貫き手を放り込んだ。
気で覆われた指先は鉄製の胴鎧を「ズブリ」と貫通すると、そのまま腹部にめり込んだ。
「ぐが……っ!?」
水月――つまり人体の急所である鳩尾を貫かれたゴレッカは堪らず血を吐き、その場に崩れ落ちた。
「両手を破壊した後、がら空きとなった水月を打つ。故に『三ツ星砕き』。ドラゴ砕術の奥義だ。もっとも、本気ではやらんかったから死ぬまではいかんと思うが……あれ? ちょっと危ない?」
白目を剥き、ピクピクと体を痙攣させ始めたゴレッカの命が危ないと判断したのだろう、見物人たちの中から僧侶が数人走り寄って来る。
僧侶たちはゴレッカだけでなく、ルルカの戦杖の一撃を受け真っ黒焦げになっているボルゾイのところへも向かっている。
「やったね! ディアナちゃん!」
ルルカは嬉しそうに微笑むと、こちらに向かってピースサインをして見せた。
「『聖樹のたまゆら』大勝利だね!」
「ついさっきまでぶるぶる震えておったくせに、よく言うわ」
「も、もおーっ。たしかにそれはそうだけどーっ。勝てたからいーじゃーんっ」
ルルカをからかうワシと、目をバッテンにして苦情を述べるルルカと。
そんなワシらのやりとりをきっかけに、怒涛のような歓声が上がった。
「「「「「うおぉぉぉぉぉぉーっ! すげえぇぇぇぇlーっ!」」」」」
拍手に口笛、足踏み、謎の踊り。
戦いを見ていた皆が、様々な方法でワシらの勝利を祝ってくれた。
「ディアナちゃんもルルカちゃんも素敵! 可愛い! 最強!」
いつの間に用意したのだろう、『ディアナちゃん! こっち向いて!』とか『ルルカしか勝たん!』などと書かれた応援ウチワ(?)のようなものを両手に持ったエーコがゆっさゆっさと胸を揺らしながら飛び跳ね、喜んでいる。
一方、『紅牙団』の団員はお通夜ムードだ。
ゴレッカにボルゾイ、共に虫の息なふたりの代表を前に、どうしていいかわからないのだろう。
皆で顔を寄せ、ザワザワと話し合っている。
「……み、みんなはこの先どうなるのかな?」
かつて行動を共にした団員たちのリアクションを見て、改めて不安になったのだろう。
ルルカがワシに聞いてくる。
「あ~……それか」
優しい返事ができればいいのだろうが、そうもいくまい。
何せ事が事だし。
変に言い回しにこだわってもしかたあるまい。
なのでワシは、率直に答えた。
「代表ふたりがワシらへの殺人未遂を問われることとなったのだ、団員とて無事では済むまい。ただの傍観者か、積極的に加担していたかで罪の重さ自体は変わるだろうが、罪そのものを逃れることはできまいよ。王国法とギルド法の両面で裁かれ、少なくとも懲役数年、冒険者資格も剝奪されるだろうな」
「うん……うん……そっか。そっかあ~……」
心優しいルルカは、辛そうに顔を歪めた。
団員にだって恨みはあるだろうに、たいしたものだ。
「おまえが気にすることではない。悪は悪、これ以上の被害者を出さないためにも必要な裁きなのだ」
落ち込んでいるルルカの腰を叩いて慰めると……。
「あとの問題は……あいつだな」
あいつ、というのは当然デブリのことだ。
ゴレッカたち『紅牙団』と密接な関係にあり、おそらくは多くの罪を教唆した、諸悪の根源。
「クソめがっ! クソめがっ! 何たる無様なっ!」
デブリは短い手足をジタバタさせながら憤慨している。
こめかみに青筋を立て、ついさっきまで味方だった『紅牙団』の連中を罵っている。
「あんな子供ふたりに負けるだと⁉ エリートクラスの冒険者が何をしている! ああもうクソがっ! もう少しであのエルフが我が物となったのに! 玉の肌を弄び、我が腹の下で悶えさせることができたのに!」
気持ちの悪い発言を繰り返すデブリに、皆はドン引き、ワシもドン引き。
「あそこまでいくと、気持ち悪いってだけで有罪にできそうな勢いあるよね……」
ルルカがゾワッとばかりに身を震わせる。
「それができたら一番いいのだがな……」
ワシはハアとため息をついた。
決闘裁判に勝ったことでゴレッカたちの悪事を裁くことはできたし溜飲も下がった。
だが、解決していない問題がひとつある。
それは肝心要のデブリを裁く方法がないことだ。
「今さら『決闘裁判』を申し込んだところで、ワシらを警戒して受けなかろうしなあ~……」
悩んでいると、デブリは『紅牙団』の連中に八つ当たりを始めた。
ぶんぶんと短い手を振り回し、唾を吐き、罵り……癇癪を起こした子供のような有り様だ。
「クソが! クソが! クソの部下もクソだ! 今すぐ私に詫びろ! 泣いて謝れ!」
「いやもう勘弁してください」
「つか、面倒だなこのオッサン」
「やめとけ、領主様を傷つけたらどうなるかわからんぞ、とにかく距離を置くんだ」
めんどくさいお偉いさんをどうしていいのかわからず、逃げ惑う『紅牙団』だち。
「ええい! 騎士ども! 奴らをひっ捕らえろ! 罪はあれだ! 不敬罪で極刑だ! なあ? それでいいだろ法務官ども!」
いくら領主といえどもこれだけの公衆の面前で、しかも王都から来た観光客などもいる中でそんな真似はできない。
そう説明してもデブリはわかってくれず、騎士も法務官も大弱りだ。
そうこうするうち――
「――痛っ! クソ、誰だこんなところに水晶玉を置いたのは!?」
デブリが何かにつまずいて転んだ。
どうやら『紅牙団』の誰かが持っていた黒水晶が転がっていたのを踏んだようなのだが……。
「…………ん?」
ふと、嫌な予感がした。
理屈ではない。ただの勘だ。
これまで数多の戦場を駆けた、多くの人の生と死を見届けてきた武人の勘が、よくないことが起こる前触れだと告げている。
「……ルルカ、ワシの後ろに」
「え、なになにどうしたの?」
ルルカを背後に隠すと、ワシは腰を低くして身構えた。
「何か……来るっ」
それは即座に起こった。
ヒョウウと生暖かい風が吹いたかと思うと、紛れもない瘴気が――高位の魔族の放つガスの臭いが、鼻先をくすぐった。
発生源は黒水晶だ。
大きなひび割れから凄まじい勢いで瘴気を噴き出している。
瘴気はやがて、ひとつの大きな塊となった。
塊はやがて肉と骨を作り出し、血と臓物と皮膚を産んだ。
最終的に形を成したのは、一体の魔族だった。
血のように赤い長髪、山羊のような角、コウモリの形をした羽根、先端がハートの形をした尻尾、横に大きく裂けた口もとからは、ギザギザに尖った歯が覗いている。
見た目年齢は二十歳ぐらい。
パツンと張った胸や尻を、やたらと露出の多い煽情的な衣服が覆っている。
「でぃ、ディアナちゃんあれは……?」
「ああ、ワシもこの目で見るのはひさしぶりだ。おそらく『誘惑する夢魔』だが、瘴気の量が桁違いだ。あれこそは魔族の中でも選りすぐりの精鋭――『悪魔貴族』だ」
悪魔貴族復活、その時ディアナ(ガルム)は!?
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