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「冒険の書二十一:ゴレッカの誤算②」

 ~~~ゴレッカ視点~~~



 

 ボルゾイがルルカに圧倒されたことは知っていた。

 助けを求めながら逃げ惑っているのも知っていた。


 しかし、ゴレッカは動かなかった。

 いや、動けなか(・ ・ ・ ・)った( ・ ・)のだ。


「なんだこいつ……よそ見をしているのにまったく隙がないだと?」


 問題はディアナだ。

 ルルカの活躍に聖母のような笑みを向けているディアナ。

 完全にこちらに体を横に向けているのに、まったく隙がないのだ。


「それでいて、こちらが襲いかかれば即座に命をとるぞというような圧迫感がある……っ? 魔術師から格闘僧にジョブチェンジしたと聞いた時には血迷ったかと思ったが……実はこれこそが天職だったってことか?」


 ディアナのたたずまいは、レジェンドクラスの武人のそれを思わせる。

 かつて一度だけ見たことのあるその武人は、王都の武闘会で他を寄せつけずに圧勝していた。


 もちろんこんなエルフの小娘にそんなことが出来るわけない。 

 ないはずなのに、凄まじい威圧感のせいで体が動かない。

 息をするのすら苦しいレベル。


「考えてみれば、アカハナも弱いわけではないしな。そいつが手もなくあしらわれたというからには相応の力の持ち主だろうってことか……。そもそもつい一か月前までレベル十もなかった奴が、この短期間で五十に迫る勢いだってんだから尋常ではないんだが……」


「助けてくれリーダー! 追いつかれたら死ぬ、死んでしまう! 頼むうぅぅぅー!」


「うるせえな……ったく」


 逃げるボルゾイと追うルルカ。

 決闘場の外周をぐるぐる回っている様は子供の追いかけっこのようで、見物人たちの中からは笑いが巻き起こっている。


「『紅牙団』の恥さらしが、大人しく死ねっての……ん?」


 この戦いが終わったら、あいつは解雇だな。

 そんなことを考えた──次の瞬間、ゴレッカは気づいた。

 ボルゾイ対ルルカの対決にほぼ決着がついた今、次なる見物人たちの興味が自分とディアナに向いていることに。


 ルルカがこの強さなら、ディアナはどれほど強いのか。

 そして、あれほど威張っていたゴレッカは本当に強いのか。

 まさかボルゾイのように無様に逃げるわけはないよなと、嘲笑あざわらうかのような目で眺めている。


「……はっ! ふざけるな! 俺さまを誰だと思っている!」


 胸の奥から燃えるような怒りがこみ上げてきた。

 ゴレッカは自らの頬を張って気合いを入れると……。

 

「『赤獅子ゴレッカ』だぞ! 西方に『紅牙団』ありとうたわれた冒険者パーティのリーダーだぞ!」


 二丁にちょう戦斧バトルアックスをガチガチと打ち合わせ、ゴレッカは自らの気持ちを盛り上げる。


「俺さまの辞書に『後退』の二文字はねえんだよ!」


 ――だが実際には、ここで逃げるべきだった。

 ディアナに背を向け全力で走るか、あるいは土下座して命乞いをするべきだった。


 そうすれば致命的な傷を負うことなく。

 心に重大な傷を負い、病院に引きこもることもなかっただろう。


 だが、彼は選んでしまった。

 蟷螂とうろうの斧を持って、小さき死神に敵する道を。


「『戦士の咆哮(ウォークライ)』! 『反応加速(アクセラレート)』! 『全身全霊(ソウルバースト)』!」

 

 戦士のスキルを重ねることで能力を極限までアップすると、そのまま走り出した。


「うおおおおおぉぉぉぉぉぉおぉぉー!」


 自分史上最大最速で突進するゴレッカに。


 しかしディアナは――

 笑いながら振り返った――


「ああ~……なんだぁ~?」


 麻薬中毒患者にも似た、どこか陶酔した表情を向けてきた。


「お~、そうだな、そうだった。一瞬、決闘の最中だというのを忘れていたぞ。ルルカの戦いがあまりに素晴らしすぎたものでな。なあ、わかるか? あやつがどれだけ頑張ってきたか、努力を積み重ね、自らの心の弱さを押し殺し、こうして戦場に立っているかを」


「知るかあぁぁぁぁぁぁー! 『裂空双牙(れっくうそうが)』!」


 ゴレッカは斧を振り回した。

 左右の戦斧を縦横に、重さなど感じていないかのような超高速で。

 刃は空気を切り裂くような凄まじい風切り音を発したが……。


 しかしディアナは、あっさりとこれをかわした。


「ああそうだな、わかるまい。おまえのようなクズには。今後、一生」


「死いぃぃぃぃぃぃぃねえぇぇぇぇぇぇー! 『赫焔双刃かくえんそうじん』!」


 炎をまとった二丁の戦斧でもって、さらに激しく攻め立てるゴレッカ。


 しかしこれも、ディアナは笑いながら躱し続けた。


「……なぜだ! なぜ当たらん!?」


 ゴレッカは焦り始めた。


 ディアナはそれほど機敏に動いているわけではない。

 にもかかわらず、かすりもしない。


 最初はまとが小さいせいかと思ったが、どうもそれだけではないようだ。

 

足捌あしさばき……か?」


 嵐のように戦斧を振るいながら、ゴレッカはディアナの足を見た。


 ディアナの足は、地面を擦るように動いている。

 ゴレッカが右の斧を振るえば右の足を引いて下がり、左の斧を振れば左の足を引いて下がる。

 するすると後退して攻撃をさばき続ける。その様はまるで、水の上を滑る葉のようだ。

 

 しかも時おり、攻撃を避けた後にゴレッカの背後を狙うような動きを見せるのだ。

 これがまたやりづらい。


 攻撃すれば後ろをとられる。

 とられないように体を回した時には、ディアナはさらに後ろへ周りこもうとしてくる。

 

「くそっ……!」


 背後を取られるプレッシャーに耐えきれなくなったゴレッカは、堪らず距離をとった。

 跳ぶように後退すると、深呼吸して乱れた呼吸を整えた。


「なんだ、もう終わりか? さんざんデカい口を叩きおって、もう疲れたのか?」


「うるさい黙れ!」


 煽ってくるディアナを一喝するが、実際のところ打つ手がない。


「くそがっ、なんなんだその足捌あしさばきは! 急に伝説の武人みたいな動きをしやがって! 以前のおまえはそんなんじゃなかったはずだ! もっと地味で、ひ弱で、陰気で………………まさか、本当に違うのか?」


 ディアナの中身が別人にすり替わっている?

 そんなバカなとは思うが、そうでないと説明がつかないことが多すぎる。


「……おまえ、ディアナじゃないのか? いったい何者だ? どこのどいつと入れ替わりやがった?」 


 これにディアナは、目を細めて喜んだ。


「ほ、気づいたか」


 手を叩いて笑ったかと思うと、ズイとばかりに距離を詰めてきた。

 ゴレッカの内懐うちぶところに、手を伸ばせば届く距離に、瞬間移動したかのように現れた。


「な――?」


「攻撃を躱していたのは『流水りゅうすい』だ。最小限の動きで躱し、同時に攻める、攻防一体の足捌きだ。今の距離の詰め方は『縮地しゅくち』、相手の目の錯覚を利用した足捌き。『相手の破壊』を旨とするドラゴ砕術さいじゅつにとってはいずれも余禄よろくというか、『まあまあの技』ではあるがな」


「ドラゴ砕術……たしか、ドラゴンすら殺すことからそう呼ばれた武術の名前か……?」


「ほ、知っておるか」


「以前、王都の武闘会で……」


「ほおおおおーっ、そうかそうかっ」


 ディアナはますます嬉しそうになった。


「おまえのような小僧が見知っておるか。すると師匠め、ワシ以外に弟子でも作ったか? あの偏屈へんくつ婆さんの地獄の修行に耐えられるもの好きが、他にもおったか」


 ディアナは少年のように笑った後――親しい者にでも向けるような、好意的な目をゴレッカに向けてきた。


ワシの中身(・ ・ ・ ・ ・)に気づいたことといい、おまえは良い目をしておるな。ドラゴ砕術を知っていることも含め、褒めてやろう。だが、同時にディアナとルルカ、ふたりのかたきでもある。なのでまあ、ここは意地悪だ。ワシの正体に関しては……」


 ディアナはぷっくりした唇に人差し指をあてると、いたずらっこのように微笑んだ。


「教えてや~らんよ♪」

  

 何も知らぬ者が見れば、極上の美幼女の振る舞いに見えるだろう。

 中にはルルカのように鼻血を出して憤死する者もいるかもしれない。


 だがゴレッカには、死神に見えた。

 エルフの美幼女の形をした――人の命を刈(・ ・ ・ ・ ・)り取る死神( ・ ・ ・ ・ ・)に。


「ひ――?」


 あまりの恐怖に悲鳴を上げたゴレッカ。

 戦意は一瞬で失われ、どうすれば助かるだろうとだけ考え始めた――が、時すでに遅し。


「さて、お遊びはここまでだ」


 ディアナはスウと深く息を吸い込むと、臍下丹田せいかたんでんに蓄えた。

 たいを沈めると、鋭く叫んだ。

 

「犯した罪の重さをその身で味わえ、奥義――『三ツ星砕き(みつぼしくだき)』!」


死神みたいなオーラを背負う美幼女、最高だと思います!


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