「冒険の書二百十:VSドロガロン!②」
竜種の攻撃に晒されるという極限の精神負荷のせいで半狂乱となったマリアベルは、ワシの制止も聞かずに眼帯を持ち上げ、『邪眼』を連発した。
──ギイィィィン!
――ギッ、ギィン!
――ギイィィィィィィン……ッ!
涙で濡れた右眼から放たれた紫色の光が、ドロガロンを襲う。
水中から突き出ている体の上半分を、何度も、何度も。
普通の相手なら最初に一、二発時点で絶命しているところだろうが……。
「ど、ど、どうだ……やったかっ? い、一匹の敵にこんなに放ったことはないからなっ。さすがの竜種といえども……っ?」
興奮のあまりだろう、上気した顔でマリアベルはつぶやく。
だが――現実は残酷だった。
ドロガロンは変わらぬ姿でそこにいた。
「……………………うそ?」
あまりのことに、マリアベルは呆然と立ち尽くしている。
「全部……全部抵抗された? 妾の邪眼が効かないというのか……っ?」
「いや、すべてではない。すべてではないが……」
正確には、すべてを抵抗されたわけではない。
ドロガロンの表皮を覆うぶ厚い泥や粘膜の一部が石化して剥がれ落ちている。
長いヒゲの先端がやはり石化し、わずかに欠け落ちている。
だが、それだけだ。
あれだけ連発した成果が、泥と粘膜を剥がし、ヒゲをわずかに欠けさせただけ。
レベル差のある格上の敵には効きづらいという、邪眼の弱点がモロに出た結果となった。
しかもだ、最悪なことに。
自慢のヒゲを欠けさせられたことで、ドロガロンはこれ以上なく怒っている。
怒りの対象は――もちろん、マリアベル。
――ぶるおおおおおぉぉぉぉ~っ!
ドロガロンが怒りの猛攻を加えてきた。
右と左の前足で、連続して結界を叩いた。
「ううう……っ? こ、これはさすがに耐えられないかもぉ……っ?」
最初の一撃で結界にヒビが入り、次の一撃で粉々に砕ける。
ドロガロンの攻撃二回で一枚の結界が壊れる計算だ。
もちろんルルカとしてはそのつど張り直すわけだが、当然そんなの、キリがない。
「ディアナちゃん……これ以上は……っ」
「わかっとる!」
ワシは舷側に足をかけると、思い切り跳んだ。
聖属性と炎属性ふたつの加護の籠められた拳をドロガロンの腹に叩き込んだが、表皮が分厚くしかもスライムのようにぶよんと柔らかいのでダメージが通らない。
マリアベルの邪眼のおかげで表皮を覆う泥や粘膜の無くなっている部分を狙ったのだが、それでも通らない。
「くっ、レベルと防御力の差が想像以上だ……っ」
しかも、戦闘場所が戦闘場所だ。
安定した足場さえあれば崩拳で無理やり内部にダメージを通すこともできるが、いかんせんここは空中。
――ふごっ!
ドロガロンの前足が、ワシを狙って振り下ろされる。
凄まじい重量の物体が、ワシを狙って落ちてくる。
「……ちっ!」
間一髪のタイミングで、ワシはそれを躱した。
ドロガロンの腹を蹴って後ろへ跳ぶと、くるくると回転しながら船へ到達、スタンと着地した。
「ダメージも通らんしっ、攻撃のたびにいちいち跳び込まねばならんしっ、戻るのも大変だしっ、なんて面倒な敵なのだっ!」
強さだけでなく地の利まで、とにかく徹頭徹尾、向こうに分がある。
「まずはこの距離をどうにかせねばならんが、いったいどうすれば……っ?」
「あたいに任せろ!」「ここは僕に任せたまえ!」
悩むワシへ答えを示すかのように、チェルチとルシアンが同時に叫んだ。
チェルチは空中から炎の矢を連発。
ルシアンは光の剣を伸ばしに伸ばすと、長い鞭のようにして振り回した。
「チェルチ! ルシアン!」
どちらも悪い攻撃ではなかった。
チェルチの炎の魔術やルシアンの光の剣は共にドロガロンの弱点だし、鏃は刺突属性、剣は斬属性なので、ワシの拳のような打属性とは違ってぶよんとした表皮に対して好相性。
事実、炎の矢のうち数本がぶ厚い表皮に突き刺さり、光の剣は表皮を何度も斬り刻んでいる。
が、いずれも致命傷に至るような傷ではない。
表面に刺さり、表面を刻んだ程度。
高速艇並みの大きさを誇るドロガロンにとってはかすり傷ぐらいにしかならないだろう。
「これを繰り返せば嫌がって逃亡するか? ……いや、そんな生易しい相手ではないな」
餌と見なしていた人間如きに手傷を負わせられたドロガロンは、屈辱に身を震わせている。
ワシらをにらみつけ、ぐるるぶるると唸り声を上げている。
「下位とはいえ誇り高き竜種だ。殺すか殺されるか、互いに行き着くところまで行かねば勝負はつかんだろう」
ワシは甲板に落ちていた石片や木片を拾っては『指弾』として打ち込みながら、もう片方の手に魔法の三叉矛である『海神の怒り』を呼び出した。
指弾でドロガロンの注意を逸らしてチェルチとルシアンの攻撃の効果を上げながら、慎重に攻め入る隙を探っていく。
「ふたりに教えてもらった。『打』ではなく『刺突』と『斬』。加えて『神の金属製』のこいつなら、あの表皮でもなんとかなるだろう。問題はどうやって致命傷を与えるかだ。跳び込んで突き刺す……だけだと、おそらく威力が足りない。レベルが上がって強くなったとはいえ、この肉体はあくまでエルフの小娘のもの。筋力も足りず、体重も足りず、深くまでは貫けまい」
もしその状態で捕まってしまえば、それで終わりだ。
この小さな肉体は、粉々に砕かれてしまうことだろう。
「いっそ目をつむって突っかけてみるか? ……いや、ワシが死ねば次に死ぬのは他の皆だ。ルルカが死に、チェルチが死に、マリアベルとルシアンが死ぬ。船員たちはもちろん、デクランだって生き延びること叶うまい」
武人として戦い、武人として死ぬ。
個人として生き、個人として死ぬ。
今まではそれでよかった。
だが、今のワシはひとりではないのだ。
「ワシの命はワシだけのものではない。最終的に死を迎えるとしても、犬死にだけは許されん。だからこそ慎重に……徹底的に考えろっ」
ワシは深く思考した。
三叉矛をしごきながら、この窮地を脱する術を模索した。
「考えろ、考えろ、考えろ。奴の体の奥深くにこいつを刺し込む手段を……っ。なんとしてでも見つけ出せ……っ」
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