「冒険の書二百九:VSドロガロン!①」
「皆、ここはワシらに任せて下に逃げろ!」
ドロガロンの出現に驚き棒立ちになっていた船員たちは、ワシの声でハッと我に返ると、慌てて船内下部へと降りて行った。
ワシら護衛組五人は甲板にとどまり即戦闘――ではなく、戦闘の事前準備を始めた。
「ではルルカ。ワシら全員に女神の加護を」
「うん、わかった!」
ワシの指示を受けたルルカが、全員に女神の加護を与えてくれる。
『理力の鎧』で物理防御を上げ。
『抗魔の外套』で魔法耐性を上げ。
『聖なる一撃』で聖属性の強化を武器に付与する。
ルルカの潤沢な神聖力によって裏打ちされた加護は力強く、自らが無敵の戦士になったような圧倒的な高揚感を与えてくれる。
「チェルチ、速度上昇と炎の加護を」
「あいよ~!」
チェルチが全員に魔術による加護を与えてくれる。
『加速』で速度を上げ。
『超反応』で反射速度を上げ。
『炎の剣』で炎属性の強化を武器に付与する。
ルルカほどの力強さはないが、チェルチの魔術もなかなかのものだ。
体が軽くなり、反応が研ぎ澄まされ、ルルカの聖属性強化とチェルチの炎属性強化が重ねがけられたワシの拳には、光と炎がキラキラメラメラと絡みついている。
「聖属性と炎属性を弱点とする泥竜にはなおさら効くだろうな。さて、それではいくか。まずはワシとルシアンが仕掛けて……っと?」
サハギン重戦士たちの消化を終えたドロガロンが、次なる獲物を求めて巨体を捻った。
沼の色をした瞳に映るのは、ワシら女子供の姿ばかり。
いかにも肉が柔らかそうで美味そうに見えたのだろう、ドロガロンはウキウキとヒゲを揺らしながら右の前足を振り上げた。
舷側に爪を引っかけるかのようなこの動きは……。
「狙いは船か! まずは足場を奪い、水中でゆっくり喰らおうというのだな! 敵ながら見事な判断だが……残念、こちらには女神の寵愛をうけた最強の僧侶がいるのだ! ルルカ、結界を!」
「うんわかった! 『聖なる円環』! ……やった、一発だ!」
今まで幾多の戦場で鍛えられたおかげだろう、ルルカは緊張しながらも一発で結界を張ることに成功した。
――ぶるっ……ごあっ!
ルルカの圧倒的な聖気によって固められた光の結界に、ドロガロンの右前足が接触した。
すると、驚くべきことが起こった。
――バシャアアァァァッ!
強烈な音と共に、結界にヒビが入ったのだ。
今まで幾多の魔族の攻撃を跳ねのけてきたルルカの結界に、一発で蜘蛛の巣状のヒビが。
即座に粉々になるようなことこそなかったものの、二発目は耐えられそうにない。
「なんたる一撃……さすがは竜種といったところか……っ」
「くう……っ? や、や、破れちゃうっ?」
「ルルカ、落ち着いて重ねがけしろ! なに、おまえの聖気なら二、三枚も重ねがけすればたいした問題にはならんはずだ!」
「そ、そうだねディアナちゃん! ようーっし、やるぞおぉぉぉーっ!」
気合いを入れたルルカが結界を重ね掛けしようとした、その瞬間のことだった。
小柄な影が、舷側に向かって走った。
「う、う、うわああああ~っ⁉」
「マリアベル……っ? 急にどうした……っ?」
「やだやだやだ、死にたくな~いっ!」
竜種の攻撃に晒されるという過度の精神負荷に耐えられなくなったのだろう、マリアベルは半狂乱に陥っていた。
ボロボロと涙を流し、ぐずぐずと鼻を鳴らしながら舷側に張り付いた。
「おい、いったい何をするつもり……まさかっ?」
ワシはすぐに気づいた。
マリアベルはこう考えたのだ。
ルルカの結界ではドロガロンの攻撃を防ぎきれない。
このまま船が沈めば泳げないマリアベルは溺れて死ぬか、あるいはドロガロンに喰われて死ぬしかない。
そんな死に方だけはしたくないと。
だったらヤラれる前にヤッテしまえ。
自らの最大の武器で、有無を言わせず殺してしまおうと。
そうすれば自分は助かり、恐怖からも解放されるからと。
窮鼠猫を嚙むの諺のとおり、乾坤一擲の一撃を加えようと考えたのだ。
だが……。
「やめろマリアベル! ルルカの結界はまだこんなものではない!」
鼠は追い込まれたから窮鼠にならざるを得なかったのだ。
追い込まれてもいないのに乾坤一擲の戦いを挑む必要はない。
「後衛である邪眼使いがわざわざ敵に身を晒してどうする!」
「死にたくないぃぃぃぃぃ~っ!」
止める間もなかった。
右目を覆っていた眼帯を持ち上げると、マリアベルは涙で濡れた目でドロガロンをにらみつけた。
「ひとにらみで死ねえぇぇぇぇ~っ!」
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