「冒険の書二十:ボルゾイの誤算」
~~~ボルゾイ視点~~~
決闘の舞台は街の中央広場。
ベンチやテーブルが片付けられ、見物人に被害が出ないよう杭とロープで設けられた即席の円形闘技場の中だ。
二対二の同時決闘だが、『前衛が突撃、後衛がそれをバックアップ』というようなまどろっこしい真似をする気はボルゾイにはなかった。
それよりも『圧倒的に有利な一対一』をふたつ作り、それぞれが速攻で圧し潰すことで『個としての強さ』を示した方が場が盛り上がる。
それが巡り巡って、今後の『紅牙団』としての活動にも良い影響を及ぼすだろう、との判断だ。
その上で、ボルゾイが考えた一対一の組み合わせはこうだ。
魔術師のボルゾイが僧侶のルルカと。
戦士のゴレッカが魔術師のディアナ(なぜか格闘僧にジョブチェンジしているが)と戦う。
まず前者だが、ルルカは緊張すると噛む癖があり、まともに防御魔法を唱えられない。
それに対し、ボルゾイは王都で行われた早口魔法選手権で優勝したことがあるほどの超早撃ち。
魔力と聖気の量にも圧倒的な差があるので、仮に防御魔法を完成させられたとしても圧殺できる。
後者はもっと簡単だ。ゴレッカがまっすぐ行ってぶん殴る、ただそれだけ。
エルフであるディアナの魔法自体は脅威だが、ゴレッカの力とスピードの前では役に立たない。
今は格闘僧にジョブチェンジしているとの情報もあるが、だったらなおさら、こんな短期間で身につけた技など話にならない。
「仮になんらかの危険なアイテムを隠し持っていたとしても、さすがにリーダーには敵わないでしょう。『エルフの娘の方はなるべく傷をつけるな』との領主様《変態》からのオーダーは面倒ですが、それすらも上手くやってのけるはず……」
脅迫に人質、毒に夜襲。
卑怯な行為なんでもござれのクズ野郎だが、実力だけは本物だ。
だからこそ団員は従い、冒険者パーティとしても抜群の成果を叩き出しているのだ。
もちろん様々な文句や横槍は飛んでくるが、ボルゾイにはどれもこれも『負け犬の遠吠え』にしか聞こえない。
「それにしても、『勝ったほうが正義』というのは実にわかりやすくていいですねえ。うちのパーティは活動の性質上、さまざまな勢力とモメることが多いですから。そこを力で黙らせることができるのはありがたい。この方式、今後も積極的に取り入れていきたいものですねえ。……おっと、戦いの最中に喋りすぎましたか」
そうだった、相手が弱すぎたので気が抜けていたが、今は戦いの最中なのだった。
気付いたボルゾイは髑髏の杖を掲げると、得意な早口で魔法を完成。
「こっちの方は殺してもいいんですよね。ってことでそれ――『爆裂火球』!」
赤黒い炎の球が宙を飛び、ルルカの体を捉えた。
「そらドーン! ……おや?」
出来損ないの僧侶ごとき一撃で燃やし尽くすつもりだったのだが、そうはならなかった。
ルルカの体を光の障壁が覆っており、髪の毛一本燃やせなかった。
「『抗魔の外套』ですか。私がお喋りしている間に準備をしておいたと……。緊張すると噛む癖を踏まえた上で先に……なるほど、悪くない作戦です。が、その程度で埋められる実力差だとは思わないことですね」
ボルゾイはさらに魔法を唱えた。
「魔力の差で圧殺してやりましょう。それ――『呪いの稲妻』!」
髑髏の杖から放たれた黒い稲妻もしかし、ルルカの張った障壁を突破することはできなかった。
それどころか……。
「……今、『抗魔の外套』を重ね掛けしましたか?」
ルルカの体を包む光の量が、先ほどよりも増している。
目を凝らして見ると――間違いない、障壁が二重に張られているのだ。
「なるほど、障壁を重ね掛けして強度を増したと。防御よりも攻撃の術のほうが消耗が激しいことを利用し、わたしの魔力切れを待つ作戦ですか」
ボルゾイは、ルルカの作戦をそのように見た。
もともとある互いの差を埋めるために考えた、涙ぐましい策なのだと。
「……しかし妙ですね。いかに防御より攻撃の術の方が消耗が激しいとしても、このレベル差です。結果的にはわたしの方が魔力がもつのでは……? いや、そうか。そこであの金ですね?」
ボルゾイはピンときた。
「そうか、『魔の森』で得たのだという多量のアイテムを売り払った金で、回復アイテムを買い込んだのですね。僧侶ということは『聖気の薬瓶』あたりでしょうか。聖気が切れるたびに高価な薬をがぶ飲みして回復しようというわけだ。ということは、せっかく倒してもそれほど金が得られない? これはゴレッカが激怒すること間違いなしですね」
ルルカたちの所持している金貨を我が物とする作戦にいきなり支障が生じたことで、ボルゾイはため息をついた。
「……ま、ものは考えようですか。薬瓶を飲む前に連続魔法で圧殺すれば、余った分はこちらの取り分になるというわけです。ならば速攻でいきますよ。それそれ――『氷牙の一撃』! 『影槍』!」
「『抗魔の外套』」
「さ、三枚重ねですって? そんなバカな! ええい……お遊びはここまでです! 喰らえ奥義『精神粉砕』!」
「『抗魔の外套』」
「よよよよ四枚いぃぃぃぃいぃぃーっ!?」
氷の牙も影の槍も、魔術師殺しの高等魔法である『精神粉砕』すらも、ルルカはシャットアウトして見せた。
それどころか『抗魔の外套』四枚重ねの大盤振る舞いだ。
重ねられた光の障壁が、広場の中央で太陽のような輝きを放っている。
「なんたる高等技術……なんたる消費量……にもかかわらず、薬瓶を飲む気配がまるでないっ? もしかして……純粋にこの娘の聖気量が凄まじいということですか……っ?」
ようやくルルカの実力に気づいたボルゾイ。
ルルカの聖気>>>>>>越えられない壁>>>ボルゾイの魔力であり、このまま魔法を連発しても、圧殺するどころか傷ひとつつけることは出来ないだろう。
「こんなのいったいどうすれば……」
完全に攻め手を無くしたボルゾイが呆然と立ち尽くしていると……。
「見て見てディアナちゃん。四枚目成功っ」
よほど余裕があるのだろう。
ルルカは隣にいるディアナにニッコリ笑顔を向けると……。
「それにね? わたし、わかったんだ。速いだけの攻撃は全然怖くない。怖いのは、ディアナちゃんみたいな重くて強い一撃っ。とゆーわけでー!」
くるりボルゾイに向き直ると、戦杖を天に掲げた。
「『聖なる一撃』!」
青白い光を纏った戦杖を構えると、そのまままっすぐ突進して来た。
「うおー! 行くぞー!」
「う、うわわわ……来るな! 来るなあああー!」
エリートランク下位の魔術師かつ『紅牙団』ナンバーツーとしての誇りはどこへやら、ボルゾイは髑髏の杖を放り出して逃げた――が、これはこれでしかたのないことなのだとも言える。
何せルルカの戦杖の纏う光量は尋常ではない。
光量イコール威力の強さだ。
まともに喰らったらどうなるか、ボルゾイほどの冒険者をもってしても想像がつかないのだ。
「やめろ! やめてくれ! 殺さないでくれえぇぇぇー!」
「待て待てー!」
「助けてくれリーダーあぁぁぁぁー!」
完全に戦意を喪失したボルゾイと、戦杖の扱い自体はイマイチなルルカとの、子供みたいな追いかけっこが始まった。
防御を固めてぶん殴る!
防御を固めてぶん殴る!
暴力バンザイ!
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