「冒険の書二百八:のるかそるかの大勝負」
「のう、おまえたちはどうする? 竜退治の英雄となるか。はたまた尻をまくって逃げ延びて、平穏無事に暮らすか」
ワシの問いかけに、ジト目でツッコんで来たのはチェルチだ。
「そんなキラキラお目々で言うこっちゃないんだよなあ~。ホントにあんたってば、骨の髄まで戦闘狂っていうか……。早くあの竜と戦いたくてうずうずしてんじゃん」
「おや、そうだったか? こいつは気づかなんだ……だがまあ、わかるだろう? 竜と戦うのは、それ自体が武人にとってこの上ない誉れなのだ」
自分より大きな者に勝つ、自分より強い者に勝つ。
それをひたすら繰り返し、最終的には自分が世界一になる。
それこそが武人の望む、最終到達点だ。
だが、何をもって世界一とするかは難しい。
人は老いるし、世界は広いし。
最強を倒しても次の最強を名乗る者が現れ、キリがない。
そこへいくと、竜というのはわかりやすい指標だ。
神や魔王に比されるほどの力、圧倒的な巨躯。
武の到達点としては申し分ない。
他の竜種に比べれば劣るとはいえ、泥竜もなかなかよい。
不本意な遭遇戦ではあるものの、ワシは心の底からこの状況を楽しんでいた。
武者震いが止まらず、口が笑みの形に歪むのを止められない。
「わかるよ。あたいは武人じゃないけど、あんたが楽しそうなことだけはイヤってほど伝わってくるよ」
「それで? つき合ってくれるか? それとも逃げるか?」
ワシの再度の問いかけを、チェルチはふんと鼻で笑った。
自らの腕についた腕輪を指し示すと……。
「そんなの、聞くまでもないだろ。あたいらは仲間だ。三人揃って『聖樹のたまゆら』だ」
「だが、死ぬかもしれんぞ? 普段の冒険とは違うレベルの危機だぞ?」
「そんなもん、今さらだろ。あんたと会ってからこっち、どれだけの命の危機に直面させられてきたと思ってんだ。いい加減慣れちまったよ。――それにさ、勘違いするんじゃないぞ。あたいはあくまで悪魔貴族。いよいよとなったら逃げるだけさ。ひとりきりになっても飛んで逃げて生き延びて、落ち着いた頃にあんたの墓を建ててやるよ。あ、たまには墓参りしてやるから、安心しろよな」
頭の後ろで手を組んだチェルチは、ニシシと男児みたいに笑みながら憎まれ口を叩いた。
かと思うと……。
「……んでもさ、きっちり勝って生き残れた時にはさ。ご褒美っちゅうか……」
なぜだろう、頬を赤らめながら条件をつけてきた。
「ルルカみたいな一日デー……じゃなくっ。そうじゃなくだっ。一日お食事券というか、あたいの食べたいものを全部食べさせてくれて、それにあんたが一日中つき合ってくれる券を発行してくれよっ」
「おまえの食事に一日つき合う券? ま、その程度でいいならいくらでもつき合ってやるぞ?」
ワシが軽く答えると、チェルチは「よしっ」とばかりに拳を握って喜んだ。
「……ふうむ? そこにワシの存在が必要かどうかはともかく、さすがは食いしん坊のチェルチといったところかな。――さて、これで三人揃った。残るは二人。できればおまえたちにもつき合って欲しいところだが……」
ワシがちらりと目を向けると、マリアベルは顔面蒼白になってガクガク震えながらこう言った。
「わ、妾は泳げないので……。船が沈んだらそのまま死んじゃうし……。万が一陸地にたどり着けたとしても、ひとりで帰れる自信はないし……。なのでぜひとも連れていって欲しいというか……放置だけはして欲しくないというか……」
「ああなるほど……選択肢がそもそもないというわけか」
ワシらから離れた瞬間に死んでしまうのを知っているマリアベルは、強制参加があっさり確定。
となると、残るはひとりだが……。
「ではルシアン。おまえはどうする? ラムゼイ家の嫡男であるおまえには、戦う以外の選択肢があるはずだが。ほら、血筋を絶やさぬために生きねばとかそうゆう」
「そ、そんなの決まっているだろう……っ」
ルシアンも、マリアベルと同じぐらいに顔面蒼白だ。
膝が震え、声が震え、立っているだけでも精一杯という状態だ。
だがしかし、逃げるつもりはないようで……。
「僕は誇り高きラムゼイ家の嫡男だ。人々の窮地を前にして、自分だけ逃げるなんて卑怯は許されない。もしそんなことをすれば、僕は二度とラムゼイの家名を名乗れなくなるだろう。そして同時に、僕は男だ。ひとりの男だ。愛する人が残って戦うというのに、自分だけ逃げるなんて無様は許されない。絶対にっ、絶対にだっ」
ルシアンは自らに言い切かせるようにして逃げ道を断った。
家のために、たったひとりの女のために、ひとつしかない命を賭けることを選んだ。
「ほう……そうかい」
ワシは一瞬、アレスのことを思い出した。
「……そういえば、アレスも最初はこんな感じだと言っていたか」
人類最強と謳われたアレスだって、最初から強かったわけではない。
弱い時期があって、強敵から逃げたいと思う時期もあったそうだ。
だが、奴は逃げなかった。
どんな強敵を前にしても、一度たりとも。
それはもちろん、好きな女によく思われたいという不純な動機からだが……。
動機はともあれ、奴は成し遂げたのだ。
好きな女のために命を賭け続けた結果、最終的には人類を救い、愛する王女様の夫の座を掴んだのだ。
「やせ我慢して、見栄を張って、強がって。好きな女を振り向かせる。ただそれだけのために、たったひとつしかない命を賭ける……か。愚かだな。だが、愛すべき愚かさだ」
ルシアンが最終的にどれほどの剣士になるかはわからない。
だが、かつてのアレスを思わせるような立ち居振る舞いには素直に好感を持てた。
「いいぞ、ルシアン。自らの弱さを知りながら、なおも強者に挑む。それこそが偉大な剣士としての第一歩だ。おまえの背筋にも、どうやら鋼の芯が通りつつあるようだな」
ワシはフッと笑うと、ルシアンの胸を拳で叩いた。
かつてルベリアが危険な冒険に向かうアレスの手を握り、その勇気を賞賛していたように。
「だからこれは、ご褒美だ。おまえの嫁になってやることはできぬが、チェルチと同じような一日食事券を配給してやろう」
「……は? え? そ、そんなに最高の恩賞を与えてもらっていいのかい?」
子供だましの恩賞に目を白黒させて驚くルシアン。
「な、なんでそいつまで……っ⁉ それじゃあたいの特別感が……っ⁉」
自分だけが与えられるはずだったご褒美だったのにルシアンまでもが与えられるのはズルいということだろうか、非難の声を上げるチェルチ。
「はいはい、文句はあとで聞くから」
なおもギャアギャアと騒ぐチェルチはさて置き、ワシはドロガロンに振り返った。
サハギン重戦士たちの消化を終えたばかりの巨躯を振り仰ぎ、ニヤリと笑んだ。
「さて、準備は整ったな。女神に最も愛された娘。人の味方となった悪魔……ではなく、無限に空を飛べる魔法戦士。未だ目覚めぬ邪眼使いの娘に、今まさに目覚めつつある光の剣士。かてて加えて、『精髄』を失ったドワ……ではなく、エルフの拳士。形は歪だが、志を共にした五人パーティの成立だ。対するは泥竜ドロガロン。リトニア川を統べる王。のるかそるかの大勝負。大いに楽しんでいこうではないか」
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