「冒険の書二百三:襲撃②」
雨のせいで速度の落ちた船に襲いかかって来たのは半魚人の群れだ。
サハギンは海や川、沼地に巣食う魔物で、集団で船や水辺の集落を襲っては人族の物資を奪い、女子どもを拉致して慰みものとする性質のあるところから、生息する場所によっては海ゴブリンや川ゴブリンなどと呼ばれたりもする。
が、ゴブリンとは違って肉体が強靭だ。
三叉矛による突きは鋼の鎧をも貫通するし、尾びれによる攻撃は馬の首をへし折る威力。
鱗は頑丈で、なまくら剣では傷ひとつつけられないときている。
そのうえ頭もいいのだ。
ワシらの船を襲うにあたっても、決して真っすぐは攻めてこない。
おおよそ三十匹ほどの群れを、三つに分けてきた。
一の群れである軽装備の戦士が十数匹。これが船尾に取り着き、鋭い鉤爪でもって乗り込もうとしている。役割はワシら船の護衛への攻撃。
二の群れである魔術師が七~八匹ほど。船から離れたところに位置して呪文を唱えているところから察するに、安全な場所から戦士の援護をするつもりだろう。
三の群れである重装備の重戦士が七~八匹ほど。船首側に回り込んでいるところから察するに、戦士と魔術師による攻撃に気をとられているところを逆方向から侵入し、一気に攻め落とすつもりだろう。
サハギンどもが見せる一端の兵団のような動きに、船員たちが動揺する。
「うおっ……サハギンが全方位から攻めてくる……っ⁉」
「え、え、もう囲まれてる……逃げられないっ⁉ お助けええぇぇぇ~⁉」
「逃げるってどこへだよ! こんな荒れた川に落ちたら、逃げるより先に溺れちまうぞ!」
「――皆、安心しろ! ワシらが乗り合わせている限り、魔物どもの好きにはさせん!」
船員たちを落ち着かせるため、ワシは鋭く叫んだ。
「リゼリーナ王女殿下の信任を受けた勇者候補の力、見るがよい! ――おいルルカ!」
続けて、ルルカに指示を飛ばした。
「『聖なる円環』で船全体を覆え! 船員や船体への被害を最小限に食い止めろ!」
何はさて置き、第一優先は船員と船体だ。
水上運航の大動脈を傷つけられてしまえば船は速度を保てなくなり、たちまちのうちに水棲の魔物の餌食となってしまう。
「ま、任せてディアナちゃん!」
ルルカはビビりながらも神聖術を詠唱、分厚い結界で船全体を覆った。
直後に飛んできた炎や雷を、船体に届く前に完全に防ぎきった。
「……なっ、なんだあの結界ハ⁉」
「人族の僧侶……にしてもオカシイだろあの出力ハ!」
サハギンの魔術師どもが驚きの声を上げる中、ワシは続けて指示を飛ばした。
「チェルチは遠隔攻撃だ! 魔術師どもを上から狙撃しろ!」
「あいよ~!」
ルルカの結界が張られる前に空へと舞い上がっていたチェルチ(傍目には『飛行』の魔術で飛んでいるように見える)が、上から攻撃を始めた。
旅の中で成長したチェルチの魔術は強力で、魔弾や雷が当たるたびにサハギンの魔術師たちがパタパタと倒れていく。
「マリアベルは戦士を狙え! 絶対に甲板に上がらせるな!」
マリアベルには、船尾にとりついているサハギンの戦士どもの迎撃を任せた。
広範囲の敵に一度に『面攻撃』できる邪眼の特性、水面から船上までというちょうどよい『距離感』、ルルカの結界による『加護』。
三重の有利を背後にしたマリアベルは余裕綽々、得意満面。
腕組みしてサハギンたちを見下ろすと――
「ああーはっはっは! 愚かなる魔物どもよ聞いて驚け、妾の名はマリアベル・ファング・ザリシオン! 前世において七つの国を滅ぼし七つの国を統べた、『漆黒の魔女イブリース』の生まれ変わりよ!」
「余計な名乗りはいいから早くしろ! そんなことをしてる間にサハギンどもが登ってくるぞ!」
「よ、余計とはなんだ! これは必要な儀式だから! やるとやらないとではなんかこう……勢いが違うから!」
ワシのツッコミに怯みつつも、マリアベルは眼帯をズラした。
邪眼でもってにらみつけ、船に登ろうとする戦士を三体、一瞬で石にした。
「おお、一撃か。三体全員石化と効果も安定しているし、本当に勢いが違うのかもな」
マリアベルの手際に感心しながら、ワシはぴょんと飛び跳ねた。
マストに設置された物見台の上から首を巡らすと、戦場全体がよく見えた。
サハギン襲撃を受けた現在の状況は――
ルルカの結界が船体を覆い、サハギンの魔術師どもの攻撃をシャットアウトしている。
チェルチがサハギンの魔術師どもを魔術で狙撃。一発で一匹、確実に倒している。
マリアベルの邪眼から逃れようと焦ったサハギンの戦士どもが、我先にと水中に潜り始めている。
「……おっと、こいつはよくないな。逃がした奴らが他から再襲撃してくる可能性があるか……ルルカ!」
ワシは叫んだ。
「結界を維持しつつ右舷を警戒! チェルチは左舷だ! 戦士どもの動きを捕捉次第、マリアベルに伝えろ! ルシアンはこっちだ、ついて来い!」
ルルカ・チェルチ・マリアベルの三人に指示を飛ばすと、甲板に飛び降りた。
ルシアンを促して、船首方向へと走った。
全力で走って三秒……五秒……。
船の前へと回り込んでいたサハギンの重戦士どもは今まさに舷側を登りきったところで、甲板の上を船員たちが逃げ惑っていた。
重戦士どもは天然の鎧である鱗の上から大ガ二の甲殻鎧を重ね着て、さらに甲殻兜までかぶっている。
戦士よりは動きが遅いが防御力では圧倒しており、船員はもちろん、並みの兵士では歯が立つまい。
しかもそいつが八匹もいる。
「天然の鎧である鱗の上から大ガニの鎧に大ガニの兜か。これはなかなか、喰い応えがありそうではないか」
ワシはニヤリと笑むと、先頭の一匹に向かって走った。
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