「冒険の書二百二:襲撃①」
その日はあいにくの天気だった。
昨夜から降り続いていた雨のせいで川の水が濁り、水の中の様子がわからない。
シルヴァリス商工会の誇る熟練操舵手がいるおかげで操船自体に不安はないものの、水の中の様子がわからないということは魔物が接近してもわからないということでもある。
本来ならば手ごろな岸に停泊して天候回復を待ったほうがいいのだが、『深淵樹海』が目前に迫った岸辺でそのようなことをすれば、水の中の魔物はもとより陸上の魔物の襲撃まで受ける可能性がある。
つまり、選択肢はひとつだ。
「やれやれ、危険を承知で進むしかない。というのも難儀な話だのう~……」
いつもなら敵襲は大歓迎なのだが、今回は場所が場所だ。
船首に立って水面を覗き込んでいたワシは、ハアとため息をついた。
「だよね~、イヤだよね~。下手に岸に船をつけて、陸と川と両方の魔物から攻められたら大変だからっていうのはわかるんだけど~。船は揺れるし水の中の様子はわからないし~」
今にも水面を割って魔物が飛び出してくるかもしれないと、ルルカがワシの腕に抱き着いて恐ろしがる。
「敵もだけどさ、一番イヤなのはこの雨じゃないか?」
同じくワシの隣に並んだチェルチが、げんなりした顔で空を見上げる。
「全然やむ気配ないしさ。おまけに護衛だから、船室に引っ込みっぱなしってわけにもいかないしさ。ずぶ濡れ確定じゃん、ヤダヤダ」
全員がシルヴァリスの商工会が用意してくれた『耐水』の魔術のかかったローブを着てはいるのだが、横殴りに降りつける雨がフードの間から顔を濡らすのや、露出した手を濡らすのまでは避けられない。
靴も『耐水』付きのを貸してはもらったが、足と靴の隙間から雨が入るのは避けられない。
「ふぃ~……もう靴の中までびちゃびちゃだわい。シルヴァリスの温泉が恋しいのう~」
「うんうんわかる。わたしもまたディアナちゃんと温泉に入りた~い」
「……おまえらって、言ってること同じようで全然違うのな」
呆れたような顔でルルカにツッコむチェルチ。
ワシら三人がいつもどおりのやり取りをしていると……。
「出たぞ! 魔物だ!」
船尾から声が上がった。
+ + +
船尾に駆け付けると、船員らが川を指差し叫んでいた。
「半魚人だ! サハギンの群れだ!」
言われた方を見てみると、川を遡上してくるサハギンの群れがいた。
水が濁っているのでわかりづらいが、数は三十程度だろうか。
サハギンは海や川、湿地などに住む魔物だ。
三叉矛を主武装とする戦士がほとんどだが、上位種の中には強力な魔術を使う連中もいる。
集団で船や水辺の集落を襲っては人族の物資を奪い、時に女子どもを拉致して慰みものとする性質のあるところから、生息する場所によっては海ゴブリンや川ゴブリンなどと呼ばれたりもする。
「海に住むのは海ゴブリン。川に住むのは川ゴブリンだったか。数が多いだけに厄介な連中だな。しかしこの船に追いつけるほど速かったような気はせんのだが……」
最新鋭の『マナエンジン』を搭載した船の速度は速く、そのため今まで一度も襲撃されないでいたのだが……。
「そうか、雨のせいか。昨夜来の雨のせいで川が濁り、流れが速くなっている。上流へ向かって流れに逆らうように進んでいるこの船の速度が下がったところを狙われたというわけか」
ワシが分析している間にも、サハギンどもが船との距離を詰めて来る。
「アレダ! 人族の船! 追いつけるゾ!」
「物資はオレらのモノ! 女子どももオレらのモノダ!」
「あの長耳はオレがモラウ!」
「いやオレのダ!」
「「「「早い者勝ちダー!」」」」
船尾に立つワシに狙いを定めたのだろう、サハギンどもが一斉に速度を上げた。
船との距離がみるみるうちに縮まり、先頭を切っていた一匹が舷側に取りつき、登り始めた。
「……やれやれ、またもこの見た目のせいか」
ディアナの容姿にはすべての種族のオスを狂わせる何かがあるらしい。
自らに向けられる粘っこい視線にげんなりしつつも、ワシは身構えた。
「まあよい。殴って蹴ってわからせる。水上であろうが、いつもどおりのことをするだけだ」
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