「冒険の書二百:船上での修行①」
リトニア川を行く船の旅は、順調に進んだ。
天気がよく、水や食料の不安もない。
船尾に積載された『マナエンジン』のおかげで船速が速いため水棲の魔物は追いつけず、よって襲撃もなく。
やることと言えば青空や水面をただぼんやりと眺めるのみ……というのもあれなので、マリアベルとルシアンの修行を見てやることにした。
場所は甲板の上。
船員たちの作業の邪魔にならぬよう、端っこの方に三人集まった。
「さて、それでは修行を始めるぞ」
ワシの呼びかけに。
「おう、やろうぞ師匠!」
マリアベルは拳を握ってやる気十分。
「もちろんだ。早く師匠を超えられるよう頑張るよ。師匠と弟子の立場を逆転させることで尊敬を愛情へと変化させ、やがてふたりは……ふふ、ふふふ……っ」
気味の悪い笑みを浮かべながら何ごとかをつぶやているが、ルシアンもやる気は十分のようだ。
「よしよし、ふたりとも気合いが入っているようだな。では、まずはマリアベルから始めるとしよう」
+ + +
修行といいつつも、やることは非常に地味だ。
なんせ場所が甲板の上。
しかもその端っこの狭いスペースしかないので、ちまちまとしかできない。
ちなみにマリアベルと相談して決めた課題は『邪眼』……そのものではなく、邪眼を使ったあとの『待機時間』を稼ぐことだ。
対人戦闘で時間を稼ぐ方法は、大きく分けて三つ。
一、走って逃げ回る。
二、武器術や体術でもって対抗する。
三、魔術や神聖術などで牽制する。
一、二に関してはマリアベルが致命的に運動音痴なので却下(何もないところでつまずいて転ぶレベル)。
元々は『魔術師』をやっていたというので三を選んだのが、これがなかなかの難行だった。
今まで『邪眼』頼みで生きてきたせいで、そもそもの魔術の練度が低い。
また『攻める時は強いが、守りに回ると弱い』という精神的弱点も抱えている。
具体的にはワシが突くフリをするだけで「ひゃっ……?」と怯えて固まったり。
緊張のあまり呪文を噛むというどこかのルルカみたいな失敗を連発したり。
『土の壁』や『風の帳』などといった防御魔術で敵(今回はワシ)の攻撃を防ぐというだけのことが、なかなかできない。
「ほれ、また当たった。今度は脇腹に一撃、だ」
当然の結果として、ワシの突きや蹴りは当たりまくった。
もちろん強く当てたりはしていない。
肌にちょこんと触れる程度だが、普段のワシの攻撃の威力を知っているからだろう、そのたびマリアベルは「ひいいぃっ……?」と悲鳴を上げた。
「うう、いったいどうしたらよいのだあぁぁ~……っ?」
ワシに当てられまくることで恐怖が限界を突破したのだろう、マリアベルはその場に座り込んで泣き出してしまった。
「練習はけっこうしてるはずなのにいぃぃ~……っ?」
「ん~……そうだな。たしかにおまえは練習しておる。最初の頃に比べると、詠唱もかなり滑らかになっておる。おるのだが……」
ここまでの旅路で、マリアベルが呪文の詠唱を練習している姿を何度も見てきた。
同世代の魔術師たちに比べれば亀の歩みかもしれぬが、たしかに前進しようとする姿をこの目にしてきた。
服装や前世を含めおかしな言動は多いが、根は真面目な奴なのだ。
今より強くなりたいとか誰にも負けたくないという強さへの渇望も十分にある。
「それでもうまくいかないのは、なんといっても経験不足だろう。おまえはいつも圧勝してばかりで、防御に回ったことがないからな。急に攻められると弱さが露呈するのだ。そしてそれが、おまえが克服しなければならない課題になる」
「わかっておるが、そのためにはどうすればいいのだぁ~……?」
「反復練習だな。恐慌状態に陥って頭が真っ白になっていてもなお、自動で呪文が詠唱できる。それぐらいの練度になるまで繰り返すしかない」
「うう……地道な練習であるな……」
「ちなみに地道じゃない練習もあるが……」
「あ、それはやめておく」
ワシの提案を、しかしマリアベルは即座に拒否した。
「なぜだ」
「だって、あの師匠が言う地道じゃない練習であろう? そんなの絶対まともではないからな」
「邪眼を使うほうの目を錠前付きの眼帯で隠し、魔物の前に放り出すだけだぞ? 魔術だけで敵の攻撃を回避しなければならない。できなければ死ぬという緊迫感が、人間の内なる可能性を目覚めさせ……」
「ほらあ~」
なぜだ……有効な手段だというのに。
「いやでも、人間というのは本気で追い込まれた時こそ真なる力を発揮する生き物であって……」
「師匠と違って、自ら窮地に追い込まれたがるような特殊な癖は持ち合わせておらんからな」
「誰が特殊な癖持ちか」
一瞬、船の上から放り出してやろうかと思ったが、ここがリトニア川であることを思い出したのでやめておいた。
水底に潜む水棲生物どものエサになるマリアベル――それはさすがに寝覚めが悪い。
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