「冒険の書百九十八:ハイデルの凶行」
~~~ハイデル視点~~~
カイルとケインに裏切られたハイデルは、それはもう相当なショックを受けていた。
ふたりは今までハイデルに反論することすらなかったし、ハイデルが何か言えば、それがたとえどんなに無茶な願いであったとしても全力で叶えてくれるのが常だったから。
エルフの国であるエルフヘイムの頂点に君臨するエリオンドール王家に古くから仕える『十六家』。
中でも有数の力を持つピエルラ家の嫡男である自分に与えられた、それは特別な権利であり、投げたリンゴが地面に落ちるぐらい自然なことだと思っていたから。
だがその関係は、脆くも崩れた。
知らないとはいえエリオンドール王家の姫に弓を引くという大罪を犯してしまった彼は、その報いとして簀巻きにされ、森林騎士たちが拠点にしている宿の納屋に転がされていた──
「むがむがむが(納得できるか)……!」
さすがの諦めの悪さ、とでも言うべきだろうか。
武器を取り上げられ、魔術が使えないよう口に猿ぐつわまでされていたが、それでもハイデルは諦めていなかった。
「もごもごが(この俺を)、もがぎげぎげぎもごぐもがげぎごごご(簀巻きにして人族の前に転がすだと)⁉ もがげぐがー(ふざけるなー)!」
顔面を柱に擦りつけることでなんとか猿ぐつわをズラして呪文を唱える隙間を作ると、『風斬り』の魔法を操って身体を拘束する縄を斬った。
縄が肉に食い込むほどガチガチに巻かれていたせいで『風斬り』の照準調整が難しく、そのためいくつもの裂傷を負ったが、このまま人族に差し出され半殺しの目に遭うよりは遥かにマシだろうと割り切ることにした。
が、当然割り切れないこともある。
「ふう……クソがっ、俺にこんな屈辱を与えるとは……っ! うがあああああーっ!」
立ち上がったハイデルは切れてバラバラになった縄を振りほどくと、キレて叫んだ。
「そもそもフィオナ姫がなんだってんだ! 王位継承権も低いし! 『孤高なる夜の姫』とかいって! とどのつまりはボッチの放蕩娘ってだけじゃないか!」
ハイデルは荒れた。
ドンドンと床を踏み鳴らすように納屋の中を歩き回り、悪態をつき続けた。
「弓を引いたのだって、俺は知らなかっただけだ! 知っていればそんなこと……っ! というか、こちとら十六家のピエルラ家だぞ! 見逃してくれてもいいだろうが!」
やがて、騒ぎを聞きつけたのだろうカイルとケインが駆けつけて来た。
扉を開けたふたりは自力で拘束を解いたハイデルを見つけると、警戒を叫んだ。
「拘束を自力で解いた⁉ なんてことを……!」
「逃げるつもりか⁉ 絶対に許さんぞ!」
怒鳴るふたりに、ハイデルも負けじと怒鳴り返す。
「うるさい! というかおまえら、冷静に考えろ! この俺に歯向かうというのがどういうことかわかっているのか!」
「バカが! 考えた上で歯向かってるんだよ! ピエルラ家はもう終わりだから従う必要なんてないんだよ!」
「姫殿下は許してくださったが、国王陛下はわからんからな! 何せ娘愛しの方だから! おまえは八つ裂き、ピエルラ家のお取り潰しすらあるだろうよ!」
「なっ……⁉」
動揺するハイデルに、しかしふたりは容赦ない。
「すべておまえのせいだ! おまえみたいなクズのせいでピエルラ家は終わるんだ!」
「今までみたいにへいこらする必要はないし、泥船からはさっさと脱出するに限るって話だ! さあ、わかったら大人しくしろ! もう一度おとなしくお縄を受けて……っ」
カイルとケインは剣の柄に手を当てると、ハイデルに向かって詰め寄――
「……『風斬り』」
ハイデルは魔術を唱えると、近づいてきたカイルとケインの首を斬った。
「ごっ……?」
「がっ……?」
反撃されるなど思ってもみなかったのだろう、ふたりは剣を抜こうとした体勢のままバタリと倒れた。
首の切り口から噴水のように血が噴き出し、ハイデルの顔を朱に染めた。
「……ふん、バカどもが。俺に逆らうからこうなるんだ」
ふたりを殺したハイデルの目は、完全に据わっていた。
仲間殺しに対する禁忌の念など、そこにはない。
一度に多くのものを失い過ぎた結果、彼の心は壊れてしまったのだ――
「フィオナの奴もだ。この俺に敵意を向けるってことの意味をわからせてやる必要があるな」
心壊れたハイデルは、ふたりの体から長弓や剣などの装備を奪って身に着けた。
扉の外へと踏み出ると、騒ぎを聞きつけたのだろう大勢の人がいた。
「「「「…………っ?」」」」
なにがしかの凶行が行われたことはわかっているのだろうが、ハイデルの形相に怯えた人々は何も言わない。
異常事態の発生を街の衛兵に告げにいく余裕もないのだろう、ただただ固唾をのんでハイデルの動向を見守っている。
そんな中を、ハイデルは歩き出した。
「絶対に殺してやる! 泣いて命乞いするのを組み伏せ、犯して奴隷にしてやる……っ!」
ハイデルにとって、人族などどうでもよかった。
狙うはただ、フィオナのみ。
自らをこんな状況に追い込んだ娘に思い知らせ、死ぬまで後悔させてやるのだ。
「待ってろ……フィオナぁぁあ~……!」
仲間の血に染まったまま、ハイデルは歩き続けた。
目指すは港、ディアナたちの乗る船の停泊所――
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