「冒険の書百九十七:ディアナの苦手なもの」
さて、シルヴァリスで一夜を過ごした翌朝だ。
空に雲ひとつない大快晴のもと、ワシらはミナと別れを惜しんでから港へと向かった。
多くの人や船が出入りする港は活気にあふれていた。
船に荷物を積み込む者、積み下ろした荷物を馬車に乗せて市場に運ぶ者。
下船した観光客が物珍し気な声を上げ、観光客をターゲットにした物売りの少年がカゴいっぱいに積んだ土産物を売り歩く。
「ほうほう、こいつはなかなか活気があるな」
「ディアナちゃんディアナちゃんっ。あれだよあれっ」
活気あふれる港の様子を目で楽しんでいたワシの肘を、ルルカがぐいぐい引っ張った。
「あれがわたしたちの乗る船だってっ。シルヴァリス商工会の管理する高速艇だってさっ」
そう言ってルルカが指差したのは、一隻の白亜の商船だ。
港の一番いい場所を陣取っているその船は、実に奇妙な形をしていた。
「船首が鋭く尖り、船体が前後に細長い……。流線型にして水の抵抗を小さくしているのか? なるほどなるほど……んんん? なんだこの……船尾にある黒い金属塊は? いったい何をどうしておるのだ?」
種族レベルで物造りが好きなドワーフの血が騒いだワシは、船の近くに寄ってしげしげと眺めた。
その構造を、設計技術を。
自分だったらどうするかまで考えて。
「……なるほど、ここから出た力を軸を通して回転翼に伝えておるのか。その上で船体全体を押し出すように前進しようと……ふむふむ。……むむ? この紋章は『魔導国マギストリア』の……ということは、これが噂の『マナエンジン』か?」
マギストリアは大陸有数の強国だ。
優秀な魔術師を多く抱えているだけでなく、魔術を土木や工業に活かす『魔導』を発展させることで独自の文明を築いている。
人魔決戦の折にイールギットから聞いた話では、液状にしたマナを溜め込み、適宜噴き出すことで動力を得て車輪や推進器を回し、馬無しでも動く車や帆無しでも動く船を設計しているのだとか……。
「あの時は動作が安定せず爆発してばかりで、あと百年は実現不可能と言われていたのになあ……。それをまさか、こんな形で目にする日がこようとはなあ……」
五十年という年月と人の執念の偉大さには、ただただ感心する他ない。
「まあしかし、おかげで助かるわい。こいつなら最速かつ安全に、船旅を終えることができるだろうからな」
ワシらの最終目的地はエルフヘイムだが、そのためには一度リトニア川を遡る必要がある。
リトニア川は雄大で流れの緩い川だが、水棲の魔物が多く巣食う危険な川でもある。
往来する船は十分な数の護衛船団をつけるか、あるいは速度でぶっちぎるかの二択をとるのが普通だが、これなら前者(ワシらの武力)と後者(船の速度)の両取りができる。
「さすがはリゼリーナ。こういったものの手配にはぬかりないな。半分は『ワシに早く戻って来て欲しい』という気持ちがあるのだろうが、ともかく助かる」
ワシは心の底からつぶやいた。
この旅路が早く終わるよう取り計らってくれたリゼリーナに感謝し、手を合わせた。
「もし目の前にいたなら、手を取って頭を下げてもいいレベルだわい」
「そ、そこまでっ?」
驚くルルカには言えないことだが、そこまで感謝するのにはもちろん理由がある。
「だってワシ……水、苦手だし」
ワシは誰にも聞こえぬような声でつぶやいた。
いや、嘘でなく本当に苦手なのよ。
だって、ワシってばドワーフだし。
ドワーフは筋肉が多いから水に浮かぬ一族で、古来から湖や川で溺死した者は数え切れぬぐらいおるし。
もちろんエルフの体なら浮くだろうが、魂にまでこびりついた苦手意識はなかなか抜けるものではない。
小川で水浴びする程度ならいいが、このリトニア川の雄大な流れを目にするとな、どうしても……。
「あれ? ディアナちゃん震えてるの?」
ワシの震えに気づいたのだろう、ルルカが不思議そうに首を傾げた。
「あれかな? 川沿いだから冷えちゃったのかな?」
「あ~うん。そうそう、そんな感じだ。川沿いは冷えるから困るよな」
ワシは笑ってごまかした。
さすがにな、今さら『水が苦手』などとは言えんのだ。
なんせワシって、武人だから。
ディアナの意外な弱点|д゜)発見
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