「冒険の書百九十五:渡り廊下にて」
「『さあ~て、忙しくなってきましたわね。明日早朝から動き出すために、今から計画を立てなければ……ということでディアナさん、お話の途中ですが失礼しますね。次回お話する時には吉報を届けられると思いますので、お楽しみに。――それでは、良い旅を!』」
「おい、おいリゼリーナ! ……リゼリーナ?」
「『……オヒメサマ、どこかに、走って、いった』」
ワシが制止した時にはもう遅く、コーラスが困ったような声でリゼリーナの疾走と失踪を告げてよこした。
「……そうか、わかった。すまんな、こんな夜更けに。感謝する」
ワシはコーラスとウルガに感謝しながら通話を打ち切ると、しみじみとため息をついた。
ワシが今いるのは、宿の廊下だ。
廊下は受付や食堂、ミナたち親子の住まいのある宿の主屋から少し離れたところにある客室とをつなぐ渡り廊下になっている。
渡り廊下に面した庭に人の気配はなく、隣の宿(隣も宿だ)からも距離がある。
なぜそんなところで通話していたのかというと、もちろんだが盗み聞き防止のためだ。
興奮したリゼリーナの口から国の機密がポロリと漏れる可能性もあるかもしれんという配慮だったのだが……。
「……どうやら正解だったようだな。国際関係に外交問題、挙句の果てには法の改訂? ワシの身分や記憶喪失云々はともかくとして、大陸有数の強国であるハイドラ王国の王女が口にしていい話ではないだろうが」
そして、本当に恐ろしいのは……。
「あのお姫さまなら本当にやるかもしれん、というのも恐ろしいところだな。ワシをなんとかして引き止め、王国の戦力として扱う。『闇の軍団』を壊滅させ、勇者として持ち上げ、国威高揚に寄与させる。実際、エルフヘイムとの交渉させ上手く運べば、これ以上の結果はないだろう」
『行儀見習いや宮廷教育の一環で、姫や貴族の娘が他国で働く』、それ自体はままあることだ。
『勇者として』というのはさすがに聞いたことがないが、まったく許されないということもないだろう。
「もちろん『人質としての滞在』と勘違いされぬよう神経をすり減らす必要はあるだろうが……まあ、できなくもないだろう。しかし……愛妾……」
通話の最中にリゼリーナの口から漏れた単語を、ワシは聞き逃さなかった。
「あのお姫さま……正気か? 他国の姫を妾に……はさすがにできぬだろうから、それこそ側妃のように扱う? 女のための女の妃? そんな狂ったような話が……あああでも、愛の多様性を謳う狂神セレアスティールが国教の国だしなあ~……」
あまりの衝撃に、ワシは頭を抱えた。
「しかもあやつ、あのルベリアの孫だしなあ~……」
勇者アレスを徹底的に囲い込んだルベリアの手並みを思い出し、ゾッとした。
「というかワシ、男なんだが……」
「ねえねえディアナちゃん。もうお話は終わったの?」
「うおおおおっとぉぉおぉぉ~⁉」
突如ルルカに話しかけられたワシは、驚きすぎて椅子からずり落ちそうになった。
「どどどどどどどうしたルルカ⁉」
ドキドキと跳ねる心臓をおさえるワシ。
あれ……これ、今の聞かれておったか?
「い、い、今、なにか聞いたか?」
「別になにも聞いてないけど……ただディアナちゃんがブツブツ言ってるな~って思っただけだけど……」
ルルカは唇を尖らせると、うらめしそうな目でワシを見つめた。
「……なんか、聞かれちゃダメなこと話してたの?」
「い、いいやあ~? 別にいぃ~?」
聞かれてないならそれでよかった。
ここで、『ワシが実は男で、あげくドワーフである』などと知られようものなら大変なことになってしまう。
エルフヘイムまで巻き込んでの大大大騒動になってしまう。
それだけは避けなければ……それだけは……。
「はああ~、よかった。よかったわい」
「むう~……」
ほっと胸を撫でおろすワシの何が不満なのか、ルルカが服の袖のぎゅうと掴んで離さない。
「なんかヤダなあ~……そうゆ~の……」
「ん? なんだ? 何がイヤなのだ?」
ルルカの不満の意味がわからず戸惑っていると……。
「ルルカ、なにやってんだよ。ディアナを呼んでこいって言ったのに、なにをふたりでよろしくしてんだよ」
これまた不満顔のチェルチがやってきた。
チェルチはワシの服の裾を握るルルカの目をじっと見つめると……。
「その手を今すぐ離してディアナを連れてこいよ。面倒ごとは早めに片付けたいだろ」
「なんだ? 面倒ごと? 何か起こったのか?」
何か厄介なことが起きているのだろうと察したワシに、チェルチは冷たく、手短に告げてきた。
「昼間のあいつらが来たんだよ。ディアナに会わせろってさ」
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