「冒険の書百九十四:リゼリーナのひとりごと②」
~~~リゼリーナ視点~~~
「『どうやら、ワシ、姫だった、みたい』」
コーラスさんを介したディアナさんの言葉に、一瞬時が止まりました。
「え、今……姫って言った? どこの?」
「そりゃ、エルフの姫っていったらエルフヘイムのはずにゃ。はずにゃんだけども……」
傍らで話を聞いていたララナさんニャーナさんが驚き、硬直し。
「俺もだ、改めて聞いてみても信じられねえ」
ウルガさんはしみじみといったようにうなずきました。
もちろん、わたくしも同じ感想です。
「たしかにディアナさんは可愛い、エルフにしても可愛すぎるとは思ってましたけど……。わんぱくな振る舞いの中にもどこか普通のエルフの枠には納まらないような高貴さを感じておりましたけれどもまさか……」
「『第三王女、フィオナ・ウル・ノクス・エリオンドール、だそうだ』」
「第三王女フィオナさま……どこかで聞いたことが……? そうですわ、公の場には一切顔を出さないお方でしたわね。よほど気難しい方なのではという噂を聞いたことがありますけれども……」
「『そりゃ、顔も、出さんわな。冒険者、なんぞに、身を、やつしておる、わけだから』」
「なるほど……自分自身が似たようなことをしていた時期のあるわたくしとしては、非常に納得できますね。わたくしの場合は病弱という設定にしておりましたが……。というか……そうですか。ディアナさんが王族だと……エルフのお姫さまであり、一般人……一般エルフではないと……ハア~……」
わたくしは頭を抱えました。
なぜって、それではわたくしの計画がすべて崩れてしまうから。
ディアナさんに活躍していただいて、『闇の軍団』壊滅という抜群の功績を残していただいて、ハイドラ王国の勇者になっていただいた後に『愛妾』になっていただく。
ふたりで末永く平和に暮らす、ハッピーエンド。
そういった計画の、根本が壊れてしまうから。
「わたくしの計画が……ディアナさん愛妾化計画が……」
「姫さま、落ち着いて」
「本音がダダ漏れになってるにゃ。それはさすがにドン引きにゃ」
ララナさんニャーナさんのご助言のおかげで、わたくしはようやく我に返りました。
「ゴホン、そうでしたわね。それどころではありませんでした」
咳ばらいをすると、現状の整理に入ります。
「計画の修正は後々するとして、今は情報の整理をしましょう。ディアナさんはエルフヘイムの第三王女フィオナ・ウル・ノクス・エリオンドール姫殿下であると。その事実を知っているのはディアナさんの他にどなたですか?」
「『ワシら一行、の他には、シルヴァリスの街、全体。あとたぶん、その場に、居合わせた、エルフの騎士、どもが、本国へ。行方不明の、姫が、戻って来た、と、いうことで』」
「『遠話』の魔法ですか。それでしたらもう、国中の知るところとなっているでしょうね。今ごろは上を下への大騒ぎ……ということは……」
一番の問題は――
「問題は、知らなかったとはいえエルフのお姫さまを護衛としてこき使っていたこと……? いや、そこは大丈夫ですね。記憶喪失のお姫さまを手厚く保護した上で、その能力を見出し重用していたのならば、感謝されこそすれ恨まれる筋合いはない……。つまり外交問題には発展しない……」
でも、このままというわけにはいかない――
「しかし、身分を知ってしまった以上このままというわけにはまいりませんね。護衛の役割から外し、国賓として遇する必要がありますわね。そうなるともちろん、ディアナさんはエルフヘイムに属することとなり、勇者学院は中退、ハイドラ王国へ戻ることもなくなり、わたくしたちは二度と会えなくなり……うぷっ」
最悪の展開を予想したわたくしは、思わず吐きそうになりました。
「ひ、姫さまの精神が限界を迎えてる……っ」
「落ち着くのにゃ……落ち着くのにゃ……」
ララナさんニャーナさんのおふたりが、心配して声をかけてくださいます。
しかし、わたくしの胸の痛みは収まりません。
今まで時間をかけて積み上げてきたものがぶち壊され、永遠に失われる。バッドエンド。
最悪の想像をしてしまい、今にも倒れてしまいそうです。
「『ああ、それなんだが、ワシは別に、護衛も、生徒も、辞めようとは、思わんぞ』」
「え……で、でもそんなことをしたら国際問題に……っ?」
「『だって、そんなの、自由意志だし。そもそも、おまえ、ワシが誰だか、知っておる、だろう? 他ならぬ、ディアナ・ステラだぞ。もしワシを、縛り付け、ようとする者が、いるなら、力ずくで、殴り倒す、だろう。包囲がある、なら、喰い破って、無理やりに、でも、脱出する、だろう。そういう、奴だ』」
わたくしの顔が見えてでもいるかのように、ディアナさんは優しい言葉をかけてくださいます。
「『里帰りは、する。自らの、半生を、振り返る、ぐらいはする。だが、それだけだ。ワシは必ず、ハイドリアへ、帰る。だから、安心しろ』」
「…………っ⁉」
わたくしは思わず、息を呑みました。
ディアナさんの決意の固さと、語る言葉の力強さに、胸を打たれました。
そうでした、なぜ忘れていたのでしょう。
考えてみれば、リメイユの温泉でも同じようなやり取りをしていたではないですか。
あの時――自分はリリーナではなくリゼリーナなのだと、一介の冒険者ではなく第三王女なのだと明かしたわたくしに。
ディアナさんと別れたくない、王女ではなくただひとりの女の子としてあなたの傍にいたいと打ち明けたわたくしに、ディアナさんは同じことを言ってくださったではないですか。
自分を縛り付けようとする者がいるなら、力ずくで殴り倒すだろうと。
包囲があるいなら喰い破って、無理やりにでも脱出するだろうと。
そうして必ず――わたくしに会いに来てくださると。
どこまでも強引で、どこまでも不器用な約束を、まっすぐに。
わたくしの目を見つめながら、してくれたではないですか。
「……はい、わかりました。……はい、そうですわよね」
わたくしは、感動のあまり声を震わせました。
「あなたは、そういう方でしたわよね」
エルフのくせに魔術が苦手で、エルフのくせに武術が得意で、戦闘狂で。
食べることが好きで、お酒を飲むことが好きで、見た目のわりに驚くほど老成した考えをお持ちで。
たまに『この世に自分はひとりきり』といったような寂しげな横顔を見せる時があって……。
それらのすべてが愛おしくて、そのつど抱きしめたくなって、だからわたくしは、あなたのことが……。
「わかりました。ディアナさんのお気持ち、すべて理解しましたわ」
「『おう、そうか』」
「どんなに引き止められようと必ず帰ってみせるから、おまえは黙ってワシを迎え入れる準備をしておけ。そういうことですわよね?」
「『……うん? ……あれ?』」
「人とエルフの間に諍いが起こらないよう、国際関係を整えろ。誰に突っ込まれても問題にならないよう、なんなら法も作り変えてしまえ。そういうことですわよね?」
「『いや、そこまでは言ってな……』」
「お任せください。このリゼリーナ・アストレア・ウル・ハイドラ。持てる力のすべてを使ってあなたの、ディアナさんの居場所を作ってみせますわ」
「『待て、リゼリーナ』」
「もちろん、ひとりでなんでもできるとは思っていないのでご安心ください。ハイドリアに帰還してからの数カ月程度ではありますが、わたくしは王族として日々多くの人と接し、語らい、国内国外問わず、いざという時に助力を得られるような地盤作りを行ってまいりました。また、わたくしのお婆さまはその道の先達ですから。民間人だったお爺さまと結婚するために何をし、何を変えたのか、すべて聞いておりますから。きっと有益なアドバイスを受けることができるはずですわ」
「『話を、話を聞け』」
「さあ~て、忙しくなってきましたわね。明日早朝から動き出すために、今から計画を立てなければ……ということでディアナさん、お話の途中ですが失礼しますね。次回お話する時には吉報を届けられると思いますので、お楽しみに。――それでは、良い旅を!」
お話の途中で失礼かとは思いましたが、わたくしはひらひら手を振るなり、全力で自室へと駆け戻りました。
城内ではおしとやかに振舞うようメイド長から厳しく言われているのですが、落ち着いていられなかったのです。
だって、ディアナさんが……。
「ワシは帰る。何があろうと必ずおまえのもとに帰る。だから安心しろ、とまで言ってくださった。うふふ……こんなに嬉しいことはありませんわ♪」
喜びを噛みしめながら、頬の火照りを感じながら、わたくしは心中で快哉を叫びました。
その日の月はどこまでも高く、煌々と美しく、大地を照らしていました。
そこまでは言ってないぞリゼリーナ|д゜)w
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