「冒険の書百九十三:リゼリーナのひとりごと①」
~~~リゼリーナ視点~~~
その日わたくしは、夜遅くに自室に戻りました。
といって、夜遊びをしていたわけではありません。
王族としての務めを、粛々と果たしていたのです。
王族の中で最も若い娘として、孤児院の子どもたちにお菓子を配り、一緒に遊んで。
王族の中で最も若い娘として、練兵場に顔を見せ、国防を担う兵士や指揮官たちに笑顔を振りまき。
王族の中で最も若い娘として、自国の貴族や商家、他国の貴族や商家など将来有望なご家庭の殿方たちと懇談会を開き。そのご両親とも親しくお話しさせていただき。
王族の中で最も若い娘として、メイド長や料理長、清掃長や設備長を始めとした王城の影の支配者たちとお喋りをして打ち解けて。
ともかく多忙かつ、神経をすり減らす日々を過ごしていたのです。
「ああ~……疲れたっ! 心っ底っ、ディアナさんに会いたいですわあ~」
部屋着に着替えたわたくしがはしたなくもベッドに倒れ込みそんなつぶやきを漏らしてしまうのも、ですのでしかたのないことと言えるでしょう。
「旅立たれてから半月。ミニコーラスさんを使えば毎日でも連絡をとることは可能でしょうに……」
などとボヤきつつも、それが無理な願いだということはわかっています。
エルフヘイムへ向かう旅路はそれほど簡単なものではありませんし、コーラスさんの治療がまだ終わっていない状況では無理もさせられません。
「んん~、お戻りになられるまで、早くてもあと三か月はかかりますわね~……。そこまでの長期間ディアナさん成分を補充できないというのはさすがに厳しいですわぁ~……」
わたくしはベッドの枕元に置いてあったぬいぐるみを抱きしめました。
フェルト地で作られたぬいぐるみのディアナさんはほっぺがまん丸でお手々とおみ足がちょこんと小さくて実に実に可愛らしいのですが、本物の匂いやぬくもりは感じられません。
「んん~……やはり本物の肌触りには程遠いですわね。匂いもしないし熱もないし……こうなったらいっそ、王都一の人形造り師に依頼してディアナさんを完全に再現した実物大の人形を作ってもらうのは……? 本物そっくりのディアナさん人形を椅子に座らせて一緒にお茶をして……寝る時はもちろん一緒に寝て……こ、これはなかなか妄想が捗りますわね……」
ディアナさん人形と一緒の夢のような生活を妄想していると……。
「姫様、や、夜分遅くに失礼する」
「急ぎの用があるのにゃ」
遠慮がちなノックの音と共に聞こえてきたのは、ララナさんとニャーナさんの声。
「急ぎの用? こんな時間に? わたくしに?」
わたくしが扉を開けると、近衛騎士の格好をしたふたりがわたくしの腕に抱かれたぬいぐるみのディアナさんを見て一瞬硬直しましたが、すぐに気を取り直したように動き始めました。
「う、裏門に、来てる。ウルガと、コーラス」
「ディアナさんから、どうしても伝えなければならないお話があるそうなのにゃ」
「まあ、ディアナさんがわたくしに……っ? こんな夜遅くに、しかも緊急で?」
こうしてはいられません。
裏門から入ったところにある庭園の休憩所にふたりをご案内するよう伝えると、わたくしは急いで着替えました。
+ + +
わたくしのご友人が来たということで、庭園にはすでに灯りが灯っていました。
バラの香りの漂う通路を小走りで駆け休憩所へ向かうと、わたくしに気づいたウルガさんが立って出迎えてくれました。
「すまねえな姫さん。こんな夜更けに。さすがに明日の朝にしようかと思ったんだが、あいつら、明日から船旅に切り替わるっていうから……」
「いえ、こちらこそわざわざありがとうございます。そうですか、明日から船旅ということは、今はシルヴァリスにいるんですのね?」
「緊急だ、と言ってる」
まだ代わりの足が用意されていないコーラスさんは車椅子に座って、わたくしをまっすぐ見つめています。
「緊急……ちなみに今、ディアナさんとはお話できますか?」
ディアナさんはミニコーラスさん――『覗き鏡』と『遠隔通話』の魔法のかかったブローチを通してコーラスさんと繋がっています。
つまり、ディアナさんと直接ではないですが、コーラスさんを通してならお話ができるというわけです。
「できる。ディアナは、こう、言ってる」
コーラスさんはいつも通りのたどたどしい口調ながら、一生懸命にディアナさんの言葉を伝えようとしてくれています。
「『悪いな、リゼリーナ、夜遅く』」
「ディアナさん……」
コーラスさんを通してとはいえ、あのディアナさんとお話ができる。
間に人が入ることでちょっと薄まるとはいえ、ひさしぶりにディアナさん成分が補充できる。
わたくしは一瞬、天にも昇らんばかりの幸福を感じました。
胸の奥に火が灯り、頬が火照るのを感じました。
しかしその気持ちは、次の瞬間には粉々に打ち砕かれたのです――
「『どうやら、ワシ、姫だった、みたい』」
「はい……………………はい?」
まったく想像していなかった、特大級の爆弾発言によって……。
「お姫さ……ま?」
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