「冒険の書百九十二:温泉宿にて②」
「それではハッキリさせようか。ワシはのう……」
頭の中を整理したワシが、改めて口を開くと……。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! どうか許して! 殺さないでくださいいぃぃ!」
ワシの隣に座っていたルルカが、いきなり涙を流し始めた。
それも、シクシクやめそめそといった可愛らしいものじゃない、ダバダバダバーっとばかりの凄まじい勢いだ。
のみならず、椅子から降りると土下座をした。
ゴンゴンと狂ったかのように床に頭を打ちつけ、命乞いを始めた。
「お、おいルルカ?」
「尊きエルフのお姫さまにわたしってばあんなことやそんなことをしてごめんなさい!」
「おいルル……」
「水浴びのたびにエッチな目で見てごめんなさい寝るたびにボディタッチを意図的に多くしてごめんなさい!」
「おいル……」
「ちょっとエッチな水着を買わせてごめんなさい今回の旅では水場に多く立ち寄るからその時に堪能しようと思ってたのごめんなさ……っ」
「もういいから」
謝罪するたび床に頭を打ちつけるルルカの襟首をグイと引っ張り上げると、無理やり椅子に座らせた。
涙でぐしょぐしょになった顔を服の袖でぬぐってやると少し落ち着いたようで、ようやくまともに話せるようになった。
「おまえの行動自体はいつもちょっとおかしいが、いちいち謝る必要はない。困惑こそすれ、明確に嫌だと思ったことはそんなにない」
「ちょっとはあるんだ⁉」
ガアン、とばかりに頭を抱えるルルカ。
「それはまあ、女物の可愛らしい服を着せられるのはちとな……下着とかもあれだし……。それも最近は慣れてきたが……と、それはともかくだ」
ゴホンと咳ばらいをすると、ワシは続けた。
「ワシの身分がどうこうに関して言うなら、そもそもおまえどころかワシ自身すら知らなかったことだ。本人すら知らぬことを、いったい誰が責められるというのか?」
「う、う~ん……それはそうかもだけどおぉ~」
両手の人差し指をツンツンとつつき合わせてモジモジするルルカ。
「そうは言ってもやっぱり気が引けるというかあぁ~。だって……ねえ? お姫さまでしょ? 第三王女っていうと、リゼリーナさんと同じような立ち位置でしょ?」
「まあ単純な数字ではな。だが、実際にはどうかわからんぞ? 国によって事情は違うし、そもそも家出して冒険者になるなどという放蕩娘だからな。リゼリーナも一時は冒険者をしていたが、あれは正式な許可があった上でのものだからな。ここまでの様子からして、フィオナが許可を得ていたとはとてもじゃないが思えんし……っと?」
皆の目には、明らかに困惑の色が浮かんでいる。
「ああそうか、皆にはまだ言っておらんかったのだな。実はワシ、記憶を失っておってな。姫であるということを、ワシ自身が知らんかったのよ」
ルルカと初めて出会った『魔の森』で起こった出来事を(転生云々は省いて)伝えると、皆は驚きの声を上げた。
「だからな、急にフィオナだ姫だと言われても困るのだ。未だに記憶は戻っておらんし、ここまで築き上げてきた人間関係もある。『聖樹のたまゆら』というパーティを組んだし、王都では『勇者学院のSクラス生徒』になったし、最近じゃマリアベルとルシアンの『師匠』にもなった。それらを急に捨てることはできんよ」
「じゃ、じゃあこれまでどおり、ディアナちゃんでいいのっ?」
ワシの言葉に、ルルカが希望に満ちた声を出した。
「うむ、そういうことだ。里帰りと自らの半生の振り返りぐらいはするが、あくまでもディアナを貫くつもりだ。エルフヘイムにとどまれと言われたとしてもお断り。無理やり閉じ込めようとするなら、牢ごとぶち破って出てくるのみよ」
「わあ、やったあっ」
いつもの調子でワシに抱き着いてくるルルカの額を押しやっていると……。
「ま、まあーあたいはわかってたけどなっ。そんなに気にする必要もないことぐらいなっ。あ、急にお腹減ってきたっ。おいミナ、おかわりくれよっ」
ちょっと前まで不機嫌そうな顔だったチェルチはニッコニコの笑顔になると、これまで我慢していたおかわりを頼み始めた。
「わ、妾だってそれぐらい知っておったわ。あの師匠が妾を見捨てるわけないとなっ。あーっはっはっは、ああーっはっはっはっ」
ちょっと前までハンカチで目頭を抑えていたマリアベルは急に元気になると、腕組みして高笑いを始めた。
「も、もちろん僕だって知ってたさ。何せ師匠はいずれ、この僕の妻となる予定の人だからね。こんなところで縁が切れるわけないぐらい知ってたさ」
ちょっと前までこの世の終わりみたいなげっそり顔をしていたルシアンは急に元気になると、相変わらずの気持ちの悪いことを言い始めた。
「……ふん、実にわかりやすい奴らよの」
皆の子どものような振る舞いを見て、ワシがほっこりと胸を温めていると……。
「しかしフィオナさま……ではなく、ディアナさん」
ひとり難しい顔をしていたデクランが、言いづらそうに口を開いた。
「あなたのお気持ちはわかりました。実現可能性はともかくとして、これからの行動指針も。その上でですが、まず先にしていただきたいことがあります。これはハイドラ王国に身を捧げる者として絶対に忘れてはならないことなのですが……王族の、男性の方たちは気さくでおおらかな方ばかりなのですが……女性の方たちはその……古来から非常に執念深い性質がありまして……」
「………………リゼリーナのことか」
デクランの言わんとしていることに気づいたワシは、思わずため息をついた。
そうだ、こいつらに関してはこのぐらいで済むかもしれないが、あのお姫さまに関してはそうはいかないだろう。
「もし連絡手段をお持ちなら、なるべくお早めに……」
「わ、わかった。早めに連絡をとっておくこととしよう」
距離こそ離れているが、連絡をとる手段はある。
ワシの胸元についたブローチ型の連絡手段――ミニコーラスを使い、コーラスとウルガに使者となるよう頼めばいいのだ。
「……しかしなぜだろうな。背筋がぞわりとするようなこの感覚は……?」
まだ連絡をとってもいないのに、ワシはミニコーラスから圧を感じていた。
ゴゴゴゴゴゴ……とばかりに、それこそ圧倒的な強敵との戦いを前に感じるような……。
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