「冒険の書百九十一:温泉宿にて」
頃は夕方。
シルヴァリスの街中、露店が軒を連ねる大通り。
「どうやらワシ……姫だったみたい」
ワシが認めた瞬間、場は騒然となった。
「「「「「「〜〜〜〜!!!?」」」」」」
絶望のあまりだろう、ハイデルが立ったまま気絶。
ルルカが悲鳴を上げ、チェルチやマリアベル、ルシアンが固まり。
デクランが大量の冷や汗を流し、御者のオグシオが呆然と立ち尽くし。
ミナを初めとした街の住民が大騒ぎを始めた。
ほどなくして、シルヴァリスの領主が駆けつけた。
ワシを国賓として歓待しようとしたのだろう、豪華な馬車を何台も引き連れていたが――ワシは慌てて断り、逃げ出した。
理由はひとつ。
状況のあまりの変化についていけなかったのだ。
だって、考えてもみよ。
前世はワシ、ドワーフの武人だし。
エルフになってからしばらくたったがあくまで冒険者であり、勇者学院の生徒のつもりだったし。
将来的にどんな身分になるのかはわからんが(リゼリーナの思惑はどうあれ)、それでも一般人の枠を超えることはないだろうと甘く見ていた。
なのに姫ときた。
フィオナ・ウル・ノクス・エリオンドール。
第三王女なので王位継承権はそこまで高くないが、エルフの王族ときた。
動揺のあまり平常心を失ってもしかたあるまい。
「さ、さすがに状況の変化についていけん。どこか落ち着けるところはないか? 鉱山とかそういう……」
「こ、鉱山はさすがにないですけど、落ち着けるところならわたしがご案内できますよっ」
虚ろな目をしたワシを心配してくれたのだろう、ミナがぴょんぴょんと跳ねながら提案してくれた。
「わたしの家っ、わたしのおかーさんがやってる宿屋なので気は使わなくていいですしっ。大きくはないけど温泉があってっ、豪華じゃないけどお食事も出せますよっ」
+ + +
場所を移してミナの母親が経営しているという宿屋。
街外れにあるその宿は、本人も認めるとおりのこじんまりとした店だった。
宿泊客が三組も入ったらもう満員。食事だって大したものは出てこない。
温泉も家族風呂程度の大きさしかない。
だが、そのすべての質が良かった。
温泉はトリニア川の雄大な流れに面していて、眺め最高。
夜空に輝く星々の光が川面の水しぶきに反射する様は風流そのもの。
料理も負けず劣らずの出来だった。
ポルチーニ茸と野鴨のフリット、山菜のマリネと川魚の塩焼き、鹿の肝の燻製とエスカルゴのリゾットなどなど、どれこれも素朴だが野趣あふれる味わいで実に美味。
地酒であるスッキリした白ワインとの組み合わせも相性ピッタリで、食う手が止まらん。
母子ふたりの接客ぶりも温かく、友人の家に遊びにきたような気安さがあって、旅の途中で泊まる宿としてはなかなかこれ以上は考えられないレベルのものだった。
「……とまあ、純粋に楽しめたらいいのだがのう〜」
夕食の席。
料理と酒を胃に納めたワシは、しみじみとため息をついた。
「出来れば何も問題のない時に来たかったあ〜。そうすればきっと、もっと美味かったはずなのにい〜……」
「ホントだよ、まったく」
隣の席から、チェルチがジト目でツッコんでくる。
「あんなことがあったせいでさ。あたいまで気になって気になって、飯もろくに喉を通らなかったじゃないか」
「いや、おまえはじゅうぶん食っておるように見えるが……?」
なんなら皿までぴかぴか光るぐらいに綺麗に食べ終えているようだが……。
「ホントはもっとおかわりしたかったのっ。でもできなかったのっ」
バンバンとテーブルを叩いて抗議したチェルチは、ビシイとばかりにワシの顔を指差した。
「それもこれもあんたのせいだぞっ。ディアナ……じゃなくフィオナ? ええい、まだるっこしいっ。ウジウジ悩んでないで、いいかげんハッキリさせようぜっ。あんたはいったい『どっち』なんだっ?」
「「「「「……っ」」」」」
発破をかけるようなチェルチの言葉に、皆が息を呑んだ。
いま食堂にいるのはルルカ・マリアベル・ルシアン・デクラン・オグシオ。
空気を読んだのだろう、ミナは厨房に引っ込んでいる。
「そうだな。風呂に入って飯を食って、時間をかけたおかげで心の整理がつけられた」
混乱していた頭も落ち着いてきたし、今ならすべきことが明白にわかる。
「それではハッキリさせようか。ワシはのう……」
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