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「冒険の書十八:まさかの二対二!?」

 決闘裁判ベルマキア――それはいにしえの武人や冒険者たちが使っていた裁判方法だ。


 泥棒・殺人・財産争いに名誉棄損。

 法務官のいない遠隔地で起きた争いを、『水掛みずかけ論』に陥りがちなそれらを解決するために考案された。

『神は正しき側に勝利をもたらす。すなわち決闘によって勝利した方が正しいのだ』というのが法律的な裏付けだ。


 いささか強引な理屈からもわかるように、力ずくで血なまぐさい裁判方法だ。

 野蛮だと罵る者も多かったし、ワシの生きていた時代でも使用者は少なかった。


 ただひとり、アレスだけは別だった。

 女好きで、恋人や旦那がいようとお構いなしのあやつこそが一番の使用者で……。


 ――なあガルム、おまえも男ならわかるだろ⁉ 愛する女のためなら、男は命だって懸けられるんだよ! 法も理屈もかなぐり捨ててぶつかり合う、そこまでしてようやく叶えられる願いがあるんだよ! 

  

 何度聞いてもわからない理屈だ。

 当時から、さっぱり。

 本当にこいつは頭の造りがおかしいんだろうな、そうとしか思えなかった。


 だが、今ならわかる……悔しいが、ちょっとだけ。

 原始的な裁判方法に頼らなければ、自らの潔白すら証明できない。

 そんな状況が、この世には存在するのだ。

 

「おい、聞いておったか? そこの法務官ども。決闘裁判だ。いやしくも法にたずさわる者ならば、知らないわけがあるまい?」


 ワシの煽りに、デブリが連れて来た法務官たちは、上を下への大騒ぎとなった。


「決闘裁判? なんのことだ? 適当に言ってるんじゃないのか?」


「いえ、先々々々々々代前の法務官が記した雑感を読んだことがあります。たしか『ハイドラ王国法務雑記』の三百十五号の……何十年も前の話ではありますが……」


「法の裏付けがあるのか……くそっ! 忌々しい!」


 ワシ如き小娘に思ってもみなかった提案をされたせいだろう、最初は大騒ぎし、反発していた法務官たち。

 だが、公衆の面前でまさか法務官が『法律を無視する』わけにはいかないと判断したのだろう、最終的にはワシの言い分を認めた。

 

 それを聞いたデブリはさぞやゴネるだろうと思ったが、意外なほどにあっさりと承諾した。 


「よかろう。ディアナ・ステラ。貴様の提訴ていそを受け入れよう。神の御前で、どちらが正しいかを決める決闘を行おうぞ」


 さっそくとばかりにかたわらにいるゴレッカに問いかけ。


「なあ、ゴレッカよ。おまえもそれでいいな?」


 ゴレッカもこれに即答。


「はい、領主様。最初から正義を抱く我々としては実に苦しい、まさに苦渋の決断ですが、領主様と神のご意志から逃れることはできませんや」


 デブリとゴレッカ両者は、これ以上ないぐらいの悪い笑みを浮かべている。


「……なるほど、そういうことか」


 ワシは遅れて気がついた。


「『武力による解決』なら『紅牙団』の方が全面的に有利。むしろ『群衆に正義を示す』という意味では『渡りに船』とも言える状況なのか」


 もっともそれは、ワシの実力(・ ・ ・ ・ ・)が偽物なら( ・ ・ ・ ・ ・)( ・)の話だが。

 

「ということで、決まりだな。ディアナ・ステラ、そしてルルカ・ルーシードよ。貴様らふた(・ ・ ・ ・ ・)りと( ・ ・)『紅牙団』の決闘裁判をり行う」


 ………………。

 …………。

 ……ん?


「ちょ、ちょっと待て。戦うのはあくまでワシとそ(・ ・ ・ ・)ちらの代表( ・ ・ ・ ・ ・)だけだろう?」


 想定していなかった事態にワシが焦ると、ゴレッカがバカにしたような声を上げた。


「はあ~? あんなにイキって異議申し立てしたくせに、逃げんのか?」


「違う、逃げるとかそういうのではなく……っ」


「あのなあ、これは『俺さまたちパーティにいちゃもんをつけてきたおまえらパーティ』との、パーティ間での争いなんだよ。そしたら当然、代表同士の決闘になるだろうが」


「だ、だからこそ代表をひとり選んで……っ」


「あいにくとなあ、こっちは俺さまとボルゾイのふたりが代表を張ってるんだ。大事な仲間だからこそ、切り分けることなんてできねえんだよ。それともあれか? そっちが勝手に決闘裁判を持ちかけてきたくせに、こっちの事情は無視ってか?」


「そ……それはっ?」


 悔しいが、ゴレッカの言う通りだ。


 こちらが一方的に決闘裁判を申し込んだ以上、相手の条件も呑まねばならない。

 しかもゴレッカの条件自体は、それほどおかしなものでもない。

 

「ちなみにボルゾイは魔術師レベル七十五。俺さまと同じくエリートクラス下位だが……ま・さ・か・ビビって逃げたりはしねえだろうな? おおん?」


 ゴレッカの隣にいる猫背の男が、ねずみ色のフードの下から濁った眼をこちらに向けてくる。

 髑髏の杖(スカルスタッフ)といい、常にブツブツ何かをつぶやいている口もとといい、禍々(まがまが)しさの塊のような魔術師だ。

  

「おおー! やっちまえ!」


「ゴレッカさんとボルゾイさん、『紅牙団』のワンツーが揃い踏みだ!」


「『落ちこぼれーズ』なんか瞬殺だぜ!」


 これに盛り上がったのは、当然ながら『紅牙団』。

 ゴレッカとボルゾイの連携がとれたコンビ対ワシとルルカの『落ちこぼれーズ』で、さらに勝率が上がったという解釈なのだろう、もはや祝杯の用意をしている奴までいる。


「向こうの言い分は正しい、だがしかし……っ」


 一方ワシは、急速に余裕を無くしていた。

 ワシ対ゴレッカなら万に一つも負ける要素はないが、ルルカも一緒となると、話は別だ。


「たしかにルルカは強くなったが……っ」


 それはあくまで『対魔物』での話だ。 

 人を殴る。

 しかも同業の冒険者をというのには、また別の覚悟が必要となるのだ。


 その上、ルルカは……。


「心に傷を負っていて……っ」


 パーティを組んでいた『紅牙団』でさんざんに酷使され、おそらくはひどい罵倒も浴びせられ。

 ゴレッカの顔を見るだけでも震え上がるような娘なのだ。

 それをまさか、当の相手との決闘の場に駆り立てるなどという真似が許されていいはずがない。

 だが──


「こうなってはしかたない。ルルカよ、おまえは戦わなくていいから後方に控えていろ」


 ワシは腹をくくった。 

 こうなった以上、二対ニでいくしかないが、相手はすべて、ワシがする。


「大丈夫だ。ワシが前に出て二人潰してしまえば……っ」


 ワシの言葉に返って来たのは、しかし――


「ごきゅっごきゅっごきゅっ! ぷはあ〜っ!」


 ルルカがジョッキを傾け、蜂蜜酒を一気飲みした音だった。


「ルルカ……?」


 酒精のせいで顔を真っ赤にしたルルカは空になったジョッキを「ドオォォン!」とばかりに勢いよくテーブルに置くと、かつてないほど強い目をワシに向けた。

 

「大丈夫だよ、ディアナちゃん。わたしも戦うから」


「戦うっておまえ、そんな状態で……」


 ふらぁり、ふらぁり。

 酔っているせいだろう、ルルカの体は左右に揺れている。


「大丈夫だよ。わたし、僧侶だもん。お酒の酔いは『解毒アンチドーテ』で消せるから」


「そ、それはそうかもだが……」


 ルルカの言う通り、『酔い』は毒による状態異常の一種だ。

 僧侶ならば『解毒』の術で消せる。

 

 それを承知しているからこそ、ルルカは酒を一気飲みしたのだろう。

 一瞬だけ酔っぱらうために、ビビリな自分を抑えこんで、ゴレッカたちと戦う勇気を絞り出すために。 


「わたしはね、怖がりなんだ。弱っちくて、ビビりでさ。ディアナちゃんに指摘されるまでもなく、それはわかってた。わかってた上で、ぎりぎりやってきた。冒険者として、名乗れるか名乗れないかぐらいのところで、ぎりぎり」


 酔いと興奮のせいで顔を真っ赤にしながら、ルルカは語る。


「そんなわたしを、ディアナちゃんがすくい上げてくれたんだ。聖気という武器を見出してくれて、仲間として認めてくれたんだ。とんでもなく強いのに、わたしに歩調を合わせてくれたんだ。にもかかわらず、わたしってばディアナちゃんの背中に隠れたりして、みっともなく震えてて……っ」


 ワシの背に隠れたことを、一瞬とはいえ盾にしたことを悔いているのだろう。

 ルルカは「ギリッ」と音を立てながら奥歯を噛みしめると。

 

「わたしは大神官にならなきゃいけないんだ。だからここは、絶対逃げられないとこなんだ」


 スウと深く息を吸い込むと、ルルカは言った。

 戦杖メイスの先端をゴレッカに向けると、己の覚悟を示して見せた。


「いいよ、やろうよ。ゴレッカさん、ボルゾイさん。ディアナちゃんも、ついでにわたしも、以前のままじゃないってことを教えてあげるから」


「ルルカ……」


 ドクンと心臓が鳴った。

 何か暖かいものが、血管を通して体中に広がっていく。

 それはワシに、これ以上ないほどの安心と、勇気をくれた。


「アレスよ、マーファよ……」


 自然と頬が緩んだ。

 緩んだままの表情でつぶやいた。

 ワシは、ワシの、かつての友に。


「どうやらワシにも、できたようだぞ。おまえたちと同じような、真の友が」

ビビってばかりじゃいられない!

女の子の本気を見せてやれ!


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