「冒険の書十七:たったひとつの手段」
ベルキアの領主であるデブリ。
『紅牙団』のリーダーであるゴレッカ。
そして、ワシとルルカの『聖樹のたまゆら』。
三勢力が揉めているのに気づいたのだろう。
祭りで浮かれ騒いでいた者たちが「なんだなんだ」とばかりに集まってきた。
ワシらの周りをぐるりと取り巻くと、ザワザワと騒ぎながら状況を窺っている。
「おっと、ずいぶん集まって来たな。楽しい祭りの夜だというのに騒がせてしまったようだ。すまない、すまない」
口では意外そうに言うが、実際には騒ぎになることを見越していたのだろう、デブリは余裕の笑みを見せている。
「せっかく集まってもらったのだ、皆にも証人になってもらおうか。ここにいる者たちは罪人なのだ。エルフの魔術師ディアナと、人族の僧侶ルルカ。ふたりが『紅牙団』から高額アイテムを奪い逃走した罪を、これから裁こうと思うのだよ」
デブリの言葉に「いいぞー」とか「やれやれ裁けー」などと言って賛同しているのは皆、『紅牙団』の団員だ。
祭りの観光客たちは「そんな悪そうには見えないけど……」とか「あんな子供たちが盗みとか、世も末だねえ」などと囁き合っている。
デブリの素行の悪さを知っているのだろう街の住民たちは「またかよ」とか「これで何人目だよ、無実の人が裁かれるの」などとボヤいている。
中間層の意見がある一方、ワシらに味方してくれる者もいた。
冒険者ギルドの者たちと、冒険者たちだ。
昼間の騒ぎでワシらの実力を知ることになった者たちが率先して見物人たちに事情を説明してくれたり、デブリに対してヤジを飛ばしてくれたりしている。
中でもワシらと近い関係にあるエーコは、必死になって前に出ると――
「ふたりはそんなことしてません! 『紅牙団』から『魔の森』の奥地で追放され、必死にここまでたどり着いたんです! 悪いのは『紅牙団』のほうです! 彼らは人殺しですよ!」
「はあ~ん? 誰が人殺しだとお~? ギルド職員如きがふざけやがってえぇ~……」
公然と人殺し呼ばわりされたゴレッカはぶちギレ、紅牙団の団員たちも殺気立った目をエーコに向ける。
「エーコ、いいのだ。放っておけ」
これは良くない雰囲気だな、と思ったワシが前に出ようとすると……。
「控えよ、ゴレッカ」
意外なことに、止めたのはデブリだった。
「ほれ、下がらぬか」
デブリがひらひらと手を動かすと、ゴレッカはあっさりと引き下がった。
もうちょっとゴネるかと思ったのに意外だな、と思って眺めていると……おやおや、ふたりが視線を合わせてうなずいたではないか。
「……なるほど、こいつら仲間なのか」
街の領主と、有力冒険者パーティのリーダー。
片方は『権力』を持ち、片方は『武力』を持っている。
やり方によってはいくらでも美味い汁を吸えそうな関係だ。
さきほどの街の住民たちの反応の理由も、これでわかる。
こいつらは常日頃から、手を組んで悪事を行ってきたのだ。
「だからこそ『紅牙団』の悪事は見逃され、無実の者が裁かれてきたというわけか。具体的にどんな悪さをしてきたかまでは知らんが、今ここで始末しておかなければ、ディアナやルルカのような被害者が今後も出続けることは間違いない、と」
ワシの憤りをよそに、デブリは演説を続ける。
「『紅牙団』が公明正大な冒険者パーティだということに、異論を挟む者はいないだろう。王都から遠く離れ、常に『魔の森』からの脅威を受け続けるベルキアの平和を支える勇者たちだ。皆もそれに、疑問はないだろう?」
未開の地の民を魔物や異民族などの襲撃から守るのは、古くから冒険者の役目だった。
ましてや『大冒険者時代』ともいえる現況にあって、『紅牙団』の果たす役割は少なくないはずだ。
にもかかわらず、住民たちはデブリの言葉に賛意を示さない。
それはつまり『紅牙団』の及ぼす害が、恩を上回っているということだろう。
もっと言うなら、出ていってくれるとありがたいとすら思っているのではないだろうか。
「そんな『紅牙団』がだ、武勇の誉れ高き『赤獅子ゴレッカ』君がだ。追放や置き去りなどという非人道的行為をするわけがないだろう。それがひとつ。もうひとつは彼女たちの『弱さ』だ。ディアナ・ステラはレベル四十八、ルルカ・ルーシードはレベル四十三。ベテランクラス下位の冒険者が、はたして『魔の森』に巣食う魔物どもを倒し、宝を手にできるか? できるわけがない。つまりはそれが、ふたりが盗みを働いた間接的な証拠となる」
ワシらへの誹謗中傷にさすがに我慢できなくなったのだろう、一部のギルド職員や冒険者たちが声を荒げた。
「違う! ディアナの実力は本物だ!」
「そうだそうだ! さっきだって格上のアカハナを圧倒した!」
それらはワシの実力を示す、客観的な証拠のはずだった――しかしデブリは、ニコニコと笑みを絶やさず受け止めた。
「それについてはアカハナ君本人から聞いているよ。しびれ薬を盛られ、隙をつかれたのだと。冒険者にあるまじき悪辣な行為で、とっさに対応できなかったのだと。なるほど実力は本物だねえ」
デブリの隣に、いつの間にかアカハナが立っている。
包帯で首を固定し、鼻に大きな軟膏を貼りつけ、いかにも被害者でございといった表情をしていて……。
「ゆ、油断してました! まさか同じ冒険者があんな姑息な真似をするなんて! 卑怯で、ずるくて、恥知らずな真似をするなんて!」
哀れっぽい顔で嘘八百を並べ立てるアカハナ。
これにはもちろんギルド職員や冒険者たちから反論が上がったが、デブリは一切無視。
「諸君、お聞きのとおりだ。被告ディアナ・ステラおよびルルカ・ルーシードは恥ずべき犯罪者だ。『紅牙団』を逆恨みし貴重品を奪い、その罪を見抜いたアカハナ君を奸計に陥れ黙らせた。なあ、この罪を見逃していいのか?」
「領主様! わたしからもひと言よろしいでしょうか! これが冤罪であることの証明をさせてください! 彼女の話によりますと……!」
エーコが必死になって食い下がるが……。
「ま~た君か。いいかね? 受付嬢君。君たちの報告には目を通したよ。ディアナ・ステラは『魔の森で追放され、魔物に襲われた時に頭を打って記憶を失った』と記入されていたね。『追放』に関しては眉唾だが、『記憶がないということは犯罪を犯した記憶もないと同時に自分が無実であることの立証もできない』ということではないかね? つまり君が聞いたであろう彼女の証言はすべてが『信用に値しない』ということだ。それとも『追放』に関してだけは信用できるのかね? そんな都合のいい話があっていいのかね?」
「そ、それは……っ!?」
王都から離れた辺境とはいえ、さすがは人口一万人規模の街の領主というべきだろう。
きちんと事前調査し証拠固めまで行っていたデブリによる、それは完璧なカウンターだった。
エーコが論破されたことで、状況は一気にデブリ側に傾いた。
ワシを信じ始めてくれていた観光客や街の住民たちの間にも、不穏な空気が流れ始めた。
「……なるほど、たいしたものだ」
ワシは素直に感心した。
「『魔の森』で一緒だったとはいえ、ルルカはワシと別行動をしている間のことは知らないから弁護できない。『追放』それ自体は『やったやらないの水掛け論』に持ち込める。残ったのは『自らの冤罪を立証できないワシ』と、『複数の目撃証言のある暴力被害者であるアカハナ』という構図か」
昔からよく言う。
『賢者は学び舎にはいない。裏通りの悪党こそが賢者である』と。
賢いからこそ人を騙し、誑かすことができるのだと。
そういった意味で、デブリは賢者なのだ。
人を騙し、陥れる術に長けた賢者。
「さて、どうだディアナ・ステラよ。ぐうの音も出まい?」
自らの勝ちを確信しているのだろう。
デブリはこれ以上ないドヤ顔でワシに語りかけてくる。
「一連の犯罪がおまえ個人の手で行ったことであれば、相棒の娘は助けてやろう。私も教会と事を構えたいわけではないからな。だが、おまえは別だ。自らの罪を悔いるため、然るべき施設で奉仕活動に励んでもらう」
「然るべき施設で強制労働……?」
炭鉱で採掘作業でもさせる気かと思ったが、どうも違うらしい。
近くにいた冒険者の話によると、デブリには『異種族の娘』に対する強い性的欲求があるのだとか……。
「ああもう、どいつもこいつも……」
ワシは心底からため息をついた。
ディアナの美貌に目の眩んだ悪党どもが、あとからあとから寄ってくる。
この身を好きにしようというそれだけの理由で、あらゆる手段を使ってくる。
「本気でめんどくさくなってきたのう……これはもう、殺すしかないかあ~?」
「ま、待ってディアナちゃんっ」
ワシの殺意を察知したのだろう、ルルカが必死になって止めてきた。
「ダメだよ、それはダメ」
「しかし、ルルカよ……」
ルルカはしかし、頑なに首を横に振る。
「そんなことをするぐらいなら、ふたりで逃げよ? 誰もいないところへ、一緒に」
「一緒にって……おまえは別にいいのだぞ? あやつも教会と事を構える気はないと言っておるから……」
しかしルルカは、ワシを離そうとしない。
腰に手を回して、ぎゅうと力強く抱き着いてくる。
「嫌だよっ。わたしたちはパーティだもんっ。一生一緒の、仲間だもんっ」
「………………っ?」
ワシは一瞬、息を呑んだ。
あれほどの怖がり娘が、本番では術を使えないほどのビビり娘が、ワシのためだけに真人間としての道を捨て逃亡者になろうとしている。
なんなら共に、地獄へ落ちようとしてくれている。
にもかかわらず、ワシは何をしているのだ?
頭に血を上らせ、勢いのままに行動している場合じゃないだろう。
武人なら、大人なら、他にたどるべき道筋があるはずだ。違うか?
「……悪かったな、ルルカ。そうだった、大人のワシが冷静さを欠いてどうするというのだ」
冷水を浴びせられたような気分になったワシは、急いで脳を巡らせた。
今までの経験や知識を総動員させ、この状況に対処し得る手段を考えた。
考えて、考えて、考えて――
「……そうか、ひとつある」
たったひとつの解決法に、行き着いた。
「なあ、領主殿。ひとつ、提案があるのだが」
「なんだ、罪人。申し開きがあるのなら言ってみろ」
余裕たっぷりに笑う、デブリの鼻先に。
ワシは思い切り叩きつけた。
おそらくこの場のほとんどの者が知らないだろう、古の法律を。
「ワシは――ディアナ・ステラはかかる言いがかりへの反訴として、『決闘裁判』を申し入れる」
異議あり! ビシイッ!
ということで決闘の始まりです!
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