「冒険の書百七十七:教導戦闘①」
ワシがルシアンとマリアベルに告げた『教導戦闘』とは、経験豊かな上官が新米兵士に戦場のなんたるかを叩き込む特別訓練のことだ。
単純に個人の生存率を上げるだけでなく、各自の得手不得手を把握しそれを部隊運用に役立てることで全体としての強化を図る狙いもある。
人魔決戦の時にはよく教えたものよ……などと懐かしんでいる暇ではないな。
「というわけで始めるぞ。まずはマリアベルからだ」
「ちょちょ、ちょっと待てっ」
名指しされたマリアベルは、サッと顔を青ざめさせた。
「きょ、『教導戦闘』をしてやる? それってディアナと戦うということか?」
「そうだ。というか、それ以外の何に聞こえる?」
「いやその……聞こえないけど……」
ぼそぼそ、ぼそぼそ。
マリアベルは蚊の鳴くような声でつぶやく。
出会った頃に起こった諍い――初対面のワシに『邪眼』を使おうとしたので力でねじ伏せた――を思い出しているのだろう、膝をガクガク震わせて怯えている。
「その……別に教えられなくてもいいかなって……。だってその……ケガとかしたらこの先の護衛に支障が出るし? Sクラスの生徒として、勇者候補としても問題だし?」
指と指を組み合わせてわちゃわちゃしている。
ワシと戦うのは怖いからイヤだ、ということだろうが……。
「今のおまえと共に行動するほうが支障が出る、と言ってもか?」
「なっ……?」
「おまえのような惰弱者は、主戦力どころか足を引っ張る邪魔になる、と言ってもか?」
「なななななななっ⁉」
この煽りは効いたのだろう、怯え切っていたマリアベルの目に怒りの炎が灯った。
「お、お、おまえ! おまえおまえおまえ! 言っていいことと悪いことがあるだろうが! とゆーか誰が惰弱者だ! 邪魔になるだ! 支障が出るだ!」
ワシから距離をとると、マリアベルは言った。
「よおぉーしわかった! そこまで言うなら受けて立ってやる! 本気の勝負だ! 死んでも恨むなよ! こちとら上手いこと加減なんかできないのだからな!」
「わかったわかった、犬の如くギャンギャン吠えてないで、とっとと始めるぞ」
「むっきいぃぃぃ~!」
そんなわけで、怒り心頭に達したマリアベルとワシの教導戦闘が始まった。
+ + +
万が一にも通行人やデクランたちを巻き込むわけにはいかないので、馬事には離れたところで待機してもらうことにした。
そんでもってワシらの戦いの場は、先ほどまで戦いを繰り広げていた草原の上。
猿どもの死骸から熱気が消えゆく、そのまっただ中で向かい合った。
「先に言っておこう、おまえの『邪眼』には弱点が四つある」
「よ、四つもあるのか!? ……って信じるものか! おおかあ揺さぶりをかけて隙を狙うつもりだろうそうだろう!」
「まあ普通の戦いならその手もあるが、教導戦闘でわざわざそんなことする意味あるか?」
「そ、それはそうかも……っ? っていやいやいやいや、それこそが罠なのかもっ?」
自分で言って、自分で疑心暗鬼に陥るマリアベル。
良くも悪くも素直な奴だ。
将来悪い男に騙されなきゃいいが……などと、余計な心配をしている暇はないな。
このあとにルシアン戦も控えているのだし、あまり皆を待たせるのも悪いし、とっとと片づけるとしよう。
「ぶつぶつ言ってないで、ご自慢の『邪眼』を放ってみろ。どうせワシには効かぬから」
「うぬぬぅぅ〜っ、またしても挑発的なぁぁあ〜っ」
地団駄踏んで悔しがるマリアベルはしかし、今度こそはと眼帯を持ち上げた。
と、同時に。
──ギイィィィン!
露わになった右眼が紫色の怪しい光を放った──のに合わせて、ワシは足先に引っかけておいた大猿の死体を蹴り上げた。
大猿の死体はワシの体を完全に覆い隠し、ワシは邪眼の光から護られた。
ワシの代わりに邪眼を喰らった大猿の死体はピキンと音をたてて石化し、地面に落ちた衝撃で粉々に砕け散った。
「弱点ひとつ目──ある程度以上の厚みのある遮へい物を貫き通すことができない」
「なっ……っ?」
まったく気づいていなかったのだろう、マリアベルは口に手を当てて驚いている。
「これは先ほどの戦いを見ていて気づいたことだ。仲間の背後に隠れた大猿が何頭か生き延びておった。続いて弱点ふたつ目──連続して放つことができない」
「ななななっ……?」
これまたまったく気づいていなかったのだろう、マリアベルは頭を抱えて驚いている。
「といっても、これは特殊なスキル持ち共通の悩みだがな。強すぎるがゆえに消費や反動が大きく、連発できんのだ」
「……な、な〜んてな。実は気づいておったのだが黙っていたのだ。それにしてもよく気づいたなディアナよ、褒めてつかわすぞ。あ〜っはっはっは」
驚かされてばかりなのが癪だったのだろう、マリアベルは急に腕組みすると、偉そうにふんぞり返った。
「どういう立場からの発言だそれは……というかおまえ、ぶっちゃけまったく気づいておらんかっただろ?」
「そ、そんなことないもんっ、知ってたもんっ」
焦ると子どもみたいな口調になる癖──まあ普段の口調がおかしいだけだが──を出すマリアベル。
「ふん……認めんか。まあよい、弱点はまだまだあるからの」
「ご……ごくりっ」
唾を飲み込むマリアベルの目の前で、ワシはスキル『邪眼』を丁寧に解体していった──
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