「冒険の書百七十四:焚き火①」
ユニーク個体の狂猿以下四十頭の大猿を倒したワシらは、近くの川辺で死体を解体することにした。
皮を剥ぎ、牙を抜き、コアを抜き取り。
数が数だけに、冒険者ギルドに献納すればそれだけでもなかなかの収益になることだろう。
余った死体は周囲の影響を考え、放置せずに一か所に集めて燃やすことにした。
しかし、なんといっても数が膨大だ。
運搬や解体に時間がかかったせいで、戦闘は昼前から始まったのに、時はすでに夕刻となっている。
チェルチが魔術で点けた火は徐々に勢いがつき、最終的には一個の巨大な焚き火となって、暗くなりつつあった周囲をホワリと照らした。
炎の灯りと温もりを感じた皆がホウと安堵のため息をつく中、空腹を感じたワシはしみじみとため息をついた。
「クルシュの奴がいれば、肉も内臓も喰えるのだがなあ~……」
魔物の肉は例外なく瘴気を帯びている。
普通の人間が喰えば気分が悪くなり、腹を下す。
含んだ瘴気の量によっては死に至ることすらある。
日常的に魔物を喰う習慣のあるリザードマンのクルシュは、特殊な解体方法を知っていた。
その方法を使えば肉から瘴気を除去することが可能で、ワシらでも問題なく(匂いはかなりキツいが)食うことが可能だったのだが……。
「……ま、それでもこれだけの量は無理か」
ワシは改めて炎を見つめた。
燃やされている猿はどいつもこいつもデカく、一頭が四頭以上の牛の重さに値する。
わずか七人のワシら一行では、一頭喰うのも難しかろう。
ワシが前世のドワーフの体だったとしてもどうか。
「にしても臭いのう~。魔物避けにはなるだろうが、食欲のなくなる臭いだわい」
死体から立ち上る臭いのキツさに、ワシは顔をしかめた。
「でも、放置しといたら病気や瘴気の発生源になっちゃうしね。ちゃんと燃やさないとね」
ルルカも辛そうにしながらワシの隣に立つ。
「い、言っとくけど瘴気が臭いわけじゃないからなっ。こいつらが臭いんであって、あたいは臭くないからなっ。燃やしたって臭わないからっ」
瘴気=臭い。が成り立てば。
瘴気=魔族の活力源。
魔族=チェルチ。
チェルチ=臭い。まで一気に成り立ってしまう。
そうなってはたまらないと感じたのだろう、「ほらほらっ、臭わないだろっ」と半泣きになったチェルチがワシに体をぴったり寄せてくる。
「あ~、わかったわかった。わかったからくっつくな。あと魔族側に立った発言をするな」
チェルチが『誘惑する悪魔』で、しかも元悪魔貴族だとバレたらどうするのだ。
「ちぇ、チェルチちゃんっ。昼間っからそうゆーのはどうかと思うなあ~っ。別に夜ならいいってわけじゃないけど……わたしだってディアナちゃんにスリスリしたいの我慢してるのにぃ~っ」
「昼も夜もスリスリせんでいいわい」
なぜだか必死になって言葉を重ねるルルカにツッコみ、スリスリしてくるチェルチを押し剥がし。
ワシらがいつものやり取りをしていると……。
「……たいしたものですねえ。あなたは」
デクランが、ワシを見てしみじみと言った。
「なんだ、デクランか。どうだ、ワシらのことを見直したか?」
「ええ、ええ。申し訳ないのですが……正直、最初は疑っていたのです。第三王女殿下のお気に入りを押し付けられたのではないかと。あなたの功績づくりのためだけに無茶な任務につかされたのではないかと。ですが、まったくの杞憂でした。あなたはお強い、素晴らしい」
出会った当初の疑いに満ち満ちた表情はどこへやら。
英雄を讃えるような……というと大げさかもしれないが、それぐらいの感動的な面持ちで、デクランはワシを見つめている。
「『お気に入り』で『功績づくり』なのは否定せんよ。あのお姫さまはたしかにワシらを贔屓している。が、それ以上に本物を見る目を持っているのだ」
リゼリーナのワシへの度の過ぎた執着を、否定はできない。
だが、ワシにまったく実力がなかったらここまでの特別扱いはしてくれないはずだ。
「さすがは『賢姫』の孫娘、といったところだな」
「信頼しておられるのですね」
「まあな」
「出発の際に抱き合い、涙々の別れをされておられただけのことはあると」
「まあな……ゴホッ、ゲホッ。やめろ変なことを言うな」
ワシは思わず咳き込んだ。
ハイドリアを立つ際、馬車に乗り込むワシにリゼリーナが抱き着いてきたのを思い出したのだ。
それを見た皆の驚きの顔や、口笛、歓声までも。
「あやつめ、公衆の面前で涙まで流しおって……。あれでは妙な誤解をされてしまうではないか……」
ボヤくワシを見て、デクランはくすりと笑った。
「……何を笑う?」
「いえ、あなたへの信頼度をさらに上げたというだけの話です。実力はもちろん、人柄も良好だなと」
「人柄のう……そこまで評価されるほどのことをした覚えはないのだがな」
ワシが背中がむず痒くなるような感覚に戸惑っていると……。
「十分ですよ。先ほどあなたのおっしゃったように、太后殿下の血を最も濃く引いていると噂の第三王女殿下が、自らの人生を賭けるに値する人間だと評価したのですから。あとはそう……あの方たちへの対処も素晴らしいものだったじゃないですか」
思い出すように言うと、デクランはチラリと目を横に向けた。
そこにはルシアンとマリアベルがいて、ぎゃあぎゃあと何事かを言い争っている。
「ねえ、大変だったじゃないですか。あの方たち」
「ああ……まあな」
ワシはつい数時間前の出来事を思い出した。
具体的にはこの猿どもと戦っていた時のこと、そしてルシアンとマリアベルのちぐはぐな戦いぶりを……。
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