「冒険の書十六:窃盗の疑い?」
かつての仲間の格好をした仮装行列と。
思ってもみなかった、自分への評価と。
複雑な気持ちと誇らしい気持ちの中間で、ワシがぐらぐらと揺れているところへ――
「ディアナちゃん! ルルカちゃん! こんなところにいた!」
こちらへ向かってパタパタと走って来たのは、冒険者ギルドの受付嬢エーコだ。
受付嬢の制服の下に暴力的なまでの肉体を包んだ女が、『幼女好きな部分』以外は真面目な女が、息を切らしながら駆け寄って来た。
「どうしたエーコ、そんなに慌てて?」
「ど、ど、どうもこうもないわっ。大変なことになってるのよっ」
動悸が激しく、まともに話せそうにないエーコ。
とにかく落ち着かせようと考えたワシが。
「落ち着いて話せ。どうだ、エールでも飲むか?」と勧めると……。
「そ、そそそそれってつまりディアナちゃんと間接キッスなのでは!? そ、そそそそんなご褒美をいただいちゃっていいのかしら!? ……っじゃなく!」
狂った欲望より受付嬢としての矜持が勝ったのだろう、パンと自らの頬を張るとエーコは言った。
「聞いて! あなたたちふたりに『窃盗』の疑いがかかってるの!」
「………………はあ?」
何を言っているのかわからんと、首を傾げるワシ。
「ほえ~?」
ポカーンとするルルカ。
「順番に話すとね? あの後すぐに、ギルドで大問題になったの! 何がって、『紅牙団』のやったことがよ! あなたたちふたりを『魔の森』の奥で追放して、つまりは見殺しにして帰って来たことが問題になったの!」
「ま、そりゃそうだろうな」
ほとんど殺人未遂だ。
人としても冒険者としてもアウトだし、法律的にもアウトだろう。
今後、他の冒険者が被害に遭わないためにも徹底的に追及すべきと思ってはいたが……。
「もちろんギルドとしても見逃すなんてことできないから、領主様に報告したの! そしたらね!?」
「――そこからは、私が説明してやろう」
エーコの説明を横から遮ってきたのは、馬車に乗ったひとりの男だ。
年の頃なら四十半ばの、偉そうな男だ。
贅沢な暮らしのせいだろう、醜く太った肉体をきらびやな服や宝石で飾っている。
薄い髪の毛を隠すためだろう、頭には金ぴかのカツラを被っている。
くるりと巻いたヒゲを自慢げにいじっているのだが、似合わないことこの上ない。
周囲を無数の騎士に囲まれているところを見るに、街の有力者なのだろうが……。
「誰だ? こいつは?」
「デブリ様よ! ベルキアの街を治める領主様!」
名前を知らないことが無礼にあたると考えたのだろう、エーコがワシのもとでひそひそ囁き教えてくれる。
「なるほど、こいつがこの街の……デブリ様というよりデブ様といったところだが……」
数えたところ、護衛の騎士の数は三十人ほどか。
身のこなしを見るに、ワシが手を焼くようなのはいないな。
「……何か問題が起きても『力』で解決できるな。とはいえ、街に来ていきなりお尋ね者というのもな。ワシはともかく、ルルカが困るか……」
彼我の距離を測りつつ、ワシがブツブツつぶやいていると……。
「おうおう! のこのこ現れやがったな盗人どもが!」
荒々しい声がした。
声のした方を見ると、そこにいたのは冒険者の一団だった。
数は二十数人。護衛騎士と合わせても五十数人だから、まだイケる。
「ディアナ! ルルカ! おまえら、俺さまのお宝を盗みやがって! タダで済むと思うなよ!?」
平然と嘘を言ってくるのはリーダーと思しき男だ。
年の頃なら三十半ば。
獅子の鬣のような赤髪に赤いヒゲ、頬には刀傷、鉄製の胴鎧を着こみ魔狼の皮のマントを羽織った大柄な戦士だ。
背負っている二本の戦斧の使い込み具合や身のこなしからしてみても、ギルドで戦った幼女趣味の変態とは比べ物にならないレベルの、本物の戦士といった印象だ。
いや、本物の戦士は嘘などつかんか。
「ルルカよ、もしかしてあいつが例の?」
「……う、うん。『赤獅子ゴレッカ』さんだよ。『紅牙団』のリーダーの、レベル八十戦士。エリートクラスの下位」
それだけ言うと、ルルカはサッとワシの後ろに隠れた。
「ごめんね、わたし……ちょっとあの人苦手で……」
過去によっぽどひどい目に遭わされたのだろう、ルルカの声は震えている。
「……ん?」
見れば、ワシの手もまた震えている。
ワシ自身が怖がる理由などないわけだから、するとこれは、ディアナの体に染みついた防御反応というわけか。
肉体に影響が出るほどに、ゴレッカへの恐怖が染みついているというわけか。
「……なるほどな」
ワシはつぶやいた。
腹の底から沸き上がるような、怒りと共に。
「あやつがワシらの、共通の敵というわけだ」
常に殺せるか殺せないかで安全を判断するディアナ(ガルム)です!
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