「冒険の書百六十七:ルルカと一日デート②」
そんなこんなで始まった、ワシとルルカとの一日デートだが――
オープンカフェでお茶した後は観劇をした。
場所は王都の中央市場の近くにある大劇場。
タイトルは『ハムレッド』。ハム大好きな赤毛の美男美女が主演の恋愛劇で、生まれ育った食肉加工場の運営方針の違いに殉ずるふたりのセリフの応酬が、それはもう甘ったるくて甘ったるくてだな……。
正直、開始三分で胸やけを始めたワシはコッソリ寝ようかと思ったのだが、隣の席に座ったルルカが頬を染めて感動していたので頑張って最後まで観た。
個人的には感心も感動もしなかったのだが、劇場を出てからもしばらく続いたルルカの怒涛の感想語りについていけたのはよかったと思う。
観劇の後は買い物だ。
王都一の目抜き通りの両側に立ち並ぶ、服屋や雑貨屋を端から見て回った。
事あるごとにルルカが「このドレス、ディアナちゃんに似合いそう着て着てっ」だの「ディアナちゃんの足に履かれるために産まれたような靴だよ、履いてみて~♪」だの「でぃでぃでぃディアナちゃんここの棚全部水着なんだけどどうかなあ~川で水浴びする時とかに着てみるのはえへへへへゴフウっ」などと(最後のゴフウはルルカが自らの頬を殴って血を吐いた音だ)騒ぐのにいちいちつき合うのはかなり疲れたが、僧侶としてのお役目から離れたルルカの純粋に楽しそうな横顔を見るのは悪くなかった。
買い物の後は夕食だ。
目抜き通りから一本奥へ入ったところにある路地裏にある、こじんまりとしているが品の良い食堂。
名物はチーズたっぷりクリームシチューで、新鮮な鶏肉にどろっどろに絡んだチーズソースが最高だった。
夕食時なので酒は解禁されたが、まさか酔い潰れるわけにもいかんのでワインを一杯ちびちび舐めるのにとどめた。
食事を済ませたワシらは、酔い覚ましと夕涼みをかねて街をぶらついた。
特に目的も定めず店をひやかし、道行く若者たちを眺め、老夫婦の行く道を空けてやり、路上で演奏しているバイオリンの音を楽しみ……。
ふと気が付くと、王都の中央公園にいた。
中央公園は人魔決戦での勝利をお祝いして造られたもので、アレスを始めとした勇者パーティの像が飾られている。
王城にあるそれとまったく同じもの、つまりはワシの像も飾られているというわけで……。
「いつ見ても背中がむず痒くなるような光景だな……」
気恥ずかしさのあまり正視できなくなったワシは、空を見上げてため息をついた。
褒められ讃えられるのが嫌なわけではないが、さすがに像として形に残されるというのはなあ~……。
昔の自分がこんな風に見られていたというのをまざまざと見せつけられているような気がしてちょっとなあ~……。
「ふふ、なんだか懐かしいね、こうゆーの」
夜風になびく髪を抑えながら、ルルカが言った。
ワシに向かって目を細めると、懐かしそうに微笑んだ。
「覚えてる? ベルキアの街で、ふたりで勇者パーティの仮装行列を見た時のこと」
「ああ~、そんなこともあったのう~」
魔の森で出会ったワシとルルカが初めて訪れたのが、ベルキアの街だった。
冒険者ギルドに多量の献納品を捧げ、因縁をつけてきた変態をボコり。
アレスたち一行を讃える祭りが行われるというので、ルルカが爆買いした軽食をベンチで楽しみながら眺めていたのだった。
アレスにマーファ、クルシュにイールギット。五人目の謎のドワーフを見て、ワシはひたすら首を傾げていたのだった。
「あの時はまだパーティクラスが鉄になったばかりだったんだよね。献納品の量と価値的には一気に青銅から銀まで上がってもおかしくなかったんだけど、二階級特進は無理だからって言われて……」
「だな」
「その後も快進撃は止まらなかったんだよね。レナちゃんの村を救ってさ、商隊のみんなを助けてさ、パラサーティア防衛戦でもめちゃくちゃ活躍してさ。でもやっぱり二階級特進は無理だからって銀止まりで……。今回も正直、ミスリルまでいってもおかしくないって話だったんだけど、けっきょく黄金クラス止まりで……」
「こんなに二階級特進の壁に阻まれているパーティも、他にいないだろうな」
今回の『闇の軍団』による『魔薬』の流行を暴いたこと、また『闇の軍団』による勇者学襲撃を撃退したことを評価され、ワシら『聖樹のたまゆら』のパーティクラスは黄金クラスになった。
が、普通に考えたらもっと上までいっていてもおかしくなかったはずだ。
ミスリルを通り越して、それこそ最上級のアダマンタイトまで。
だがけっきょくは上がれなかった。
上がれなかったのは規則のせいだし、ワシらのためだけに規則を変えるのは変な話だ。
そもそも規則というのは必要があるから作られているわけで。
たまたま物事がうまく運んだからといってパーティそのものの価値を急上昇させると、後々問題が起きるかもしれないからで。
それに……。
「一方で、そんなに急速に上がってどうするのだという気もするな。どうあれ、ワシらのすることに変わりはないのだから」
武人としてはもちろん、勇者候補としてもな。
そんなことに一喜一憂していてはダメだろう。
「ふふ、そうだね、ディアナちゃんならそう言うと思ってた。パーティクラスがどうなろうとすることは変わらないんだからって、名誉とかお金よりもっとずっと大事なものがあるんだから、そんなものはどうでもいいんだって。それもこれも、たぶんディアナちゃんが武人だからだよね?」
何が面白かったのだろう、ルルカはくすくすと笑い出した。
「ホント、ディアナちゃんは変わらないよね。昔からずう~っとそう。きっとそれは、これからも変わらないんだろうなぁ……」
くすくす、くすくす、くすくす……ぐすっ。
「……ん? ルルカ?」
ついさっきまで朗らかに笑っていたルルカが、いつの間にか泣いている。
「どうした? ルルカ?」
心配になって問いかけると、ルルカはぽろぽろと涙を流しながらワシを見た。
「……ごめんね? ディアナちゃん」
「や……わからん、全然わからん。いったいおまえは何に対して謝っているのだ?」
正直、混乱していた。
さっきまであんなに楽しそうにしていたルルカが、今はどうしてこんなに悲しそうにしているのか。
少なくとも、ここまでは上手くやってきたはずだ。
一日デートを楽しみたいというルルカの要望に応え、恋人(?)役をワシなりに必死になって務めてきたはずだ。
といっても、そこはしょせんワシだ。
ルルカが満足いかないダメ恋人(?)だった可能性はもちろんあるが……。
だがはたして、泣くほどひどいものだったか?
いやしかし、当のルルカが泣いているのならそうなのだろう。
こういうことに関して、ワシが正しかったことは一度もない。
ああ、なんともどかしいことだろう。
戦うことしか知らぬワシには、乙女の気持ちひとつ推し量ることができない。
「ルルカよ、悪かった。何かと至らない身なのは確かだが、せめて泣かせてしまった理由を教えてはくれんか?」
ワシの願いに、ルルカはぶんぶんと首を振った。
「ううん、ディアナちゃんは悪くないの。わたしが勝手に悲しく思っただけ。ディアナちゃんとこうしていられるのもあとわずかなんだなぁ~って思ったら自然と涙が出てきちゃって……」
……ん?
今こいつ、おかしなことを言ったぞ?
こうしていられるのもあとわずか?
それはいったいどういう意味の………………あ、もしかして?
「ルルカ、おまえまさか……女神教のお役目があって、ここに残ることになったとか?」
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