「冒険の書十五:五人目のメンバー」
やがて、パレードが始まった。
大通りの向こうから勇者パーティの仮装行列がやって来るのを、ルルカは拍手しながら迎えた。
「あ、始まったよディアナちゃん! わあーっ、すごい数っ! みんな勇者パーティの仮装してるっ!」
勇者アレスとそのパーティの仮装をした者たちが、大通りを練り歩いている。
見物人たちが手を振ると、剣を構えてみたり杖を構えて魔法を唱える真似をしてみたりと、勇者たちの行動を真似して見せる。
魔王のいない世界への喜びと、ベルキア周辺地域の平和と、アレスたちの偉業を讃える声が、そこかしこで響き渡る。
が――
「……ふん、まったく似とらんな」
頬杖ついてその光景を眺めながら、ワシはつぶやいた。
ワシの声が聞こえていたのだろう、ルルカが笑った。
「あっはっは、そうだね~。王都で銅像とか肖像画とかも見たことあるけど、たしかにあんまり似てないよね。ディアナちゃんも王都に行ったことあるの?」
「まあな」
実際には、直接実物を見たことがあるのだがな。
「えっへっへ~、わたしはね~。実物のマーファさまを見たことあるんだ。すごいでしょ~。ちょっとだけどお話もできたんだ。すごいでしょ~」
「そうだな、すごいな」
たぶんそいつは、おまえが思っているほどちゃんとした女ではないけどな。
「その時にね、わたし、聞いたんだ。勇者パーティの様子を、どんな感じの人たちだったのかを」
「ほう」
それは少し興味がある。
マーファの目からは、アレスたちはどのように見えていたのだろう。
「えっとね~、まずね~。勇者のアレスさんはパーティを率いて魔王を倒した功績が認められて、ハイドラ王国のお姫さまと結婚して、王様になったんだって。そんで子供をたくさん作ってえ~」
「そうか、そうか」
ハイドラ王国は人類側の最大国家だ。
そこの姫君と結婚し子を設けるというのは、男児として最高の栄誉だろう。
辺境の村から剣一本で成り上がったあの男は、万事うまくやったのだ。
賢姫と名高いあのお姫様との間に子供をたくさん作ったとなれば、王国の未来も安泰だろう。
「でも勇者さまってばチャラくてさ、他の女の子に色目ばかり使ってたんだって。そのつどお姫さまが怒って大変なことになったんだけど、なんだかんだで最後まで夫婦仲はよかったんだって。五年前に亡くなっちゃったんだけど、戦場ではなくて王都の寝室で、多くの人に看取られながらの幸せな最期だったらしいよ」
「そうか……」
それはまた、あやつらしい最期だ。
女好きで、人生の大半を女の尻を追いかけることに費やして。
一方では、人類のために死力を尽くす。
相反する行動が面白かった、あやつらしい。
しかし、そうか……。
「……五年前に、死んだのか」
ワシが死んでから五十年、あやつが死んでからは五年。
もう五年早く転生していたら、死に目にも会えていただろうか。
変わり果てたワシの姿を見たら、あやつはどんな反応をしただろうか。
時の流れの無情さにため息をつくワシに、ルルカはガンガンと話しかけてくる。
「あとね、パーティには他にも、女戦士さまや大魔術師さまもいたんだあ~」
知ってる。
「女戦士のクルシュ=ザザさまはリザードマンの族長さまで、女の子なのに力強くて、カッコよかったんだって」
知ってる。
クルシュは誇り高きリザードマンの女族長だが、『魔物』を『食材』と見なす癖があるのが厄介だった。
魔物の臓物が焦げたドブのような匂いに、ワシらはずいぶんと悩まされたものだ。
「大魔術師のイールギットさまはエルフで、頭が良くてすべての魔法が使えて、でもすんごく気難しかったんだって」
知ってる。
万事につけ口うるさくて、顔を合わせるたびケンカばかり。
ワシがエルフを嫌いになった、きっかけの男だ。
「マーファさまはね~。キリッとしてお美しくて、でも明るくて大酒飲みでね。わたしとお話してる時も、ちょっとお酒くさかったの。あれれ~? と思って見たら、胸元から小さなお酒の瓶を取り出しては口に含んでるの。ね、おかしいでしょ~?」
知ってる。
酒が切れるたび被害を受けるのは、平時ではアレスで、戦時ではワシだった(あやつが特攻した後の穴を埋めなければならなかったのだ)。
「マーファさまが亡くなったのは一昨年なんだけどね。お酒さえ飲まなきゃもう少し長生きできたかもって、みんなが残念がってたよ。万人に愛される素敵な人だったから」
酒好きダメ女としての一面と、女神の意志代行者としての一面と。
その激しい二面性こそが、好かれる原因だったのかもな。
「マーファさまとのお話でね、わたしが一番印象に残っているのはね。『わたしは冒険者なんて嫌いよ。粗野で、野蛮で。あなたたちもできることならかかわらないほうがいいわね』って言ったこと。意外だな~と思ったけど、その後すぐに、こうも言ってたんだ。『でもね、わたしの大切な友達は皆、冒険者なの。皮肉なものね』って、懐かしそうに」
ルルカ自身も、懐かしむように目を細めた。
「ちなみにねそれがね、わたしが冒険者を目指したきっかけなの。わたしってば昔から友達がいなかったからさ、いつかそんな友達ができたらいいな~って思ってたの。だから修道院を飛び出て、今ここにいるの。えっへへへへ~……♡」
なぜか頬を染め、なぜかワシに身を寄せるルルカの話を聞きながら、ワシは連中のことを思い出した。
人魔決戦の中で、たまたま一緒になった連中を。
どう見てもチャラ男だが、戦わせれば誰よりも勇気があり、剣で岩山を断つことすら出来た勇者・アレス。
魔物を食材と考えるヤバい奴だが、いざ戦わせれば一騎当千のリザードマンの女戦士・クルシュ=ザザ。
陰気で神経質で悪口ばかりの嫌な奴だが、古今東西の全ての知識を頭に納めたエルフの魔術師・イールギット。
ものすごい酒飲みで、酒が切れると暴れるヤバい奴だが、誰よりも神に愛されていた大神官マーファ。
パレードを彩る皆の仮装は、まったく似ていない。
身に着けている装備こそそれっぽいが、他は全然。
身長も、体重も、種族もバラバラ。
なぜかドワーフの仮装をした者までいる始末だ。
「……ふん、勇者パーティにドワーフなどいなかったはずだがな」
不満に思ったワシが鼻を鳴らすと。
「え、いたよ? ディアナちゃん知らないの?」
いかにも不思議そうな声で、ルルカが言った。
「王都に銅像あるし、肖像画もあるよ?」
「はあ? いや、そんなわけが……」
そんなこと、あるわけがない。
ワシの知る限り、アレス一行は四人パーティだった。
強度の連携がとれた、堅固な一枚岩だったはずなのだ。
「そんなことあるよ。だって、他ならぬマーファさま自身が言ってたんだもん。わたしが『当時のお仲間で、今一番会いたいのは誰ですか?』って聞いたらさ。『ドワーフよ。魔王の間への道を切り開いた、最も小さく最も勇敢なわたしたちの友、拳士のガルム』って」
「………………!」
思わず息を呑んだ。
衝撃で、わずかに唇が震えた。
かつて、グリムザールは言った。
勇者のために犠牲となり、ただの駒として死ぬ運命が悔しくはないのかと。
それは自身が魔王の駒だと自覚していたからこそ出た言葉だった。
対して、ワシの意見は違った。
駒かどうかなどはどうでもよい、個人として戦い個人として死ぬだけ。
そこに他人の気持ちの関わる余地などないと思っていた。
それが武人の美学なのだと。
だが、マーファやアレスたちの考えは違ったのだ。
一瞬だけ生死を共にしたワシをパーティメンバーとして認め、その功績が後世に残るよう讃えてくれていたのだ。
ワシの美学を知りながら、それでもなお。
五十年後も祭りが続き、仮装が行われるぐらいに大事に思ってくれていたのだ。
「もし、ワシが生き残っていたなら……」
もしワシが生き残っていたなら、本当に皆と一緒に冒険者パーティを組むことがあったかもしれない。
次はどの国に行こうとか、どこのダンジョンに潜ろうとか、冒険者らしい会話に混ざっていたのかもしれない。
「そうか、そういえばあの時……」
ひとつ、思い出したことがある。
人魔決戦もいよいよ佳境、明日には魔王城へ奇襲をかけるという晩のことだ。
食事を終えたアレスたちが、「魔王を倒したらどこへ行くか」を話題に上げていたのだ。
それ自体は珍しいことではなかった。
冒険者パーティなら、ごくごく当たり前の会話。
しかしその時、アレスはワシにも話を振ったのだ。
「なあガルム。おまえはどこか行きたいとこある?」と、いつも通りのチャラい口調で。
その時のワシは、もちろん自分まで一員に加えられているとは思わず、適当に返事をしたのだが……。
「……ワシの鈍さも、相当なものだな」
しょせんは過去の話だ。
今さら知ったとて、何が変わるわけでもない。
過ぎた時間も、結果もそのまま。
だが――だがなぜだろう、胸を何かがチクチクつつく。
「本当に……呆れたものだ」
動揺を悟られぬよう、ワシは握った。
エールの入ったジョッキを、ぎゅっと。
しばらくの間、握っていた。
★評価をつけてくださるとありがたし!
ご感想も作者の励みになります!