「冒険の書百四十九:武人ふたり」
戦いへの決意を新たにしたワシに、ギイがい~い笑顔を向けて寄こした。
「ああ~、今宵はいい夜だなあ~。伝説の錬金術師と戦えるし、ミスリルの骨の入った人形とも戦えるし、その上で、シメは貴様ときてる」
「人を宴会の後の雑炊扱いするな。というかおまえ、『精髄を焼かれた今の貴様を喰ってもしかたない』とか言っておらんかったか? あと『数年は待ってやる』的なことも言っておらんかったか? パラサーティア防衛戦から半年も経っておらんのに、まさか忘れたのか? その歳でボケ老人か?」
「ああ~……? そういえばそんなことも言っていたなあ~」
ワシの煽りすらも極上のスパイスと感じているのだろう、ギイは三日月の形に目を歪めると。
「だが、めんどくさいのでもうナシだ。これだけ盛り上がっているのにおあずけなどされたら、狂ってしまうわ。ほらあれだ、近頃の若者どもはこう言うのだろう? 今日はチートデイだと」
聞いたことのない言葉だが、どうせろくでもない意味なのだろう。
ギイはニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべている。
どこかタガの外れたようなその表情は、いかにも戦闘狂そのもの。
もちろんワシとて似たように言われることはあるが、こいつに比べればまだマシだと思う。まだ一般人。
さすがにこんな気味の悪い笑みを浮かべたりはしておらんはず……おらんよな?
などど不安になっていると……。
「『理力の鎧』……『聖なる一撃』……」
ルルカが唱えてくれたのだろう、神聖術による青白い光がワシの体を覆っていく。
「『理力の鎧』……『聖なる一撃』……」
ルルカ得意の『重ね掛け』により、攻撃力と防御力が上がっていく。
精髄を使わずともギイと戦える高みまで、グングンと上昇していく。
「それ以上はさせないわ!」
このまま好き放題に強化させておくと大変なことになると考えたのだろう、黒ずくめの女がルルカへと攻撃を仕掛けていく。
両手に大振りのナイフを構えての特攻は凄まじいのひと言だが、ルルカには当たらなかった。
といって、ルルカが躱したわけではない。
「やらせるもんか!」
チェルチがルルカの両脇に後ろから手を回して抱えると、見えない翼を羽ばたかせて空へと逃れたのだ。
「ああーっ! 飛んで逃げるなんてズルいわよ!」
「うっさいバーカバーカ! オバさん!」
「だ、誰がオバさんか! というか見てもないのになんでわかるのよ!」
「声がもうオバさんなんだよ! やーいやーい!」
黒ずくめの女の攻撃が届かない距離から、チェルチは『マジック・ミサイル』を撃ち下ろしていく。
しかも、相手の弱点(?)を的確に突いた罵倒込みで。
さすがは悪魔貴族、実にイヤらしい戦い方だ。実に汚い。
などと思っていると……。
「ディアナ! ルルカはあたいに任せろ! 目の前のそのガキに集中して、殺っちまえ!」
バチンとウインクして、最高の激励をしてくれる。
おかげさまで心置きなく戦えることになったワシは、ニヤリと笑んだ。
「はっはっは、なんとも頼りになる仲間を持ったものよの。そして、ここまで期待されては応えぬわけにはいかんだろうな。相手が誰であろうと――殺すまでよ」
ワシは半歩踏み込むと、手首を返した。
ギイの大剣を受け止めたままの三叉矛を捻じると、バインド――互いの獲物が噛み合った硬直状態――を解除。
さらに半歩踏み込むと、体ごとギイを押しやった。
「ぬっ……?」
ワシの動きを予測できていなかったのだろう、ギイはたたらを踏むように後退していく。
「しっ……!」
ワシは三叉矛を絞るように引くと、回転させながら突き込んだ。
目標は、ギイの顔面。
「ぬう……っ?」
体勢を崩した上で放った完璧な『回転突き』を、ギイはすんでのところで躱した。
が、完全に躱しきることは出来なかった。
三叉矛の張り出した刃が――側叉の部分が――頬を掠め、ブシュウと血が流れ出したのだ。
「はっはっは! やるなディアナよ!」
傷を負ったギイだが、決して怯みはしなかった。
むしろ笑みを深め、楽しそうに言い放った。
「嬉しいぞ! 尋常の戦いで傷つけられたのはひさしぶりのことだ!」
頬から流れた血を舌で舐めたギイは、大剣を大上段に振りかぶると――
「やられっぱなしでは失礼というものだからな! そら……喰らえい! 『秘剣・燕返し』!」
そう叫ぶと、ギイは大剣を袈裟斬りに斬り下ろしてきた――と思いきや、途中で剣先を反転、横薙ぎに斬り返した――狙いは、ワシの胴!
「ぬうぅぅっ……?」
凄まじい斬り返しに、一瞬反応が遅れた。
後ろへ跳び退いたが間に合わず、腹を薄皮一枚裂かれた。
「やりおるわい……!」
見た目にそぐわぬ熟達した剣技に、ワシは思わず舌を巻いた。
「神聖術による加護が無ければ、腹を裂かれて死んでいたかも……いや――」
ワシは首を左右に振った。
「『かも』は、あくまで『かも』だ。実際にはワシは死なず、生きている。こやつの技が未熟だったという、何よりの証だ」
「はっはっは、ぬかしおるわ。だが、嫌いな考え方ではないぞ。武人たるもの、『もし』だの『かも』だのに拘泥してはならん。究極の現実主義者たるべきだからな」
怒るかと思ったギイだが、逆に笑った。
ワシの考えがよほど気に入ったのだろう、親しみのこもった目を向けてきた。
「では――改めて名乗りを挙げよう」
仕切り直そうというのだろう。
数歩下がると、大剣を構え直した。
「我の名は、ギイ・マニュ・ミルチエール。見ての通り、ダークエルフの大剣使いだ」
礼には礼を返すが武人というもの。
ワシも同じく数歩下がり、三叉矛を構え直した。
「ワシはディアナ・ステラ。エルフの拳士だ。得意はもちろん素手での殴り合いだが、ご覧のとおりたいていの武器は扱える」
「なんだ、『何ひとつ極められない半端者』であると白状しているのか?」
「おや、おまえ如きは『余技で十分』と言っているのだが、わからんかったか? 脳筋の戦闘狂には難しかったかのう~?」
煽り合い、笑い合ったワシらは、再び決闘を開始した。
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