「冒険の書十四:パレードが始まる」
五十年もの長きにわたる、伝統ある『封魔祭』ということで、夜の街には多くの人が繰り出していた。
街の住民はもちろん、近隣の村や街、はては王都からも観光客がやって来ていた。
色とりどりの『光』の魔法を灯した街灯が輝き、楽団の演奏がそこかしこで奏でられていた。
旅芸人が芸を披露し、露天商が物珍しい品を並べていた。
賑やかな催しに大人も子供も息を弾ませ、頬を染めていた。
夢でも見るかのように、キラキラと目を光らせていた。
そんな中を、ワシは歩いた。
数十年ぶりとなる祭りの雰囲気を味わいつつ、ゆっくり、ゆっくり。
ルルカはいつもより陽気に喋り、まるで子犬がそうするように、ワシの周りをくるくる回った。
屋台を見つけるたびに足を止め、店員とあれこれ喋っては軽食を買ってきた。
「ねえねえディアナちゃん! 焼き鳥と豚串と牛串とトカゲ串を買ってきたよ! あと焼きリンゴとソーセージとカルメ焼きと……! ほら、量もこんなにサービスしてくれたの! 大ラッキーだね!」
「いやいやいや、さすがにこれは買いすぎだろう……」
冒険者という肉体労働をしているとはいえ、ルルカの胃袋は人族の女としては一般的だ。
肉に果物に砂糖菓子という重量級の食事を、すべて喰い切れるとは思えない。
「ワシの胃袋を期待しているのなら間違いだぞ? ワシのはほれ、見た目どおりのちんまいサイズしかないのだから」
自らのぺたんこな腹を指差し、限界量を指し示すワシ。
一方ルルカは「意地汚い」と言われているように感じたのだろう、サッと顔を赤らめると……。
「わ、わかってるよ! 残った分はわたしが責任もって全部食べるよ! と、とかいって物には限度ってのがあるわけで……っ! 正直無理なのはわかってるけどさ……でもさでもさ! 言い訳になるかもしれないけどさ! 森での生活は質素すぎて! たしかにディアナちゃんの獲ってくる魚やお肉は美味しかったし、野菜や山菜やキノコも美味しかったけど! もっとこう……塩と油とお砂糖が欲しくて!」
「ああ~……なるほどな」
ルルカと共に過ごした、『魔の森』での一か月。
ディアナの背負い袋に入っていた食材や調味料は少なく、ルルカのと合わせても充分量は確保できなかった。
塩分は野生の獣の血から(もちろん熱した上で)摂取することができたし、糖分は果物から摂取できた。油分だって同様。
しかし人間用に調整されたものではないから、料理の味それ自体は微妙なものにならざるを得なかった。
だからこそルルカとしては、調味料をふんだんに使った料理を見て食欲が爆発したのだろう。
「うううっ……ごめんね、ディアナちゃん。わたしってば僧侶なのに意地汚くてダメな子で……っ。もし、もし食べきれなかったら……お願いだから手伝ってくれる?」
食欲が爆発したことを恥じつつ、でもやっぱり自分の胃袋には限界があることも承知しているルルカは、ワシをチラリと見た。
ワシの袖をくいくい引くと、おねだりしてきた。
子犬が主人に見せるような、純粋な瞳で。
んん~……ま、そこまでされるとな。
ワシとて鬼ではないし……。
「ふん……ま、しょうがなかろう」
「やった! 優しい!」
ルルカは十四歳、まだまだ育ち盛りの子供だ。
わがままのひとつやふたつはあって当然。
健康面も考えると、むしろそれぐらいの配慮はして然るべきだったのかもしれない。
なんといっても、ワシは人生二度目。歳からいっても遥かな年長者なのだから。
ここは大人の余裕でもって……。
「次に冒険に出る時は、食材や調味料も用意しておこうな」
「わっ、嬉しいぃぃぃ~! だからディアナちゃん好きいぃぃ~!」
満面に笑みを浮かべたルルカはワシに抱き着……こうとして、両手がふさがっているのに今さらながら気がつくと、「えへへ」と笑いながら手近なベンチに移動した。
「さ、ここに座って♪ 食べよ食べよ♪」
テーブルの上にどさっと食い物を載せると、ふたりで食った。
もちろん食い物だけでは喉が詰まるので、気をきかせたルルカが酒を買ってきた。
「ディアナちゃんはエールだっけ? わたしは蜂蜜酒。エールはね~、苦いからちょっとね~……って早っ。もう飲んじゃったの? え、ジョッキになみなみ入ってたよねっ?」
ドワーフの火酒がないのは残念だが、五十年ぶりのエールは胃によく染みた。
エルフの体なのでそれほど量は飲めなかったが、実に美味かった。
おかげで食欲も増進し、ルルカが買ってきた軽食も食べきれた。
やがて、パレードが始まった――
たくさん食べる女の子からしか摂取できない栄養があります(あります)!
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