「冒険の書百四十八:ディアナの三段跳び」
勇者学院のある方角から爆発音が聞こえ、火の手が上がっているのが見えた。
嫌な予感が当たってしまったと歯噛みしたが、悔やんでいる暇などない。
すぐに切り替えたワシは、走り出しつつ指示を飛ばした。
「ルルカ、チェルチ、ついて来い! リゼリーナ、おまえは騎士団の出撃を指示してくれ!」
さすがはベルキアからここまで様々な事件に対応してきた皆だ。
矢継ぎ早のワシの指示に戸惑うことなく、即座に反応してくれた。
ルルカは「わ~ん! またまた事件なのお~?」とボヤキながらも必死にワシの後ろをついて走り、チェルチは「もお~、ディアナがひとりでショートケーキ食べたからだぞ~」と恨み節を吐きながらも飛行してついてくる。
リゼリーナは「わかりましたわ! 皆さん、ご武運を!」と激励しながら騎士団の詰め所へと走ってくれた。
王城から学院までは、普通の者なら歩いて四十分、走れば十五~二十五分といったところか。
だが、そこはワシらだ。
レベルは全員八十後半。
筋力体力ともに、一般人の比ではない。
全力で走れば十分を切ることすらできるだろう――だが、それでは足りない。
「コーラスたちが心配だ。チェルチ、最短ルートを調べてくれ」
「あいよ~」
チェルチが上空を飛行、行き止まりや遠回りとなるルートを排除してくれたことで、最短のルートを走ることができた。
さらに――
「学院の裏手まで回ると時間がかかる。あたいが持ち上げるから、みんなで壁を超えるぞ」
「頼むチェルチ!」
「ありがとチェルチちゃん!」
チェルチにぶら下がる形で、ワシらは学院の壁を超えた。
考えられる限りの最高速度で、工房に着くことができた。
+ + +
壁を超え、学院の体育館を超え。
上空から見下ろすと、工房周辺の様子がよくわかった。
破壊された門扉、無数の警備兵とレッサーデーモンの死骸。
ウルガの工房の、錬金術の材料が納められている倉庫の辺りから火の手が上がっている。
炎の照り返しを受けながら戦っているのは、例のダークエルフの痛い小娘、ギイだ。
ギイと戦っているのはコーラスだが、明らかな劣勢。
体中傷だらけで、今にもやられてしまいそうだ。
「くそっ……まだかチェルチ!?」
「無茶言うなよっ。ふたりも抱えてるんだぞ、そんなにスピード出るわけないだろっ?」
今ワシらが飛んでいる位置からコーラスのところまでは、まだそこそこの距離がある。
いっそのこと降りて走ったほうが早いような気もするが、チェルチが飛んでいるおかげで地形を無視できていることを考えるとこのまま飛んでいたほうがいいような……微妙なところだ。
「このままではコーラスが……っ」
ワシとチェルチが言い合いをしている間に戦況に動きがあったらしく、ルルカが「ひゃ……っ?」と手で顔を覆いながら悲鳴を上げた。
「なんだなんだ、いったいどうなっ……た――?」
ワシは思わず息を呑んだ。
ただでさえ劣勢だったコーラスの手から戦鎚が飛び、返す刀で両足を切断されたのだ。
武器を失い、足を失いでは、もはや打つ手がない。
ケガを負っているウルガに抱きかかえられているが、これから反撃に出ようというよりは、共に最期の瞬間を待っているといった様子。
「くっ……もう我慢ならん!」
「ああっ!? バカバカディアナっ!?」
ワシはチェルチの手を振りほどくと、そのまま地面へと降下した。
普通に落ちれば、さすがにケガは避けられないという高さだが……。
「……ふん!」
ワシは気合いを入れると、絶妙の角度で研究棟の屋根を踏みつけた。
急勾配をダダダと駆け下りると、ぴょ~んと跳んで次の屋根に飛び移った。
駆け下りる、跳ぶ。駆け下りる、跳ぶ。
それを三度繰り返す中で勢いを殺し、ケガなく最速で戦場にたどり着くことができた。
しかも、着地した場所はギイとコーラスの間だ。
ワシはあらかじめ呼び出しておいた三叉矛を振り上げると、ギイの大剣を受け止めた。
――ギャリイィィィン!
金属と金属が打ち合う硬質の音が、辺りに響いた。
「……ほう、い~いところにやって来たなあエルフの小娘よ。ディアナといったか? この状況に割り込む意味、わからんとは言わせんぞ?」
他人のことは言えないが、いささか戦闘狂なところのあるギイがニヤリと口の端を緩ませ――
「げげげげっ、間に合っちゃったあ~!?」
――戦況を見守っていたのだろう黒ずくめの女が、慌てた様子で覆面をかぶった。
「顔を隠した? ワシに見られちゃまずい理由でもあるのか?」
謎の女……ギイの仲間でもあるし、身のこなしからしてもただ者ではないのはたしかだが、いったい何者なのか……。
「――とにかく、今はこいつだ」
ギイの実力は、おそらくエピッククラス(レベル百三十六から百六十五)。
下手をしたらレジェンドクラス(百六十六以上)にまで踏み込んでいるかもしれない。
精髄を失ったこの体で、はたしてどこまでいけるか……。
「ディア……ナ?」
気合いを入れ直しているワシに、コーラスが声をかけてきた。
魂がどこかに飛んでいってしまったような、呆けた声だ。
「偉いぞ、コーラス。よく耐えたな、後は任せろ」
傷だらけになった友の体を今すぐ抱きしめてやりたいと願いながら、ワシは眼前に立ちはだかるギイとの戦いに挑んでいく――
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